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声-Side:M-

 ――――――――――”変わりはないか、皆の者”


 声が響く。


 若さを感じさせる男の声。


 荘厳さ、というものを意識して感じたことはないが、もしかしたらこういうもののことを指すのかもしれない。


 静寂が包み込む聖堂の中で声を出すことが躊躇われるように。


 輝きを放つ宝石を前につい身体が固まってしまうように。


 姿はなく、声だけしか聞こえないがそれは聞くだけで姿勢を正してしまいそうになる、そんな声であった。


「っ……」


 まるで目の前にいるかのように声は明瞭に俺の耳へと届いたが、周囲には誰もいない。


 反射的に上空を見上げるがそこには晴天が広がるのみである。


 先ほど一瞬、真昼にも関わらず世界が明るく照らされたように感じたが空に変わった様子はない。


 あるいはあれも俺の身体が感じた錯覚だったのか。


「お静かに。騒がなければ問題はありません」


 突然の現象に戸惑いを見せる俺に傍らのアルーナはあくまでも冷静な態度を崩さずにそう言った。


 その言葉に俺は少し浮かした腰をゆっくりと下げながらこくり、と頷く。


「……何なんだ?」


 そして尋ねる。


 声は自然と小さなものとなってしまった。


 ―――――――――”ああ、そうか”


 問いかけにアルーナが答える前に、再び声が空気を揺らした。


 どこから聞こえてくるのか方向もわからないが、誰かと会話をしているように声は語った。


「……」


 アルーナにとっては驚くことではないのか二度目の声にも大した反応は見せず、ゆっくりと立ち上がると散乱した本の間を縫うように歩き、窓際に立つ。


「あちらを」


 そして外に目を向けながら俺を招く。


 俺は何となく隠れるように中腰の姿勢のままアルーナの元へと移動をすると同じく窓越しに外へと視線を向けた。


「……!」


 そして声に詰まる。


 地図を見たわけでもないが、二度の侵入で何となく俺の頭の中ではこの一体の構造が理解できていた。


 おそらく城壁の中では王城を中心に建物が立ち並んでいるのだろう。


 即ちどの建物の中からでも王城が見える形となっているわけだ。


 無論、建物同士の高さもあるだろうが、それでも視認対象自体が巨大なので姿がまるで見えない、という場所はないのだろう。


 やはり王の居住地は巨大なものなのか、あるいは王の威光を示すためわざわざ巨大にしているのか、などということはどうでもいい。


 ただ事実としてやはりアルーナの部屋からでも窓の外には王城がはっきりと見えていた。


 ――淡く光り輝いているその王城が。


 それは発光というよりも何か目には見えない光のベールのようなものがすっぽりと上空から王城全体を包み込んでいるかのような煌めき。


 先ほど周囲を照らされた、と感じた時の一時の錯覚や何かではなく、こうして見ている今もなお、その光は消えることなく王城全体を包み込んでいる。


 ここに来る途中で王城はああはなっていなかったはずだ。


 無論夜に侵入した時にあんな見ためであれば間違いなく覚えているだろう。


「何だ……あれ?」


 疑問が自然と口をついて出ていた。


 先ほどからそんなことしか口にできていないがしかし頭に浮かぶものがそれしかないのだから仕方がない。


 突如として王城に起きた現象をアルーナはまっすぐに見つめている。


「あの光自体はさして意味のあるものではありません。ただ今()()()()()()()()、というだけのことです」


 淡々とした言葉ではあるが、その目にはじっと王城を捉えて離さない。


 それが怒りか何かによるものなのか、あるいは怖れによるものなのかはわからない。


 ただ、


「目覚めている?」


 その言葉が気になった。


 目覚めたという王、光に包まれた王城、どこか緊張したようなアルーナの姿。


 これだけの要素が揃っていればいやでも答えに辿り着く。


「じゃあ今聞こえてきているこの声は……」


「はい、この国の王、ヴァイラン王のものです」


 若干、震えた声が出てしまったがアルーナは気が付いただろうか。


 アルーナのほうは慌てた風でもなく、ただ問いに短く、簡潔に答えを述べた。



   *



 外観は光に包まれた王城であるが、無論その中までもが輝いているわけではない。


 否――気品と清廉さを研ぎ澄ましたようなその内部はある意味では輝いているともいえるのかもしれないが。


 豪奢でありながらしかし美しさを損なわず、贅と美の調和を保った空間。


 ともすれば俗世のものは目にしただけで怖れにも似た感情を抱いてしまいそうな世界の中、その奥に男はいた。


 ――――――――”『大権』が損なわれた”


 滑らかな石で作られた階段の頂点に設けられた玉座に腰かけ、視線を下界に向ける男の言葉。


 声それ自体はまだ若ささえ感じさせるようなものであったがそこには同時に逆らい難い威圧のようなものも込められていた。


 それを受け、階段の下に並ぶ数名の者たちは頭を下げ敬意を示す。


 叱責、あるいは哀しみともとれるような言葉にしかし弁明も謝罪も口にするものはいない。


 この時、この空間においては声を出すことすら許しがなければ認められない。


 ―――――――――”何者だ”


 そう言いながら僅かに視線が動く。


 それが発言の許可である、と感じその視線を向けられた一人が小さく頷く。


「正体は不明。目的も不明。逃亡したようであるが行方も不明」


 頭を下げたまま答えるのは一人の老人――名をオルディン・アブルスラーム。


 この国の魔法局魔法開発室室長を務める男であり、昨晩現れた侵入者を目撃したものでもある。


 ―――――――――”そうか”


 親子ほど離れているであろう老人の言葉に声は短く反応を示す。


「……」


 老人はそれには何も答えない。


 それには答える許可はない、とわかっているからだ。


 ―――――――――”任せたぞ”


 声はただそれだけを告げる。


 それ以上のことを言うことはなく、しかし聞くものも皆、それ以上のことは必要としていなかった。


 それは彼のものの望みであり――逆らい難い命令でもあった。


「……」


 頭を下げながら無言で肯定の意を示す。


 何をしろと言われていなくとも何をすれば良いかはわかっている。


 ただその一言が総ての許しだったのだから。

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