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ひと時の間

「うぉおおおおおおおおおおお!!」


 全身を包む浮遊感が落下によるものだと気が付き声を上げた次の瞬間には身体は水中へと飛び込んでいた。


「ぶはっ!」


 冷たさと溺れそうな感覚に慌てて顔を水面にあげる。


「ぷぅ」


 隣ではヘルマも同じように酸素を求めて顔を上げていた。


 それなりの高さから落ちてきた感覚だったがどうやら2人とも無事だったようだ。


「大丈夫か?」


 ぷかぷかと浮かぶヘルマに手を伸ばしその体を掴む。

 水の流れは決して速くはなかったが油断していては流されてしまう。


 河――というよりも水路――は大きく横に広がっていたが、端の方に上がれる足場があるのを見つけたので俺はヘルマの体を引っ張りながらそこへ向かって泳ぐ。


 水路には明りなどなく薄暗い。

 しかし水は汚れている風でもなく冷たさも少し慣れれば心地よい。


 さしずめここは城の水を確保するための地下水道といったところか、とそんな推察をしながら上流、今流れてきた方向へと目を向けると光が上から差し込み水面を照らしていた。


 その光が先ほどの入口玄関から降り注いでいるものであり、ずっと上の方には俺たちが落ちてきた穴が開いているのだろうとわかる。


「しかしさっきのは一体……」


 一先ず水から上がり呼吸を整えられる状態になったところで俺はぼんやりと先ほどのことを思い返す。


 あまりに一瞬のことではっきりと見えてもいなかったがあれは、


「何だったんだあれ?」


 ぶるぶると濡れた動物のように頭を振り、髪の毛に着いた水分を払い落としながらヘルマがそう尋ねてきた。


 ヘルマもあの一瞬のうちに何かを見たらしい。


 あの時、オルディンが杖を掲げ、何かをしようとしてきた瞬間、上空から声と共に光が落ちてきたのを俺の眼は微かに捉えた。


 いや、()()は光というよりも――


「ううん」


 尋ねられ考えてみたものの、俺自身あれが何だったのか確信が持てず、唸るような曖昧な返事しかできない。


 それでもただ一つわかること。


「一旦助かったってのは間違いなさそうだけどな」


 水面を照らす光に視線を向けながらそう呟く。


 オルディンや謎の声の主、その他の誰かが上から飛び降りてくる気配もない。


 追う気がないのか、他の場所で待ち構えているのかは定かではないが文字通り心臓が縮こまりそうな状況から抜け出すことができ思わず俺は小さく息をついてしまった。



   *



 その水路より上の空間では崩壊した床にぽっかりと開いた2人が落ちた穴を眺めながら老人ははぁ、とため息をついていた。


 しかしそのため息は不安や疲れから出るものではなく、


「よぅし! 一丁上がり!」


 背後で喜々として喜ぶ若者に対しての呆れを込めたものであった。


「どうよ? ドンピシャだったなぁ、避ける暇もなかったんじゃねぇのか?」


 老人の零した息が聞こえているのかいないのか、若者は呵々と笑いながら大股でその穴へと近づいてくる。


「ふむ、どうやら穴に落ちていったようだがな」


 そんな若者に視線も向けず、老人は短くそう返す。


「はぁ!?」


 その言葉に若者は慌ててその穴、見えない程遥か下まで空いたその空間を覗き込んだ。


「残念だったの。ほんの少し狙いがずれていたわ」


「あぁ!! くそっ、俺の技なんだから素直に食らっとけつうのによぉ!」


 髭を摩りながらほほ、と笑う老人に若者は忌々し気に地団太を踏み感情を露わにする。


「しかし、一体何のつもりだ? まさか儂を助けてくれたというわけでもあるまい?」


「ん?」


 老人の問いに不機嫌そうだった若者は一転、不敵な笑みを浮かべた。


「あんたが仕留めそこなってたみたいだからなぁ、俺がさくっと片付けてやろうっていう優しさじゃねぇか」


 指の関節を鳴らしながらにやりと笑う若者に老人は小さく頷く。


「ふむそうか、それは世話をかけたなぁ」


 若者の言葉を本気で受けとったわけでもなく、そして老人自身も本心ではない言葉で表面上の感謝を口にする。


 そしてそれだけ言うと老人はその手、杖を持っていない空いている方の手を前方に翳す。


 その視線の先にはガラクタのように崩れおち、動かなくなった鋼の人形が幾体も倒れていた。


 穴を挟んで反対側、手が届くわけもない距離に立ちながら老人はその5本の指をうねうねと動かす。


 すると、


『―――――――』


 今まで動かなかったそれらがまるで糸で操られた人形のようにすくっと立ち上がり始める。


 老人は5本の指を動かしているだけであるが、数十体いる兵士はそれぞれが時に同時に、時に異なる動作でまるで自我があるかのように動く。


 そしてそのまま全員が直立するのを確認し


Set-on(眠れ)


 老人が短くそう呟くと鋼の兵士たちはすぅっと石でできた床に溶けるように消えていく。


「最初っからそうすりゃいいじゃねぇか」


 その動作を見て頭の後ろで腕を組みながら若者はそうぼやく。


「まったくよ、『戦雷(せんらい)』殿に手間をかけさせるくらいならば儂が全力を出すべきだったわ」


 兵士たちが全て消えた後、床に開いた大穴を見ながら老人はそう返す。


 それは老人なりの皮肉のつもりだったのだが、『戦雷(せんらい)』と呼ばれた若者は気が付いていないようにははは、と大きく笑った。



   *



 その騒ぎが起きた空間から更に上の空間。


 そこには静寂と清廉さだけが満ちていた。


 ――――――――


「いえ、気にすることはありません」


 竪琴のような静かで美しい声がその空間に溶けるように響く。


 ――――――――


「はい、きっと貴方様の兵が全てを鎮めていることでしょう」


 物語を読むような穏やかで温もりの込められた声。


 ――――――――


「ええ、貴方様あればこその世界でございます」


 声は静かに語る。


 荒ぶることもなく、乱されることもなく、揺り籠のような時間だけがただ流れ続けていく。

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