王城へ
既に日は高く昇り、周囲を明るく照らしていた。
あの時暗闇の中に浮かぶ姿も威圧感は十分にあったが、こうして日の光の下見上げることでより一層それを強く感じる。
「はー」
感心なのか首を傾け見上げるヘルマがそう声を漏らす。
まるで観光か何かをしている旅人のような呑気さであり、俺も気が緩みそうになるが今はそんなことをしていられる時でもない。
「……本当にここから入るのか?」
「それが一番と判断しますが」
緊張と不安から念のためそう聞いてみるが、傍らに立つ金髪の女――アルーナはやはり淡々とした態度でそう返してくるのみだった。
これはただの帰還ではなく、彼女にとっても危険な行為である、と思うのだがそれも覚悟の上なのか、あるいはそういうことは気にしていないのか、その辺りはよく掴めない人物であった。
「わかった。まぁ俺たちもこのままどこかへ逃げるってわけにもいかないからな」
腰に下げた麻袋の中の重みを感じながら俺は覚悟を決める。
目の前に聳えるは巨大は門。
外界と王城とを隔てる扉の前に立ち、俺はそれを開けるように手を伸ばす。
そうして俺の手が輝きだしたかと思えば、その重い扉が少しずつと動き始めた。
ゆっくりと開くそれを眺めながら、ぼんやりと先ほどまでの会話を思い出す。
*
「それで、俺があんたの【入城権】とやらを盗っちまったから城に入れずに一緒に行く必要があると」
「その通りです」
地面に姿勢よく座りながら問いかけに頷くアルーナ。
「うーん」
同じく地面に胡坐をかきながらその話を聞いて俺は唸るような声を漏らす。
なるほど、俺たちが一緒に城へといかなければならない理由は理解が出来た。
しかしそれでも尚、やはりわからないことが一つある。
「で、王国で何をしようっていうんだよ」
その疑問を横で退屈そうに話を聞いていたヘルマが尋ねた。
それはまさに俺が聞きたいことであり、うんうんと賛同するように頷きながらアルーナを見る。
城に戻りたい、というだけならばその気持ちはよくわかる。
しかしアルーナはただ城に帰ると言っているのではない。
彼女もまた俺たちと同じく、“何か”を王国から盗り返す、というのである。
「そうですね。詳細は今お話ししてもわかりにくいでしょう」
ヘルマの問いにアルーナは変わらず冷静な態度である。
そして、ただ、と一拍間をおきながら
「我が家に受け継がれていたものが王国によって失われました。私はただそれを取り返したいだけなのです」
俺たちをまっすぐに見つめながらきっぱりとそう言い切った。
「……」
その答えに言葉を失う。
それと同じようなことをかつて聞いたことを覚えている。
否、そもそもそれこそが俺たち2人が王城へと向かった理由でもあったのだ。
「それって……」
ヘルマが小さく呟く。
そう。
今アルーナが告げたことはまさしくヘルマ自身が俺に語ったものと同じであったのだ。
「いかがされましたか?」
そんなヘルマの様子にアルーナは少し不思議そうな表情を浮かべそう尋ねてきた。
「……」
しかし俺はどうしたものかと悩んでしまう。
それはヘルマの過去に繋がることであり、軽々に口にするべきことではない。
だが一方でアルーナもまた同じ立場であるというのならば確かに目的は同じである。
城の人間であったアルーナであれば俺たちより何かを知っている可能性もあり、ここで全てを打ち明け共にできることを探すべきなのか、と思いを巡らせていると、
「……私も」
ヘルマはアルーナの顔をじっと見つめながらゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
*
「なるほど、貴方たちのことは何となくではありますが理解できました。しかしオルディン様とも戦っていたとは」
ヘルマがアルーナに語ったことは先ほど俺が聞いたことと同じ話ではあった。
ヘルマの家にとって大事な“何か”が王国に奪われた、ということ。
そして俺たちはそれを探しに王城へ侵入していたということ。
そこまでいくと話は自然とそれ以後のことへと繋がり、オルディンとの闘いから地下水路へ落ち、【大権】を見つけ、そして逃げ延びたということの顛末を全て語ることとなった。
「地下水路の出口から出てきましたのでてっきり最初から地下を目指していたと思っていたのですが偶然だったのですね」
「けど結果的にはそれで助かったってことみたいだけどな」
話をまとめているうちにわかったことではあるが、あの地下水路の出口に建てられていた鉄格子はアルーナによって予め切断されていたものだったらしい。
【入城権】を失い城に入れなくなったアルーナがどこかに道はないかとあそこを見つけ自身の【切断魔法】で鉄格子に切込みを入れた。
そうしてそこから城に戻ろうとしたまさにその時あの騒ぎが起き、隠れていたところ俺たちが飛び出してきたということらしい。
「あそこから出てこられたので【大権】は目にしていたと思いお話をするために後を追わせていただいておりました」
そして話は現在に至る、というわけである。
「それで、俺たちはまず何をすればいいんだ?」
ようやく事の次第が整理できたような気がして俺は少し軽くなった頭でそう聞いた。
アルーナがヘルマと同じことを考えている、ということはわかったがしかし具体的に何をしようとしているのかは今だわからない。
まず第一には城に戻るということが目的のようであり、それには俺もいやいやではあるが賛成だった。
ヘルマの目的を果たしていない、ということもさることながら持ってきてしまった【大権】の欠片をこのままにはしておけない。
「まずは私の部屋へと戻りましょう。そこで改めて詳しく話をしたいと思います」
そういうとアルーナは立ち上がり、服に着いた汚れを軽く払う。
まったく気が重い話ではあるがここで投げ出すわけにもいかず、俺もまた城へと向かうため立ち上がるのだった。




