入城権
「……」
視線を交わしながらも言うべき言葉が見つからない。
しかし言葉を失っているのはこちらのほうであり、アルーナはただ言うべきことは言った、という風に俺たちの反応を待っているだけのようでもある。
流れる沈黙と緊張も先ほどまでのものとは少し毛色の異なるものであるように感じる。
“奪われたものを取り返す”とアルーナは言った。
それは一体――
「とういう意味だよ」
思考が止まり、二の句が継げないでいる俺に代わり傍らのヘルマがそう尋ねた。
困惑や怒りといった表情を浮かべるでもなく、ただじっとアルーナを見つめ続けている。
「そのままの意味ですが」
「あんたも何かを盗られたっていうのか?」
あくまでも淡々とした口ぶりのアルーナに対しヘルマはそう続ける。
ヘルマの発言は言ってしまえば自供のようなものであり、ひょっとしてこれは回りくどい誘導尋問だったのでは、とふと思ったが今更遅い。
「そうですね、盗られたというのは適切な表現ではないかもしれませんが」
「だからどういうことだって!」
「ちょっと落ち着けよ」
どこかぼんやりとしたアルーナの言葉にヘルマが突っかかるところをなだめる。
俺としても彼女が言っていることの意味はまだ掴みかねているが今この状況でわざわざ事を荒立てる必要もない。
「なぁこっちからも単刀直入に聞かせてもらいたいんだが、あんたは俺たちの敵なのか?」
なので、そう問う。
仮に『敵です』などという回答が返ってくるようであれば俺はヘルマを抱えて一目散に森かどこかへ逃げ出せるよう心の準備をしていた。
「少なくとも私は貴方たちと敵対するつもりはないと考えておりますが」
一度襲ってきたことなど気にしていないかのように平然とそう返すアルーナにしかし俺は逆に安堵する。
無論、彼女のことなどよく知るわけでもなく、本当に何となくではあるのだが、このアルーナという女性は敵対の意志があれば先ほどのように最初から攻撃をしてくるような人物であり、感情を偽ってまで近づくようなことはしないだろうと感じていた。
「……わかった、その言葉は信じておこう」
「ありがとうございます」
アルーナがこくり、と頷くのを見て、俺はそのまま地面に腰を下ろした。
「それじゃあゆっくり話でもしないか。立ったままっていうのもなんだろ?」
では、と俺の提案にゆっくりとしゃがみ込むアルーナ。
そんな俺たちをヘルマはどこか釈然としない顔で見つめていたが、そのうち仕方ない、という風にその場に座り込んだ。
「……で?」
と、意気込んでみたものの何から話せばいいのかわからずついそう聞いてしまう。
がくっ、と肩を落とすヘルマに申し訳ない気持ちになってしまう。
「私からの提案となりますが、まずはお二人にもう一度王城へお越しいただきたいのです」
「それ、何で私たちと一緒にいかなきゃいけないんだよ? あんた王国の人なんだろ?」
「まぁそれはそうなのですが」
すうっ、姿勢を正したままアルーナは俺をじっと見つめていた。
「貴方、私の【入城権】を持っていきましたでしょう?」
「は?」
まったく予想外の問いに思わず素っ頓狂な声が漏れてしまう。
“ニュウジョウケン”?
「また何か持ってったのか?」
「そんなもんしるか!」
まるで躾のされていない動物を見るかのように呆れた目で俺を見るヘルマを強く否定する。
【大権】を奪ったといわれ追われたかと思えばまた違うものがでてきた。
しかし、先ほどの黄金の欠片とは異なり今度はこのアルーナから何かを奪ったような覚えが全くない。
「先ほど、城門を開けたでしょう? しかしあれは予めそれが認められたものにしか開けられない扉。そしてその証こそが【入城権】なのです」
どうも理解が出来ていない俺にアルーナは静かに続けたその言葉に記憶が掘り起こされる。
あの時――
城門前での突然の襲撃から逃れるために遮二無二に門へと走ったところ突如としてその扉が開かれた。
それ自体も不思議な現象であったが、それ以外にも確か――
「あの光か……」
ぼんやりと己の手を見る。
何も持っていなかったはずの手が城門に近づいた時、煌々と輝いた。
しかしあの時以降は何も起きなかったのですっかりそんなことは忘れていたが、ひょっとするとあの光こそがアルーナの言う【入城権】とやらなのだろうか。
「恐らくは」
「……どういうこと?」
「これは推測なのですが」
不思議そうに小首をかしげるヘルマにアルーナはそう前置きをして言葉を続けた。
「貴方は対象の持つ力を自らのものにするスキルをお持ちなのではないですか?先ほど兵士たちの武器を奪っていたようですがあれと同じように私に与えられた証を奪ったのではないのでしょうか」
「……」
淡々と語るアルーナの言葉はまるで演説のようであり、俺もヘルマも途中で言葉を挟むこともできない。
「しかし【入城権】は与えられた権利であり形のあるものではないはずなのですが、それすらも自らのものにできるというのでしょうか」
顎に手を当てながらうんうんと何かを考えるように頷くアルーナ。
俺はただ自らの掌に視線を落とす。
「俺のスキルが……」
【怒涛の簒奪者】
それは奪う力であると、あのプロメテウスの火は言っていた。
それがただの【盗賊スキル】の延長線上のものでないことはこれまでのことで理解していたつもりだったが、しかしそれは俺の想像を超えたものなのかもしれない。
【盗賊スキル】の最高峰であるこの力は形のないものすらも奪うことができるというのだろうか。
「先ほど、兵士が意識を失いましたがあれも貴方が意識を奪ったためであると私は推測しています」
そういうアルーナの言葉をふざけた話だと否定することはできなかった。
「……それじゃあこいつも」
そしてアルーナの言葉にごく自然に思考がそれに行きつき、俺は麻袋に仕舞っていたものを取り出して見せる。
あの時、地下にていつの間にか俺の手に握られていた黄金――【大権】――。
「ふむ」
眩く、深遠な光を放つそれをアルーナはじっくりと眺めている。
「これは【大権】のほんの一欠片でしょう。しかし本来はこのような形になるはずもないもの。やはり貴方のスキルは興味深いですね」
そう言うアルーナの言葉に俺はぎゅっ、と【大権】を握る手に力を込めてしまった。




