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響き渡るもの-Side:M-

 声は果たしてどこから聞こえてくるのだろう。


 距離も、壁という物理的な隔たりすらも超えて聞こえてくる声はきっとあの王城から届いているのだ、などということは突拍子もない考えのはずなのに、俺にはどうしてもそうとしか思えなかった。


 誰と話しているのか、相手の言葉はわからないが声の主が誰であるのかは明確だ。


 故に、


 ――――――――”『大権』が損なわれた”


 まるで耳元で囁かれているように明瞭な声に心臓が鷲掴みにされたように大きく跳ねる。


 それが一体何についての話なのかは当人である俺が一番理解している。


 ―――――――――”何者だ”


 そして続けて声はそう誰かに問いかけた。


 遠く向こうからも俺の姿など見えていないだろうに、あたかも名乗り出るように命令をされているかのような言葉に背中に冷たいものが走る。


 声だけにも関わらず、そうさせるには十分な圧がそこには確かにあった。


「……」


 僅かに視線を隣に向けるとアルーナもまた俺を見ていた。


 その瞳には確かな緊張の色が見えたが恐らく俺もまた同じ目をしていただろう。


 ―――――――――”そうか”


 きっと誰が何かを言ったのだろうがやはりそれは聞こえない。


 しかし声は何か納得したように短くそう反応をすると


 ―――――――――”任せたぞ”


 そう締めた。


「っ!!」


 しゃがんでいた体勢から跳ね上がるように立ち上がる。


 “任せた”という短く、事務的ともとれるようなそんな言葉が今の俺にはまるで死刑宣告のように聞こえ、それに抵抗する罪人のように自然と身体が動いていた。


 今言葉を発していたもの――王がどんな顔をしていて、どんな人物で、どんな考えを持っているのかは知らない。


 ただ、今の言葉に込められた意味ははっきりと分かる。


 ()()()()()()、と命が下されたのだ。


「離れましょう」


 焦りを浮かべる俺にアルーナは冷静さを保った声でそう言うと開け放たれたままの玄関と駆け出した。


 俺は慌ててその後を追う。


「ヴァンデルハミッシュ候は手柄を自らのものとしたい方ですので私たちのことを他の誰かに話すということはないでしょうが、それでもここは目立ちすぎます」


 真っすぐ部屋を飛び出しながら背後の俺にアルーナはそう言った。


 王国を裏切っている形になるわけであるが、それでもヴァンデルハミッシュのことを敬称で呼ぶのは彼女の気質なのだろう、などと考えながら俺も外へ出る。


 あの発言の直後に自ら姿を晒すように日の光のもとに出るのは正直なところ躊躇われたがアルーナの言うことにも一理あると感じ、それに従うことにした。


「それでどうする?」


 外へと飛び出すがそこは相変わらず人の気配がしない。


 思えば屋根が吹き飛ぶような大騒ぎがあったのだから様子を見に来た人だかりができていてもおかしくはないのだが、まるでそんなことは見えていないかのように外は静かなものだった。


 ただ、表に出ることで一層視界に大きく飛び込んでくる王城がなお淡い光に包まれている姿に今が決して良い状況でないことを知らしめる。


「こちらに」


 そんなことを考え王城に目を奪われているとアルーナが俺の手を取り引き寄せた。


「『pianissimo(静寂)』」


 そして自身の胸に手を当てながら簡潔に詠唱を紡ぐ。


 ――魔法には疎い俺であるがこういったものには発動前に発する詠唱があることは知っている。


 それは魔法自体の規模や難度にもよるのだろうが原則としては大掛かりなもの程複雑であると聞く。


 では短ければ簡素な魔法なのかといえばそうではなく、熟練の魔法使いは詠唱を短縮してもそれを発動することができるという。


 アルーナの魔法が何を起こすものであるかはわからないが、思えばこれまでも彼女が長々と言葉を唱えているところは見ていない。


 しかしそれでもその技が確かな威力を以って発動されていたことを考えれば彼女の魔法の腕は自ずと明らかでもあった。


「……では行きましょう」


 と、手を引かれながらぼんやり立ち尽くしている俺にアルーナはそう声をかけてきた。


「え?」


 その態度があまりにもあっさりしたものだったのでつい気の抜けた声が出てしまう。


 唱えた魔法が何なのかよくわからなかったということもあるが、この状況でこのまま歩き出そうとする姿に疑問があった。


「ご心配なく。姿隠しを使いました。本来は一人用なのであまり離れないようにしてください」


 ぽかん、としている俺にアルーナはそれだけ言うと俺の手を引いたままゆっくりと歩き出した。


「っ! せ、【切断魔法】だっけか? そんなこともできるんだな」


 彼女は気にしていないのかもしれないが流石にそれは恥ずかしく反射的に手を引きながら誤魔化すように言葉が口をついて出た。


「風や空気の操作を基本とするものですので。今は周囲の空気の流れを変え私たちの姿を見えなくしています」


 そんな俺の疑問にもアルーナはしっかりとそう答えてくれた。


 こうして歩いている俺自身の身体には一切変化はなく、果たして外からどう見えているのかはわからないがアルーナの言葉を信じるしかない。


「しかしお気を付けください。隠せるのは姿だけですので、声や匂い、気配などは隠せませんので」


 というところで付け足すような言葉。


 なるほど何もかもができるわけではないらしい。


「けどすごいんじゃないのか? 俺はこういうのはさっぱりだよ」


 それでもその力は確かなものであると感じたので俺は思ったままを伝えた。


 周囲に人気はないものの、自然と声は抑えたものとなってしまったが。


「ありがとうございます。我が家に残った技を改良したものなのですが、お役に立っているようであればなによりです」


 肩越しに俺に視線を向けながらそう言うアルーナの眼は柔らかいものだったが、その言葉には僅かに哀しさのようなものがあるように感じられた。


 ――残った技。


 それがどういう意味なのかは、先ほど彼女が語った過去が教えてくれた。


 今はないものがある、ということに対する哀しみなのだろうか。


「……これからどうする?」


 その背中に問いかける。


 話題を切り替えたかったわけではないが、あまり暗い気持ちになっても仕方がない


 何せ今の俺たちはおよそ楽観できるような状況にはいないのだから。


「そうですね、まずは一旦――」


 実際のところは哀しんでいたのかどうなのか、元より感情をあまり表に出さないアルーナであるためそこのところは今一つわからなかったが、変わらぬ声色でそう彼女の口が動いた瞬間――



   ぃいよっしゃぁああああああああ!!!!



 轟音、あるいは騒音と共に。


 地鳴り、あるいは雷鳴を響かせ、衝撃が走った。


「!?」


 その音に2人同時に背後を振り返る。


 砂埃が天へと立ち上っていた。


 そしてその砂埃の中、つい今しがた出たばかりのアルーナの部屋がゆっくりと音を立てながら崩壊をしていた。

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