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2人の会話-Side:H-

「……」


「……」


 沈黙が流れる。


 小さな灯りが照らす部屋の中、ヘルマはここの主であるセイプルと質素な木の机を挟んで向かい合っていた。


 目を覚ましたヘルマを座るように導くと奥から飲み物を運んできてセイプルも同じ卓に着いた。


 一応は客人としてもてなしてくれているとは思うのだがそれっきり言葉もないままただ顔を向かい合わせているだけだった。


 ヘルマ自身こうした時間はあまり得意ではなかったし、もとから人見知りする方ではなく普段であればこんな場であれば勝手に何かを喋りだしているのだが、どうも今はそうできない。


「うぅ……」


 ちらっ、とヘルマを見たかと思うと何やら唸るような声を上げて視線を逸らすセイプル。


 自分とさして年齢も変わらないような少年――或いは少女セイプル。


 肩にかからない程の髪の毛やその中世的な顔立ち、声からいまひとつ性別がわからないが、こうした反応を繰り返すのを先ほどから目の前で何度か見せられ、ヘルマも声をかけていいものかどうか迷ってしまってしまい結局差し出されたお茶を飲んだり置いたりを繰り返してしまうのだった。


(んんん……)


 当たり障りのない世間話、というものを切り出せればよかったのかもしれないが、一度こうなってしまうとむしろどういった話をすればいいのかが何だかわらなくなってしまう。


 つい手持無沙汰になってしまいまたお茶に手を伸ばす。


 薬草か何かを煎じたものなのだろうか、澄んだ色をしたそれは香りも味も非常に良いものであった。


 先ほどアルーナの部屋で出された飲み物は表現できない色をしており、ひょっとしたらああいったものが王国の人間の間では流行っているのだろうか、と一瞬びくびくもしていたのだが今差し出されたものは実にまともなもので安心をした。


 結局あれには口をつけなかったが味はどうだったのだろうか――とそんなことを考えると自然と2人のことを考えてしまう。


 メルクとアルーナ。


 彼らは無事なのだろうか。


 飛ばされた自分を探しているのだろうか、それならばどこかで合流しなければならない。


 しかし――或いはあの男に。


 と、思いがそこまで至ったところで一口お茶を飲みその思い毎流し込む。


 そんなことを考えているのなら早くさっきの場所まで戻ろう、と頭を切り替える。


「……」


 切り替えついでに改めて部屋を見回してみる。


 アルーナの部屋よりも広いような印象があるが、そもそも比較対象が書庫のような部屋であり全容がよくわからず、ひょっとしたら部屋自体の構造は同じなのかもしれない。


 ただこの部屋には今座っている卓や先ほど寝かされていたベッドの他に多少の家具がある程度の実に簡素なものだった。


 ただ、よく見るとその壁に何かが貼られているのに気が付いた。


 それは紙であり、そこには何か絵のようなものが描かれていた。


「あれはセイプルが書いたの?」


 それが気になったので聞いてみた。


「えっ!?」


 別に大声を上げたつもりもなかったがびくっ、と飛び跳ねるように反応するセイプルに壁を指さしてそれを示す。


「あの絵……みたいなやつ」


「あっ……うん」


「見てもいい?」


 問いかけにこくこく、と頷いて応えるセイプル。


 それでは、と壁に歩み寄り貼り付けられたものを見てみる。


 それは何かの生き物を描いたものであった。


 頭で想像した絵、というよりも観察したものを描いているのだろうか、所々に細かく数字や何やらが書かれている。


 ――大きな翼と大きな爪や牙を持った生き物。


 住んでいた村では見たことがなかったがこういう生き物もいるのだろうか。


 絵にも生き物にもあまり知識はないが実に細かく描かれている、ということだけはわかった。


「へーうまいんだね」


 なので素直に思ったことを口にすると、


「あっ、ありがとう……その子、僕が育ててるんだ」


 照れているのか、小さな声でうっすらと頬を緩ませながらセイプルは応えた。


 先ほどまでの怯えた小動物のようなものとは違う初めて見せたその表情何となくヘルマは今まであった距離感のようなものがなくなったように感じた。


「セイプルが育ててるの?」


 とんっ、と卓に戻ると少し身を乗り出してそう尋ねる。


 物理的な距離も近くなってしまいセイプルは『あぅ……』と唸り視線を逸らしながらもこくりと頷いた。


「僕、好きなんだ……生き物。今は仕事でもあるけど」


 たどたどしくもセイプルもまた少しずつ言葉数が多くなってきたような気がする。


「仕事って?」


「ぼっ、僕、保安局だから、捕獲と管理……とか、色々」


 セイプルの言葉に少し記憶が掘り起こされる。


 そういえばアルーナは確か魔法局、というところに所属していたのだったか。


 やはり――というよりも当然セイプルもまた王国内の組織に所属している人間のようだった。


 年齢は自分とさして変わらないだろうに、優秀な人物なのかもしれない。


「ねぇ、魔法局庁ってどの辺?」


 セイプルは目の前の自分のことをどういう存在と認識しているのだろうか。


 こんなことを質問したら王国の人間でないと見抜かれてしまうとも思ったが、ついそう聞いてしまった。


 しかし突如空から落ちてきた、という人物を己の部屋まで運び休ませていたのだから決して無情な人間ではない、とも感じていた。


「ま、魔法局庁はちょっと遠い……かな」


「そっかぁ」


 その答えに少し肩を落とすヘルマ。


 結局ヘルマのことはどう思われているのかはよくわからないが、今はあまり気にしないことにした。


「ねぇ、ちょっと連れてってくれないかな?」


 ひょっとしたらこれはかなり大胆なお願いだったのかもしれない、と流石にヘルマも思ってしまう。


 しかしそれでもアルーナの部屋まで戻るには一人で出歩くわけにもいかずそう頼んでしまった。


「えっ、べ、別にいいけど……じゃあ、あとちょっとしたら」


 不審に思っているのかいないのか、それでもセイプルはそれを許諾してくれた。


 ただ――


「何かやることあるの?」


 その答えが少し気になり、そう尋ねてしまった。


 連れて行ってもらう以上こちらから急かすことはできないが、今すぐ出られないことには何か理由があるのだろうか、と純粋な疑問であった。


「だ、だってもうすぐ時間だよ?」


 ちらっ、と壁――それに阻まれて見えない外に目を向けてセイプルはそう答えた。


「あー、うん」


 それの意味はやはりよくわからなかったが、とりあえず今はそう頷いて賛同することにした。

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