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一人きりの逃走-Side:H-

 じっと息を殺す。


 建物は迷路のように入り組んでおり、狙い通りのところへ出るのは骨が折れそうだが今はむしろそれが幸いし姿を潜めるにはうってつけであった。


「……」


 一つの建物を曲がったところでその角にうずくまると呼吸を鎮め、耳を澄ます。


 己の体内を血液が流れる音と、僅かにそよぐ風の音に紛れ、石畳を叩く靴の音がどこか遠くから聞こえてくる。


「――っ」


 まだ、諦めてはくれていないらしいという事実に歯噛みをするが、しかしここで暴れても意味はなくどうするか頭を巡らせなければいけない。


 再び見つかる前にここを動くか、それともそれは危険な行為であるか。


「うぅ……」


 一人、ということには慣れていたつもりだった。


 しかしそれはどうやら日常の中で顔を覗かせる平穏な孤独に対してであり、見知らぬ土地で陥った窮地での孤立に対しては泣きたくなる気持ちがふつふつと湧いてくる。


 それでも、今誰かに助けを期待することはできない。


 頼みの綱である二人は遠くどこかにいて、今まさに再開をしようとしているところなのだから。


「おやおやおや、どこですか? いけませんね、いけませんよお嬢さん!」


「!」


 声が響く。


 入り組んだ建物に反響するようで正確な方角や距離が測れないが、声が聞こえる程には近くにいるということは間違いない。


「ほらほらほら、もう出てきてくださいよ。私だってこんなことをしている場合じゃないんですよ? だいたいこういうことは兵士局の人間の仕事でしょうに。まったく彼らも職務怠慢とは思いませんか?」


 カツカツ、と地面と叩く足音も少しずつ大きく聞こえてくる。


 姿を隠した相手に対しての大仰な言葉は独り言なわけであるが、そういうのならさっさとどこかに行けばいいのに、と思ってしまう。


 神経質そうな口調は性格から来るものなのだろう、出会ってからここまで決して逃すまいとしつこい程の追跡が終わる気配はない。


「ふぅ、困りました。これでは私の仕事ができませんねぇ、溜まった仕事はどう処理しましょうか。もしかしてお嬢さんお手伝いいただけるのですか?」


「っ!」


 びくっ、と小さく身体が跳ねる。


 建物が乱立し縦横に入り組んだ通路、その一本向こう側を早足で影が一つ通り過ぎていったのを見た。


 どうやらこちらには気が付かなかったようだが距離は最早なくなったに等しくいつまでもここにはいられないと察する。


「んんん……!」


 きょろきょろと辺りを見回しながら安全なのはどちらか考える。


 助けを求めることはできず、少女――ヘルマ・メイギスは一人足音をたてないように駆け出した。



   *



「んー、こっちに行って……」


 セイプルから受け取った地図を見ながら方角を確認する。


 王城を中心に大小様々な建物が立ち並ぶ一角。


 先ほどまでいた魔法局庁とやらがあった場所と比べると建物が細々と立ち並んでおりうっかりすると道に迷ってしまいそうになる。


「えーっと」


 巨大な王城を見上げる。


 方角の頼りとなるのは今しがたまでいたセイプルの居住地と見上げる程の王城。


 どれも同じような建物に囲まれながらそれでもヘルマは方角を見失ってはいなかった。


 もとより方向感覚には優れており、見知らぬ場所でも自身の位置と目標地点を把握することは得意であった。


 何よりどこにいても見上げれば見える城は目印としては最適であった。


「でも……ほんとに誰か住んでるのかなぁ」


 城を見上げるついでに周囲をぐるりと見回す。


 石畳の通路に立ち並ぶ建物。


 アルーナの部屋やセイプルと部屋と大きさや外見には多少の差異はあれど大まかには同じ作りであり、となればこれら一つ一つが誰かの所有物なのだろう。


 しかし昼間だというのに相変わらず周囲は静かで人の気配がなく、現にここまで人影一つ見ていない。


 外見は王城の周囲に建つにふさわしくそれなりに立派なものであるとはヘルマの眼からでもわかるが、しかしこれでは自分の住んでいた村の方がまだ活気があったように感じる。


 何となく、人の気配というものを感じさせない構造物はその外観の豪華さも相まって反って棺か何かのように見えてしまった。


「むむ……」


 そんなことを考えながら道を進みつつも一応は物陰に隠れることは怠らない。


 意味があるのか、と言われればないのかもしれないが()()()というものを忘れてはいけないとも思っていた。


「ええっと……ここをまっすぐで」


 地図を見ながら歩を進める。


 別れ際に渡されたセイプルの地図はその場で書き上げたとは思えぬほどに実に正確なものであり自分でなくともこれを渡されれば簡単に目的地に着けるのではないだろうか、と先ほど出会った少年(少女?)のことを思い返す。


 何というか、人畜無害な人物であり話してみれば親しみやすいのだからもっと自分に自信を持てばいいのに、と同い年ぐらいであっただろう相手に対しちょっとお姉さん気分でそんなことを思ってしまう。


「ここを曲がって――」


 しかしもう二度と会うことはないだろう、と思うと少し悲しい気もするがそれも致し方ない。


 もとより住む世界が違うのだから、と一抹の寂しさを感じつつ地図に描かれた角を曲がり、


「て……」


 足が止まる。


 左右に立ち並ぶ建物に挟まれた真っすぐに続く通り。


 地図によればここを進み途中を曲がるようになっている。


 その道の途中に、


「おや?」


 男が一人立っていた。


 曲がり角から現れたヘルマを見て少し驚いたように目を丸くしている男。


 ピシっとした汚れ一つない衣装に浅緑のマントを身に纏った男。


 先ほどアルーナの部屋で出会った男の上下純白で簡素ないで立ちとは対照的にゴテゴテとした装飾が肩や胸元に付けられ見るからに値が張りそうな格好をしている。


「あっ……」


 その存在に言葉を失う。


 見るからに位の高そうなこの男が一体誰か、などということは問題ではない。


 何故ならここでは自分こそが異端であり見つかってしまうということが既にまずい状況なのだから。


「おやおやおや」


 立ちすくむヘルマに対し男はつかつか、と近づいてくる。


 丸い眼鏡の奥の眼を細くさせるその表情はまるで迷子の子供を見つけたかのようなそんな穏やかさがあった。


「おやおや、どうしました? こんなところで。ええっと貴方は……」


「あっ、あの! 私……えと、道に迷ってしまって……」


 その様子にヘルマは心に走った警戒心を隠しながら、思い切ってそう言ってみた。


 万が一。

 

 万が一にでも自分のことを道に迷った王国の人間である、と思ってくれればと願ってのことであった。


「ああ、そうですか、そうですよね」


 そんなヘルマに男は大仰に両手を広げながら更に一歩近づいてきた。


 その姿には襲い掛かってくるような気配はなく、子供を保護するような優しさだけが見える。


 十中八九、王国の人間であることは間違いないのだが、もしかしたら本当にこのままうまくいくのでは、と淡い期待が胸をよぎる。


「この城は初めてですか? まぁこの辺は入り組んでいますから。しかし侵入者も大変ですねぇ」


 が、己の思う所を包み隠すこともなく、実にあっさりと男はそう言いながら更に一歩近づいてくる。


「っ!?」


 今、何を言われたのかを頭が理解する頃、もうその手が頭に届くかという距離まで男は近づいていた。


 頭を撫でるように伸ばされたその手を跳ねるように飛び退いて避けるとヘルマはその勢いのまま男に背を向け、一気に駆け出した。

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