逆転
目が眩むほどの閃光が走るが手に込めた力を緩めはしない。
「くぅ! 何のつもりだ!」
ようやく俺が何をしようとしているのか気が付いたのか、オルディンは杖を激しく不利抵抗する。
その膂力は老齢の男のものとは思えぬほどで俺はたまらず体勢を崩してしまうがそれが反って功を奏した。
「ぬぅ!!」
オルディンが驚愕に目を剥く。
体勢を崩し僅かに後退した俺の手が何の抵抗もなく、その杖の先端に取り付けられていた宝玉を掴んで取ってしまったのだから。
「貴様何を!?」
自身の杖の先端と俺の手を交互に見ながら少し遅れてオルディンは今起きた現象に反応をする。
俺はその視線を受け止めながら手に掴んだものの感触を確かめる。
今、奴から『奪った』ものの感触を。
「本当は杖ごと奪ってやるつもりだったけど、これだけでも十分みたいだな」
俺はこれ見よがしにその朱い宝玉を翳して見せる。
先ほど走った光が手の中で少しずつ小さくなっていく。
「何をしおった……!?」
その現象が余程信じられないのか、これまでの退屈そうな顔から一転、オルディンは驚愕を隠そうともしない。
「お、おい! こいつら!」
そんなやり取りをしている俺たちの間にヘルマの声が響く。
俺にしがみついたままその視線は背後に向いており、それを追うようにして俺も肩越しに後ろを見る。
するとそこでは先ほどまで俺たちを狙っていた鋼の兵士たちがまるで全身から力が抜けた様に直立することをやめ次々と横に倒れたり膝から崩れ降りたりしていた。
「ぬぅぅ……」
その様子をオルディンも忌々し気に眺めながらしかし何もしようとはしない。
やはり――
「これがないとあれは操れないらしいな」
俺は思わずにやりと笑みを浮かべてしまう。
オルディンはその笑みに反論することもなく押し黙ったままであるがそれは肯定という意味であることは明らかであった。
ゴーレム自体は防衛用の魔方陣から現れたがそれを操っていたのはオルディン自身であり、その力の源がこの石であるという俺の読みはどうやら当たっていたようだ。
「そうなのか!? すごいな頭!」
沈黙したままのオルディンと対照的にヘルマがその事実に大仰に反応してくるので俺はそれにも不敵に笑みを返して答えてみせる。
先ほどまで顔を青くしていたヘルマの顔も随分と調子を取り戻したようだった。
「さて、これで形勢逆転ってところか?」
俺はその宝玉を握りしめながらオルディンへと声をかける。
灯りの点いた明るい城の玄関はそこだけで俺が普段寝泊まりしている宿の部屋よりも広く豪華である。
ゴーレムの攻撃や逃げ回る俺の騒がしい呼吸が止んだ今、静かな広い空間には声が反響する。
「あーでも俺たちは別に怪しいものってわけじゃないんだよ。何というかさっきは成り行きでここの扉を開けちまったんだが帰れって言われたら直ぐに帰るつもりだよ」
頭を掻きながら俺は続ける。
途端にヘルマが慌てて何かを言いたげに口を開けかけたのでそれを手で制す。
言いたいことは何となくわかるが今はこのまま穏便にことを鎮める方向で行くしかない、ということを悟らせる。
「なるほど……」
なるべく感触が良いように愛想笑いを浮かべているつもりの俺にオルディンはじろりとにらみつけるような視線を投げつけると
「ただの賊かと思っていたがやはり違うようだな。一体何のスキルなのだ? いやまぁいい。そんなことは後から調べればいいことよ」
その手に持つ杖をすっ、と持ち上げ宝玉が失われたその先端を俺に向ける。
その視線、その態度はとても武器を奪われ戦意を喪失したもののそれではなく、むしろ先ほどまで黙して様子を見ていたときよりも何か不気味なものを感じさせた。
「やれやれ、こういうことは面倒なのだが仕方がない」
杖を俺に向けたままそう呟くオルディン。
なるほどやはりこの男は魔法使いのようだ。
ゴーレムを操るのはこの朱い宝玉がないとできないようだがそれ専門というわけではないらしく他にも攻撃手段は持っているらしい。
その杖で何をするつもりか。
火炎か、風か。
俺はヘルマを背中に隠すようにして少し姿勢を低くしながら即座に反応できるように備える。
じっとオルディンを睨みつけるように視線を向けながらふぅと、俺が小さく息を吐いた瞬間、
ぞわり―――
とした悪寒が俺の背中を駆け抜けた。
「っ!??」
それは先ほどゴーレムの光弾を咄嗟に剣で受け止めた時よりも冷たい感覚。
まるで首筋に冷たい氷を押し付けられたように、一瞬心臓が小さくなる錯覚を覚える。
何か――来るっ!
そう本能が察知したのと
その時には既に遅いのだと理解したのは同時だった。
ただやられると覚悟を決めるのには時間が足りず、そのまま呆然とその何かを迎えいれるしかなく――
『奔れ』
――声が上から聞こえた。
何の意味を込めた声だったのか、誰に向けたものだったのか、誰の声だったのか。
瞬く間に流れていく展開に既に俺の意識はついていくことができず、その声を声と認識できたのも思えばもっと後のことだったのかもしれない。
ただ、杖を構えるオルディンと何もできずに立ち尽くす俺たちの間に一筋の光が墜ち、次の瞬間には激しい振動と浮遊感に全身が包まれるのを感じる。
そうして天地はひっくり返っていた。




