朱い閃光
パンッ
という軽い音を響かせながら小さな光の粒が俺たち目掛け飛んできた。
「うおっ!?」
咄嗟に剣の向きを変えそれを受け止めると先ほどと同じような衝撃が走る。
火炎魔法による火球――というよりもこの場合は光弾か。
一瞬だけ見えたそれは大きさこそ小さなものだが受け止める剣を通して伝わる威力はかなりのものであり、まともに当たれば痛い程度では済まないだろうと感じる。
「くそっ飛び道具も持ってるのか!?」
せっかく武器を奪うことが出来たというのに向こうが飛び道具では相性が悪いと愚痴を漏らしてしまう。
だが今間一髪とは言え攻撃されることを察知して受け止められたことから速度は決して反応できないものではないことはわかった。
こうなっては集中して一発ずつ避けてやるしかない。
そう腹を括り、さあまずはどいつから倒そうか、と視線を前に向けると、
ずらりと並んだ数十体のゴーレムたちが皆その照準を俺たちへと合わせていた。
「やばくね?」
腕の中でヘルマが顔を青くしながら小さく声を上げる。
一発なら避けられると思っていたが、敵は一人ではなかったのだ。
規則正しく並び寸分違わぬ正確さで俺たちを捕捉する鋼の砲身。
そんなものが一斉に発射されでもしたら――
パラララララララッ
小動物を脅かすような小さな破裂音を響かせ、数重の光の弾が放たれた。
「うぉぉおおおおおおお!!」
俺は剣を振り回しながら大きく横に飛ぶ。
真っすぐにこちらに飛んでくる以上、横に避けるしかないという本能的な判断だった。
*
(ふむ、身軽なものよ)
ゴーレムたちが放った光弾を避けるメルクを眺めながらオルディンは思考を巡らせていた。
それはこの賊をどうやって捕えてやろうか、という計画でもなければ、傍らに子供を抱えながら逃げ回る足の速さへの関心でもない。
(……しかし)
思い出されるのは先ほどのこと。
ゴーレムが振るった剣が当たると思った瞬間、メルクはそれをその手へと掴み取っていた。
オルディン自身が指揮を執るとはいえ所詮は魔法で作られた人形の動き、手練れのものであれば避けることも受け止めることもそう難しいことではない。
そうなのだが、
(一体何をした?)
メルクの動きはただの回避や防御とは少し異なるように彼の目には見えた。
否、正確に言えば見えなかった。
オルディンの専門は戦闘ではなく魔法である。
とは言え王国に所属するものの一人、戦闘経験にはそれなりの自負も持っていたオルディンであるが、あの一瞬――剣とメルクの身体が触れ合ったその刹那、一体何が起こり、何故剣がメルクの手に握られていたのか、それを目で捉えることができなかったのだ。
(何らかのスキルであることは間違いないが……ふむ)
しかし思考はそこで行き詰ってしまう。
オルディンの専門は戦闘ではなく魔法なのだ。
身体強化
超加速
時間操作
刹那の間に相手の武器を取り上げるということであればそれが出来そうな系統の魔法には思い当たるが、今使われたのはそのどれとも異なるように感じた。
そもそもからしてメルクがその力を使う前に何か呪文のようなものを詠唱したようにも見えなかった。
詠唱を飛ばしてそのような力が使える程の男には見えないがそうなると先ほどの現象に説明がつかない。
ただの賊にしては奇妙なことをするものだと表情にこそ出さないがその心中では僅かな興味と関心があった。
しかし気になることも捕えてからゆっくりと聞けばいい、さてそろそろゴーレムどもの攻撃に倒れたころか、と戦闘をゴーレム任せにしていたオルディンがその思考と視線をメルクの方に向けたとき。
「ぬぅ!!?」
その目が捉えたのは、自身に向かって飛び掛かってくるメルクの姿であった。
*
「だ、大丈夫かぁ?」
ひぃひぃと息を切らせながら走り回る俺にヘルマが心配そうに声をかけてくる。
俺は何とか大丈夫と返そうとしたのだが呼吸が荒れて声にならずうんうんと頷くことしかできない。
しかし、どうしたものか。
今は何とかゴーレムが打ち出してくる弾を躱したり剣で防いでいるが、いつまでも続くとは思えない。
魔法で動いているであろう向こうと違いこちらには体力の限界がある。
どこかで足がもつれ一発でも当たってしまえばそこから集中砲火されてしまう。
何とかこの状況を打開しなければ。
と、狙いを定められないよう走り回りながら周囲を見てみるとあのオルディンという男が開け放たれた扉の向こうで相変わらずの調子でこちらを見ていた。
「くそっ、余裕な顔してんなぁ」
まるで動物の喧嘩でも見ているような、どちらを応援しているというわけでもないような無関心な表情に腹が立ってしまう。
あの男を先に何とかしてやろうか、とも思っていたのだが俺の実力では戦っている間に背後からゴーレムたちに挟まれてしまうのがオチだと思っていた。
「いや、待てよ……」
そう思っていたのだが、ふとオルディンがその手に握る杖が目に止まる。
背丈よりも長いそれを先ほど2度オルディンは振るい、そしてゴーレムたちは動き出した。
あれがその指示を出すための道具であることは明らかである。
となれば――
「掴まってろ!」
「ちょ、ちょっと!?」
俺はヘルマにそう声をかけると同時に全力で地を蹴って走り出した。
一瞬とは言え砲身をこちらに向けるゴーレムたちに背を向けることとなるため時間との勝負である。
抱えたヘルマを落とさないようにしながら出来る限りの速度を出して走る。
「あでっ!」
振動で揺れるのか、ヘルマが痛みに声を上げるのが聞こえるが今は気にしていられない。
「喋ると舌噛むからな!!」
念のためそう声だけはかけておくが俺の眼は既にそれを捉えて離さない。
俺たちを見ているのか見ていないのかぼんやりと突っ立ているオルディンと、その手に握られた宝玉が取り付けられた杖。
距離がかなり近くなる。
この距離ならば走るよりも速い――そう判断した俺は再度強く地を蹴ると、それ目掛けて体ごと飛び込んだ。
「ぬぅ!!?」
ようやく俺の行動に気が付いたのか、驚愕するオルディンと空中で目が合うがもう遅い。
身を翻す余裕もなく、俺の手はその杖の先端に取り付けられた紅い宝玉に触れる。
瞬間――朱い閃光が迸り俺の視界を塗りつぶした。




