戦雷-Side:M-
「うぉおおおおお!」
叫びと共に地面を強く蹴る。
狙いは前方、ただ力任せに目の前に立つ男へ飛び掛かるのみ。
「ぐおっ!?」
アルーナの攻撃を弾くことに気を取られていたのか、戦略も何もない俺の突進はあっさりと男の身体を捕らえ、その勢いのまま押し倒す。
「てめぇ――ッ」
俺の体重諸共地面に叩きつけられたが男はそんな痛みなど意に介していないかのようにその目を得物から離すことはなく、その敵意も薄らぐ様子はない。
「っ!!」
その視線を浴びながら、しかし俺もまた止まるつもりはない。
馬乗りの体勢となったまま手を男の頭へと伸ばす。
平原で一人の兵士と戦ったことを思い出す。
俺の手が兵士の頭に触れた瞬間、相手は糸が切れた様に意識を失った。
それをアルーナは俺の力のためと分析をしていた。
即ち――【怒涛の簒奪者】の成せる業であると。
覚醒したという盗賊スキルが相手の意識すらも奪えると言うのであればそれこそがこのメルク・ウインドができる攻撃である。
無論、それは全て推測の世界でしかないのだが、今この場ではそれを信じて実行することしか俺たちに生き残る道はない――。
「っ! 退けやぁ!!」
俺が何をしようとしているのかを察したわけではなく、ただ伸し掛かられることが不快なのだろう、怒声を上げながら抵抗を見せる。
「『奔れ』!!」
振り下ろされる手を薙ぎ払うようにその手をこちらに翳すと男は叫ぶ。
それは己を見下ろす敵を吹き飛ばさんと紡がれる破壊の詠唱。
「ッ!」
その言葉に、先ほど穿通された石の壁が脳裏に蘇る。
硬質の壁をも貫く稲妻がまさに手の届く距離から放たれようとしているという状況に、俺の手が反射的にその照準を変える。
仮にこのスキルで相手の意識を奪うことが出来たとしても恐らく向こうの方が一手疾い。
ならば今この手を伸ばすべきはその意識ではなく、その力。
「!!」
必殺の一撃が放たれるその前に、稲光満ちるその手に蓋をするように己が手を合わせる。
「何!?」
一瞬の鍔迫り合いにも似た交錯。
その行為の中で男がようやく驚きの表情を浮かべるのを見た。
攻撃を避けるでもなく、かといって詠唱らしきものもせずに握手でもするように手を合わせてくる行動は流石に理解できるものではなかったのだろう。
「おおおおおおおお!!」
重ねられた手と手の間で光が瞬く中、俺が声を上げたのはただ己に喝を入れるため。
このままこの光が放たれれば俺の腕は確実に吹き飛ぶだろう。
しかし、事『奪う』というこの一点に関し、俺は既に己の力を疑ってはいない。
「何のつもりか知らねぇけどなぁ!!」
俺の叫びに対抗するように男が吼える。
俺の行為が何を意味していようとも、その策諸共吹き飛ばせばいいとでもいうかのようにその手に込められた力が増していくのを感じる。
「ぐぅっ!!」
掌から血管を通じ腕に走る焼けるような熱さはただの錯覚ではない。
痛みにも似たものに声が漏れるがそれでも手を離すことはない。
「っ! 『奔れ』!!」
いよいよ男も何か異様なものを感じたのか目の前の敵を吹き飛ばさんと再び力強く叫ぶ。
しかしそれでも今この場では俺の方が上を取っていた。
「な――ッ」
互いに合わせた掌の隙間から漏れる光が緩やかに小さなものとなっていく。
その現象に男が言葉を失っている間に遂に輝きは完全に掻き消えた。
「へへっ……」
驚愕に目を見張る男を見下ろしながら思わず笑みが漏れる。
依然腕には焼けるような痛みが残るものの、【怒涛の簒奪者】は確かにその力を奪い取ることに成功したのだ。
何とか一泡吹かせてやったわけだが、とは言え安心してはいられない。
俺は返す刀で馬乗りの体勢のまま、重ねた手と反対の手を男の頭へと伸ばす。
男の手の内が全て明らかになったわけでもなく、しかし俺にできることはせいぜいがこの程度である。
次の攻撃が来る前にこのまま本来の目的――奴の意識を奪うことをしなくては。
そうしようとしたところ――
「あ……れ……?」
世界が歪み。
眼下にいたはずの男が遠のく。
真っすぐに手をその頭へと振り下ろそうとして、その着地点を見失う。
それが何故なのか、と考えようとする前に、世界が一面真っ黒に覆われ何も見えなくなってしまった。
*
「メルクさん!!」
その名を叫びながら倒れ伏した男の元へと駆け寄る。
仰向けに倒れ声に反応する様子もないが、その胸が小さく上下をしていることに一先ず安堵する。
「……」
その二人を見下ろす一人の人物。
僅かに荒れた呼吸を整えながらもその瞳から獣の如き鋭さは失われていない。
今は意識を失ったメルク・ウインドと交戦をしていた男が起き上がりじっとこちらを見つめていた。
「……『戦雷』」
「……てめぇは」
名を呼ばれたことには反応もせず、『戦雷』と呼ばれた男は小さく肩を上下させつつ短くも鋭い問いかけを投げる。
先ほどまではメルクとの戦いに気を割いてはいたものの、当然背後にいた彼女の存在にも当然気が付いていたのだ。
「魔法局魔法開発室のアルーナ・ゴルドシルドです」
そしてその問いにはっきりと答える。
無論、その言葉がどういうことを意味するかはよく分かっていたが隠すことに意味はないとも感じていた。
別にアルーナが何者であろうとも、敵ならば討つ、目の前の男がそういう人物であることを彼女はよく知っていたのだから。
「そうかよ」
しかしその言葉に一言それだけ返すと男はずかずかと倒れたメルクとアルーナの横を通り過ぎていった。
「まだ生きてんだろそいつ? くそっ、ぶっ倒れちまいやがってつまらねぇ」
呆然とそれを見送るアルーナに忌々し気に呟く。
「目が覚めたらまた来るわ。まぁそんときまで生きてたらな」
別れの挨拶にしてはいささか物騒な言葉を残しつつ『戦雷』と呼ばれた男はどこかへと歩み去っていった。
文字通り轟きと共に訪れ、瞬きの間に消えていった稲妻。
後に残されたのは倒れた男と寄り添う女と打ち砕かれた崩壊の残骸のみだった。




