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森を抜けた先

 大きな木の洞に隠れるようにしてしゃがみ込む。


 オルディンとの戦闘から水路の進軍、そして逃走。


 瞬く間の出来事であったが城から離れることができ、ようやく腰を据えて休むことができた。


「……追われてる?」


「……いや、今のところは大丈夫そうだが」


 俺の傍らにしゃがみ込みながらそう尋ねてくるヘルマにそう返す。


 夜明けが間近に迫る森。


 まだ生き物の吐息がする時間には少し早く、周囲には何かの気配があるようには感じられない。


 無論、俺が経験上感じる程度のことであり、熟練の戦士が気配を消して迫っているのだとすればそれはわからないのだが。


「あーあ」


 それを聞いて安心したのか、ヘルマはうぅん、と伸びをしながら少し残念そうな声色でそう漏らした。


「せっかくの初仕事だったのにうまくいかなかったなぁ」


 それはどこまで本気の発言なのか。


 いや、何となくだがこの少女であれば本当に本心からそう思っているような気もするが。


(かしら)と私の盗賊稼業の始まりだったのにね」


 相変わらず人を(かしら)と呼びながら『ねっ』と視線を向けてくるヘルマに俺はあえて目をつぶって応える。


「あのなぁ、本当に死んでてもおかしくないような状況だったんだぞ」


 もちろんそういう状況になったのはヘルマだけのせいではなく、俺の判断によるところもあったのでそれは自分にも言い聞かせた言葉であった。


「それに俺は盗賊稼業を始めた覚えもない!」


「えぇー」


 きっぱりと言い切る俺にヘルマは頬を膨らませて不満を露わにする。


「2人きりじゃあパーティーって呼ぶのもなぁ」


 盗賊、というものにはまだどこか違和感があるが、しかし何か自分が所属していられる場所があるというのは素直に嬉しいものであった。


 ふと、かつて所属していた4人組のパーティーを思い出す。


 別にギルドにおいてパーティーの人数に明確な決まりなどはないが、それでも2人だけでは少し寂しいものである。


「じゃあ仲間増えたら盗賊になってくれるのか?」


「んー」


 その提案には曖昧な返事を返した。


 恐らくヘルマは本気でそう聞いているのだろうと思いいい加減な返事をすることはしないでおいた。


 もちろん【盗賊】という職業も重要なものであり、そこに貴賤(きせん)があるわけではない。


 俺自身オルディンとの闘いの際、この力を使う時に覚悟を決めたつもりであったがそれでも改めて考えると少し答えに迷ってしまう。


 勇者が盗賊になる。


 ぼんやりとそのことについて思いを馳せようとしていたところ、


「っ……」


 気配がした。


 それはまだ遠く音も聞こえないが、何かが森を動いている気配を肌で感じ、俺は口に手を当てヘルマに静かにするように示すとゆっくりと立ち上がった。


 どこから来るのかまではわからないが、とりあえず城から遠ざかることが先決だと考え俺たちは静かに森の中を進んだ。



   *



 そうして森を抜け――


「これが……(かしら)のスキル【怒涛(どとう)簒奪者(さんだつしゃ)】」


 驚愕の声を漏らすヘルマに俺はまぁなと頷いて応える。


 薄暗い森を抜けた頃、辺りは既にすっかりと明るくなっていた。


 放たれていた追手にはそこで直ぐに追いつかれた。


 賊を討たんと振り下ろされた剣。


 それを瞬きの間に奪った俺に兵士の男もヘルマも言葉を失っている。


 ここまで何度か使ってきたが、思えばヘルマが見ている目の前でスキルを使ったのは初めてのことであった。


「なっ……」


 剣を奪われた兵士は言葉を失ったようにぱくぱくと口を開閉している。


「ええっと、とりあえずこれで決着ってことでいいか?」


 今しがた奪った剣を示しながら目の前の男にそう聞いてみる。


 無論、今置かれているこの状況がほぼ全て俺たちに責任がある、という自覚はある。


 城に忍び込み――正確には正面玄関から入ったが――、城内で騒ぎを起こし、あまつさえ何か彼らにとって大切なものを知らぬとはいえ手にしてしまっていたのだから。


 これ以上暴力事を起こすつもりはなく、俺たちにできる償いはするつもりであった。


 なので、興奮している彼らにも一旦落ち着いてもらおう、という提案であったのだが、


「けっ、剣を失った程度でぇえええ!!」


 兵士の方にはその意志はないようであった。


 それは賊の提案に乗ることへの恥か、あるいは国王直属の兵士としての矜持か。


 ともかく男は武器を失って尚、徒手のままで剣を持つ俺に組みかかってきた。


「くっ!」


 その行動に俺は僅かに反応が遅れ、剣を持った手を掴まれてしまう。


 剣を奪ったのは何とか話し合いができないかという思いであり、傷つけるつもりはなかったのだが、このまま捕らえられては同じことである。


 どうにか引き剥がさなければと空いている手を振り回す。


 しかし、相手は堅い鎧に身を包んだ兵士であり俺の生身の腕による抵抗など何の意味もない。


「ははは、逆らいおって!」


 その手もあっさりと捉えられ、いよいよ両腕を塞がれた俺に男が得意げに笑みを浮かべる。


 話し合いや交渉などができるような様子もなく、このままでは俺諸共ヘルマも捕えられてしまうだろう。


「くっそ!!」


 それは避けなければ、という思いだけが俺の身体に力を与えた。


 掴まれたまま腕を力ずくで動かし、男の頭を掴む。


 無論、その頭も兜で覆われており掴んだところで何ができるわけでもない。


 ただ何とか押し返そうとしての試みだったのだが


「!!?」


 俺の手が頭に触れた瞬間、びくんっ、と弾けたように男の身体が一度大きく揺れ、声にならない声を漏らした。


「……」


 そして次の瞬間、強く俺を掴んでいた手から力が抜けたかと思うと男はずるずると膝から地面へと倒れ伏した。


「っ?」


 糸が切れた様に倒れ伏した男。

 ただその口元の草が小さく揺れていることから呼吸をしていることだけはわかる。


「……」


 意識を失った男を挟み、俺と兵士たちは無言で目を見合わせてしまった。

今回でプロローグ部分に戻ります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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