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吹き抜ける風

青い空へ飛んでいった黒い点はどんどんと小さくなり、直ぐに俺の眼には見えなくなった。


その様子はどこか冗談のようであり、ぽかんと口を開けたままそれを見送ってしまう。


ただ、一拍間をおいて、全身に感覚が戻る。


しかし、それは叩きつけられたはずの背中の痛みではない。


ただ、頭と身体を埋め尽くしているのは――


「てっ、めえぇぇえええええええええええええええええええ!!」


叫ぶ。


湧きあがる感情が何であるのか自分でもわからないまま、ただ口が動き、手足は自然と前へと駆け出していた。


砕けた床を走る。


ぼろぼろにちぎれた本の一部が散乱しているがそんなものを気に留めていられるほど俺の頭に余分なスペースなどありはしない。


「だめっ!!」


誰かが叫ぶ声がする。


それは何を止めるための言葉なのだったのか。


暴力は良くないと殴り掛かろうとすることを止めるための言葉か。


あるいはそんなことをしようとすればどうなるかがわかるからこその制止の言葉なのか。


それはわからなかったし、仮にわかったところで何の意味もない。


もし頭が冷静であったのならばこんなことをしている暇があれば消えていった少女を探しにいくことが重要と理解できていただろう。


だが、そんな物事の順位を判断することすら今の俺の頭ではできず、ただ本能のままに駆けるしかなかった。


「はははははっ!!」


突進してくる俺に男は不敵に笑みを浮かべる。


今起きたことも、これから起こることも全てが愉快な出来事のひとつでしかない、そんな笑みをたたえたまま俺を待ち受けている。


「おおおおおおおおおお!!」


殴り掛かろうとしているのか、掴みかかろうとしているのか自分でもわからないままその懐に飛び込むようにして地面を蹴る。


ただ握りしめた拳をぶつけたい、という思いのまま手を伸ばす。


その手が触れるまであと一瞬というその刹那――


「そこまでです」


飛び掛かる俺と、ヴァンデルハミッシュの間に影が一つ現れた。


「お静かに」


すっ、と姿勢を正し俺を見やる男が1人、俺の行く足を阻むように立塞がっていた。


「っ!?」


「はははははっ、なんだ、おもしろいところだったというのに」


反射的に拳を止めた俺と対照的に突如現れたその存在にヴァンデルハミッシュは驚いた様子もない。


「お戯れを」


男は俺が足を止めたことだけを確認するとすぐさまヴァンデルハミッシュに向き直り、(こうべ)を下げ畏まる。


「なっ……」


いきなり現れ人のことを止めておきながらこちらのことなどどうでもいい、というかのようなその態度にもとから冷静でもなかった俺の頭が更にふつふつと沸き立ち、怒りが込み上げてきた。


「何だお前っ!」


ヴァンデルハミッシュの前に立塞がるというのならまずは先にこの男からでもいい、と俺が感情に任せて掴みかかろうとしたところ、


「いけません!」


俺の身体を後ろから抱き留めるようにしてアルーナが止めた。


「っ!」


振り上げた手を掴まれ困惑する俺と力を込めてそれを止めるアルーナ。


そんなやり取りをしている俺たちに向け、目の前の男は肩越しに視線を向けた。


「ありがとうございます。賢いご選択かと」


たった今殴られようとしていたと知っているのかいないのか、危機から救ってもらった人間の言葉とは思えず一瞬その意味がわからない。


しかしそんな余計なことを考えていたおかげか頭の方は少し冷静に覚めてきた。


「っ! どけ!」


振り上げた手を下ろし一瞬、天を見上げると目の前に立塞がる男たちに向かって叫ぶ。


もうこの男たちの相手をしている必要はない、すぐにでもヘルマを探しに行かなければと今度は頭がそれで埋め尽くされる。


「はははははっ、何だもう終わりか?」


俺の意識が既に別のことに移ったとわかったのか、ヴァンデルハミッシュは笑みを浮かべたままそう言った。


あるいはそれは更に俺の感情に火をつけるための煽りであったのかもしれないが、その判断ができるほど頭はまだ落ち着いてはいなかった。


「『白鯨(はくげい)』様、お戯れを。お時間です」


そんなヴァンデルハミッシュに男は恭しく告げた。


ここまでの会話からこの男がヴァンデルハミッシュの配下か何かであることはわかった。


そして従者らしく何かの時間を告げにきた、ということのようだ。


「んん? あぁもう()()()()か」


従者の言葉にヴァンデルハミッシュは天を見上げると何かを察したのか、その表情から笑みを消し退屈そうにそう呟くと、くるり、とマントを翻し俺たちに背を向けた。


「待て!」


開け放たれたままの玄関に向かって歩むヴァンデルハミッシュに従者はゆっくりと付き従う。


実にあっさりと帰る素振りを見せられ俺は思わず声を上げてしまった。


「はははははっ、まぁこれも何かの縁だ、一つ良いことを教えておこう」


そんな俺に振り返りもせず高らかな声でヴァンデルハミッシュは声をかけてきた。


「あの少女を探すのは少し待った方がいい。しばらくは大人しくここにいておけ、なぁ魔法局の娘よ?」


そして一瞬、ちらりと視線をこちら――アルーナに向けたかと思うと歩みを止めることなくそのまま部屋から消えていった。


「……」


「……」


嵐のように現れた嵐のような男。


嵐が吹き荒れたような部屋の真ん中で俺とアルーナは言葉を失い立ち尽くしてしまう。


ただ穏やかな風が一つ、屋根のなくなった天井から吹き込み床に散らばった紙を揺らした。

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