魔法局庁
ゆっくりと城門が開く。
触れてもいないのに開くそれは俺が持っているという【入城権】によるものか。
これがなければ城の門を開けることもできないと考えれば確かに重要なものである。
「さて……」
そんな門の前に立ち、短く呟く。
心臓が高鳴ってしまうが致し方がない。
何せつい先刻までこの中で戦い、追われ、命からがらに逃げ延びてきたというのにわざわざそこに戻るというのだから。
「ここからでよかったのか?」
横で同じく門を見上げているヘルマがアルーナに尋ねる。
アルーナに導かれ連れてこられたここは先ほど城内に入ったときとは異なる場所であった。
城壁は王城を中心にぐるりと囲うように建てられており、数か所にこうした門がありここはその一か所であるという。
「はい、ここからの方が私の居住地に近いので」
「はぁー」
聞いているのかいないのか、ため息を漏らすように答えるヘルマ。
その様子にはこれから城に戻るということに対する緊張や恐れといったものはないが反ってその姿が俺の不安を取り除いてくれるようでもあった。
「さぁ行きましょう」
門がある程度開いたところでアルーナはその中へと一歩踏み出した。
「……おう」
それに続くように俺とヘルマも歩みだす。
こうして俺たち盗賊は2度、門から正々堂々と入城を果たしたのだった。
*
「でっかいなぁ」
「あぁ」
ぼんやりと2人してそう呟く。
「お二人ともこちらですよ」
まるで観光に来た田舎者を導くように立ち尽くしている俺たちにアルーナが声をかける。
「なぁこれは何なんだ?」
先を行こうとするアルーナにヘルマは立ち止まったままそう尋ねる。
その姿は盗賊目的で城に入り込んだ人間とは思えないが、しかし俺もまた内心では気になっていたことなので目線をアルーナに向けてしまう。
それは目の前に聳え立つ巨大な建物に対してのものであった。
最初に侵入したときは暗く辺りを見回す余裕もなかったが、こうして改めて日の光の下で周囲を見てみると城壁の中は王城を中心に小さな街を形成するように建物がいくつか建っていた。
その大きさは大小様々であるが今目の前に建つものは王城にも引けを取らないような大きさであるように見えた。
「そこは魔法局庁です。王城、ひいては王国全土の魔法に関する管理、研究を行っているのです」
その問いにアルーナもまた本当に観光客を案内するかのようにそう答えた。
魔法局庁――このヴァイラン王国の中枢にて魔法の研究をする機関、といったところか。
そもそも魔法が得意ではなく、そういったことに興味がなかったため初めて聞いたのだがおそらくこの中にいる人間は皆魔法技術のエリートなのだろう。
「あれ?」
と、考えているとふと記憶が思い出される。
魔法局と言えば、
「はい、私はここの魔法開発室に所属しております」
俺の視線を感じ取ったのかアルーナがそう答えた。
初めて会った時、そんなことを言っていたのを思い出したのだ。
「じゃあアルーナって結構すごいんだ」
「そこまで大したものではありません。こういうことが得意な家系でしたので」
無邪気な様子でそう聞いたヘルマにアルーナは照れるでもなく淡々とそう返す。
「ちなみにオルディン様はここの局長です」
「あー……」
付け足すようにそう言われ少し気が滅入ってしまう。
確かに思い返せばそんなことを言っていた。
しかしということは俺はこの魔法局の局長とやらと戦い一度生き延びた、ということになる。
「じゃあメルクも結構すごいね」
自分に自信が湧いて来たものの自らそれを口にするのを躊躇っているとヘルマはにっこりと笑いながらそう言ってきた。
「……」
何だか胸にじぃんと込み上げてくるものがあり、俺はその頭をぽんぽんと叩いて感謝の意を示す。
ちなみにヘルマに俺のことを“頭”と呼ばせるのは止めた。
3人になったんだからお互いに名前で呼ぶぞ、と半ば無理やりに提案したところ最初はどこか不満げであったが納得はしてくれたようである。
「さて、それでは行きましょう。いつまでもここにいてはまた追われるかもしれませんよ」
アルーナにそう促され、俺たちは慌ててその後を追う。
また先ほどのように逃げ回るのは流石に勘弁であった。
しかし――
「けど、王城の周りってのはこんなもんなのか? もっとこう、警備とかさ」
俺はついそう聞いてしまった。
闇夜に紛れた侵入の際にも、この日中でも、周囲には人の気配はない。
先ほどは迂闊にも防衛魔法に引っかかりオルディンと出会ってしまったがもしかするとあのまま誰にも出会わずに済んだのではないか、とも思える程はっきりいって警備らしい警備があるようには思えなかった。
「そうですね、この辺りにはほとんど人はいないでしょう。重要なことは王城を守ることという考えが染みついていますから。外を誰が歩いていてもあまり気にしない、というのが本音ではないでしょうか」
「ふぅん」
歩きながらそう説明をするアルーナ。
城の人間であるアルーナにとっても俺たち盗賊まがいの不審者と一緒にいるところを見られるのはまずいと思うのだがそんなことを気にしている素振りもなく平然と歩いていることからその話は本当なのかもしれない。
「着きました。ひとまずはここで」
魔法局庁から僅かばかり歩いたところでアルーナが足を止め建物を指さした。
城や局庁と比べれば幾分小さいがそれでも村の住人などが住むような家よりは整った外見をしている。
故郷の俺の家などよりもはるかに大きい。
「ここがアルーナの家なのか?」
「まぁ家というよりも研究室ですが。寝食はここで済ませています」
尋ねた俺にあくまでもここは家ではなく部屋だというアルーナ。
何だか生活環境の格差を感じてしまうが今は気にしないことにした。
「さぁどうぞ、あまり整頓はされていませんが」
同じく目をぱちくりとさせながらその研究室を眺めているヘルマと俺だったが、扉を開けたアルーナそう促されそそくさと中へと入る。
先ほどから建物を見るたびに驚いたり立ち止まったりとしていて少し恥ずかしくなってしまうが、
「うわぁ……」
そうして一歩踏み込んだところで、再び呆然と立ち尽くしてしまう。
それは巨大な建造物を見た驚きや豪奢な内観を眺める感動――ではない。
「どうかされましたか?」
それは部屋中、所狭しと並び、天井までうず高く積み上げられた本の山に対しての嘆息であったのだが、アルーナは俺たちが何に驚いているのかよくわかっていないようだった。




