大権
「そこで何をしている!!」
俺たちを見上げながら怒声を上げる男たち。
全身を鎧に包んだ姿は先ほどのゴーレムのようであるがこちらは紛れもなく生きた人間だ。
城の警備隊であろうかよく見れば皆一様に武器を身に着けている。
「そうか、貴様たちが情報にあった侵入者だな?」
俺たちをじっと睨みつけながら兵士のうちの一人がそう言った。
張り込まれていたわけではないようだが既に俺たちがこの城に侵入している、という情報は知れ渡っているようだ。
あれだけの大騒ぎをしていればそれも無理のない話であるが。
「ま、待ってくれ俺たちは別に怪しいものじゃなくてだな、ちょっと道に迷ってしまったというか……」
鋭い視線を送られ思わずたじろいだように苦しい言い訳をしてしまう。
こんなことを信じてもらえるとは思ってもいなかったがあるいは誤魔化せるのではないかと期待をしていたのだが、
「男1人に子供が1人間違いないかと」
俺の願いを打ち砕くかのように、集団の中の一人の兵士がそう呟くのが聞こえた。
どうやらこの短時間でそこまで正確な情報が出回っていたらしい。
王国の警備能力の高さに感心する一方、自分たちが追い詰められている状況を痛感してしまう。
一難去ってまた一難、とはまさにこのことか。
「ど、どうせそっからじゃ何もできないだろ!」
ヘルマにも自らが置かれている状況がわかるのか、少し困惑した様子を見せながらも強がるように眼下に立つ男たちに言葉を投げる。
俺としてはそんなことをする前にさっさと逃げたほうがいいと思ったのだが、
「燃えよ!」
眼下にて兵士の一人が何かを叫ぶのが聞こえた。
その声に視線を向けると兵士の一人が俺たちに向かって手を翳しているのが見える。
そしてその掌が一瞬赤く光ったかと思うと、
ブゥォン!
と、火の塊が俺たちに向かって飛ばされ、そのまま壁にぶつかった。
ゴンッ、という鈍い音と共に俺の顔のすぐ横、硬い岩でできているであろう壁が衝撃でへこむ。
「わわっ!?」
その音と衝撃にヘルマが慌てて俺の背後に隠れる。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!?」
俺もまた突然の攻撃に腰を抜かしそうになりながら何とか眼下の兵士たちに声を投げる。
今の一撃が意図的に外したものなのか、外れてしまったものなのかはわからない。
しかしまさか何の警告もなしに魔法をぶつけられるとは思わず困惑の声を漏らしてしまう。
「次は当てろ!!」
「はっ!」
そんな俺たちを他所に兵士の一人がそう傍らの男に指示を出す。
どうやら最初から当てるつもりのようであり、そして俺の話を聞いてくれる気はないようだった。
「ちくしょうっ! おい逃げるぞ!?」
まるで悪人の捨て台詞のような言い方になってしまったが俺はヘルマを連れて今来た道を戻ろうと踵を返す。
下流が城に繋がっていた以上、水路を遡って出口を探すしかないと退散を試みようとしたところ、
「き、貴様何を持っている!?」
その足を眼下からの鋭い声が射止めた。
「?」
『待て』だの『逃がすな』だのというのであればわかるのだが、今投げかけられた言葉の意味がわからず一刻も早く逃げなければならない状況でありながらつい立ち止まり振り返ってしまう。
するとそこでは兵士たちが変わらず俺たちを見上げていた。
ただ、その表情が怒りから驚愕、困惑に変わっており、その視線が俺の手に向けられているように感じられた。
「き、貴様……」
集団の先頭に立つ兵士がわなわなとした表情で俺の顔と手を交互に見ている。
その視線の意味がわからず、俺もまた自身の手に視線を落とす。
オルディンから奪った宝玉は仕舞い、既に剣も捨てた。
既に何も握られていないはずの俺の手にはしかし
「あれ……?」
黄金に輝く宝石が一欠片握りこまれていた。
「わぁ……」
キラキラと輝くそれをヘルマも驚いたような表情で眺めている。
掌に隠れるほどの小さな欠片だがその煌めきは人の心を奪うのには十分な美しさであった。
しかし一体いつ、どこでこんなものを拾ったのだろうか。
暗い水路を進んでいる間にいつの間にか握っていたのか、などと呑気に考えていると、
「き、貴様それをどこで……ど、どこで『大権』を!?」
「タイケン?」
絞り出すように、震えた声で男がそう叫ぶ。
しかしその言葉は結局意味が分からずそう聞き返してしまう。
だが、そんなことは目の前の兵士たちにとっては既にどうでもいいことのようだった。
「に、にに、逃がすなぁ!! 追うのだぁ!!」
先ほども十分に怒っていたがそれなど比にもならない程、まるで火が付いたかのように男はそう叫ぶ。
そして周囲の兵士たちはその号令に一斉にはっ、と応える。
あるものはどこかへ向かって走り出し、あるものは滝でも昇るつもりなのかこちらへと歩みだし、またあるものは掌をこちらに向けたかと思えば次々と火球を飛ばし俺たちを攻撃する。
「うぉぉお!!?」
「ひやぁああ!!」
打ち出され周囲の壁に当たっては崩壊をさせる攻撃を俺とヘルマは必死になって避ける。
突然であることは先ほども同じだったが今度の攻撃はそこに込められた思いが明らかに違うよう感じられた。
俺たちの足を止められれば良いという攻撃を何とか避けながら走り出す。
「くそっ、何だよ急に!?」
黄金に輝く宝石を握りしめながら暗い水路を奥へと進んでいく。




