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崩壊の果てに立つ-Side:M-

 轟音、そして地鳴りと共に建物が崩壊していく。


 既に屋根を失い半壊状態となっていた建物ではあったが再びもたらされたのは先ほど比ではなく、壁も何もかもを巻き込んだ破壊であった。


 パキパキ、という音を鳴らしながら何かが割れ、砂煙が風に巻き上がる。


 あと僅かに外へ出るのが遅れていればその崩壊に巻き込まれていたことは間違いない。


「お静かに……」


 自身の部屋が崩れていく姿を目の前にしながらアルーナは声で俺を制する。


 彼女曰く、今俺たちの姿は外からは見えないようになっているが声までは隠せないという。


 ここで下手に声を上げればたちまち見つかってしまう、ということだ。


「……」


 その言葉に俺は無言で頷くことで答える。


 動くことすら(はばか)られる状況。


 今はただ何が起きたのか見極めようと立ち上る砂煙をじっ、と見つめていると、


「げほっ! ごほっ! くっそ!」


 家屋を支えていた柱や何やらが崩れていく音の中、誰かの苦し気な声が聞こえた。


 それが崩壊に巻き込まれたものの悲鳴――とは考えられない。


 何しろそこは先ほどまで俺たちがいた場所であり、他に誰かがいたとは思えない。


 むしろ、そこにいる人物こそがこの崩壊を招いた張本人と考える方が遥かに自然であった。


「あぁ? 何だぁ、吹っ飛んじまったのか?」


 うっすらと視界を悪くしていた砂埃が晴れる頃、目の前には既にアルーナの部屋はなく、無残にも崩れた木材が積み重なっていただけだった。


 そして、その崩壊の中心に立つ影が一つ。


「ここじゃなかったのか? いや、でもヴァンデルハミッシュの野郎が何かしてたのは間違いねぇしな」


 がりがりと頭を掻きながら辺りを見回しているのは一人の若い男だった。


 一体何者なのかはわからないが、眼前の破壊がこの男によってもたらされたことは間違いない、俺はそう確信をしていた。



   *



「何だ、行ってしまったのか?」


 豪奢な装飾が施された廊下を歩みながら老人はちらり、と外に目を向けそう呟いた。


「そうみたいねぇ」


 その問いに女が応える。


 廊下を進む数人の男女。


 じっとまっすぐに前を見つめながら歩を進めるものや、世間話のように話をするもの、性別も年齢も異なる者たちであるが、その身に纏う気配が並の兵士たちとは一線を画していることは見る者が見ればひしひしと感じただろう。


「相変わらず勇ましいことよ」


 蓄えた髭を撫でながら老人は遠くどこかに行った人物のことを思い描きながら皮肉にも聞こえる賛辞を贈る。


 静寂と畏怖に包まれた謁見が終わった。


 話し合いをする場ではなく、ただ一方的に言葉を受け取るだけの時間であることは相変わらずであったが、今日は普段よりは多少愉快な話であったと老人は感じていた。


 無論、そういった感情すらあの場では出せなかったのだが、それは謁見が終わり玉座の間を出た途端、どこかへと駆け出して消えたあの男も同じだったのだろう。


(あの賊……あのまま【大権】へと辿り着いたのか?)


 思い出されるのは昨晩相対した二人の侵入者。


 王とてその存在は知っていただろうがそれはあの人物にとっては些末な出来事なのだろう。


 重要なのはあくまでも【大権】ということなのはわかりきっていることだが。


「しかし、彼にも困ったものです。我々はあくまでも管理すべき立場なのですから、こうした有事に我先にと現場に行くようでは指揮系統が乱れるというものです。だいたい兵士局というものは――」


 かつかつ、と止まることなく廊下を進みながら一人の男がぶつぶつと文句をいうように呟く。


 誰かに向かって話しているわけでもないのか、最後の方は何と言っていたのか聞き取れず、また、その言葉に何か反応を示すものもいない。


 もとから口数が多い彼であるが、謁見の際にじっと押し黙っていることから解放された反動かいつもより口が滑らかである印象を老人は受けていた。


「仕方がないんじゃないのぉ? あの子はほら、経歴よりも戦歴でここまで来たようなものだしぃ」


 ぶつぶつと呟きを続ける男の言葉を遮るように、女が頭の後ろで腕を組みながら遠くを見えるようにそう言った。


 現れた賊を探すため、一目散に駆け出して行った男。


 しかしそれが昨晩、自らの失態で取り逃がしてしまったことからくる責任感――などではなく、ただ純粋な彼の闘争本能によるものである、ということを老人ははっきりとわかっていた。



   *



「――ッ」


 目の前に現れた一人の男に、アルーナは声を殺すように息を飲む。


 それだけであの男が少なくとも味方ではない、ということだけははっきりとわかった。


 ヴァンデルハミッシュといいこの男といい、どうしてこうも立て続けにこういったことが起こるのかと嘆きたくもなるが、同時に自分たちの置かれている状況を改めて思い知らされるようでもある。


「外したかぁ?」


 ぱんぱん、と服に着いた汚れを手で払いつつ、男は身軽な足取りで瓦礫の山から飛び降りる。


 手が届く程ではないが姿ははっきりと見える距離、本当に向こうからはこちらが見えていないようであり、改めてアルーナの魔法が見事であると感じる。


「ん?……んん?」


 ――と、思った矢先、男の眼がすっ、と一点で止まる。


 野生の肉食獣を思わせる鋭く、友愛というものがない目が俺の目と合う。


「……」


 思わず漏れそうになる声を殺す。


 身動きも呼吸すらも止めるように身体を硬直させる。


 そうすると心臓の音が相手に聞こえているのではないか、と思えるほど大きく感じられるが今はただ石のように動かないことに徹する。


「――『(はし)れ』」


 俺たちが見えているのか、いないのか。


 何かを狙っているのか、それともそれはまさに動物的な直感によるものなのか。


 男はすっ、とその指先をこちらに向けると短くそう呟いた。


 それは――いつかどこかで聞いた言葉。


 それが俺たちを地下まで叩き落したあの崩落をもたらしたときのものだと気が付いた時、鋭い光が嘶きと共に迸ったのを俺の眼は捉えた。


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