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王国にて

「以上で今回の事態についての話は終わりだけど――何かあるかな」


 問いかけを投げる男の声が静かな空間に響くがそれに反応はない。


 無論、男は虚空に向けて話しているわけではなく目の前にいるもの達に話をしているのだが皆それに沈黙を以って応えているだけ。


「今回の件、陛下は我々に罰を下すことはないと仰ってはいたが、これは寛大な処置であり僕は恥ずべきことが多くあると認識しているよ」


 しかし男は反応がないということは最初からわかっていたかのように誰の言葉を待つでもなくそう続けた。


 声色だけ聞けばこの男らしい穏やかで親しみのあるものであるが――この場に満ちている空気はとてもそうは思えるものではなく凍てつくような、それでいてヒリヒリと焼けるようないずれにしても心地よいとはいいがたいものであった。


「例えば――ファウマス君」


「ッ――」


 それは実に何気ない、日常の会話のような流れと気安さであったが名と共に話題が自らに向けられたことにファウマスと呼ばれた男は小さく息を飲んだ。


「君はどう思っているかな?」


 優し気な口調で薄い笑みのようにも見える表情で己を見る男――アルフェムの視線にファウマスはあえて視線を合わせなかった。


「今回の件に関して私は何ら誤ったことをしたとは思っていません。ええ、そうですとも、私は侵入者を捕えるために行動していたのですから!」


 苛立ちを隠そうともしない言葉と共にどんっ、と小さく机を叩くとファウマスはその勢いのまま椅子から立ち上がった。


「だいたい! そもそもは外部からの侵入を許すということが問題なのです! 違いますか兵士局!」


 叫ぶような叱責の言葉は卓の向かい側に座る二人の男に対して向けられたもの。


 ――ここは『円卓の間』と呼ばれる王城に設けられた一つの部屋。


 数日前この場で起きた騒動など既に過去のこと。


 破壊された壁も砕かれた床も割れた円卓すらもまるで何事もなかったかのように空間はかつての姿と機能を取り戻していた。


「――まず」


 王国の中枢を担うもののみが入室を許可されるこの部屋には相応しくもない怒声に卓に座るうちの一人が静かに口を開いた。


 黒い鎧に全身を包み腕を組む男――レヴルスはその外見と同じく低く重たい声でそう切り出した。


「二度、侵入者を前にしてそれを取り逃がしたものがいる……それも二人」


 レヴルスの言葉は先ほどまでのアルフェムのそれとは異なり明確な怒りが込められていた。


「何故捕らえられなかった? トール、オルディン」


「……」


「ふむ」


 前方を睨んだままレヴルスが名指しをしたのは彼と同じく卓を囲む二人の男。


 腕を頭の後ろで組んだまま退屈そうに天井を見つめている青年――トールと、座ったままこれまでじっと黙したままの老人――オルディンはレヴルスのその最早殺意にも近いであろう呼び変えを受けても尚その態度を崩すことはなかった。


 だがその態度が気に入らないのかレヴルスはすっ、と鎧の中からその視線を円卓の隣の席に座るトールへと向けた。


「ヴァンデルハミッシュがこの部屋でアルーナ・ゴルドシルドと共にいたというが……己の部下に関して何か言うことはないのか」


「……ねぇな」


「――何だと」


「あいつがここで何をしてたのかは知らねぇが、それに俺がどうこういう必要はねぇだろう」


「――貴様」


『やれやれ、重い鎧に身を包んでいると話まで重たくなるな。レヴルス』


 割り込もうものならそれこそ火に油を注ぐことは明白であるレヴルスとトールの会話にしかしそんなことなど気にも留めていないかのように口を挟んだのは一人の男だった。


 円卓に置かれた席は計八脚。


 それは王に次いでこの王国を支える八つの頂点の人物の為に用意された席であったが今そこに座っているものは6人のみ。


 二つの席は空席となっているが、内一つの席はその前方に一冊の本が置かれており、声はそこから聞こえてきた。


『陛下は我々に罰を下すことはないと仰ったのだ。それはつまり今回の件に関して我々には問題はない、ということではないのか? それとも君は陛下のお考えに何か誤りがあるとでも考えているのかな?』


 辺りに満ちる緊迫した空気を感じないわけではなく、感じて尚それを意に介さない本の男――ミールのその言葉には、はぁ、とわざとらしい大きなため息が返ってきた。


「久しぶりに出てきたと思えばよく喋るやつねぇ」


 思わず立ち上がったままのファウマスの隣に座り、気だるげに卓に身体を頬杖をついているのはこの中で唯一の女――フレヤ。


 言葉を話す一冊の本にちらりと視線を向けたまま小さく欠伸をするフレヤもまたこの場に満ちている空気など気にしていないのかもしれない。


『そう聞こえたのならすまない。何しろ普段は暗い地下の部屋で一人きりなのだ。こうして皆と話ができるので少し気持ちが高ぶっているのかもしれないな』


「ふぅん」


「――陛下が不問としたことを今から問うつもりはない。だがこれは二度とは起こしてはならぬ事態だ」


 ミールの言葉に聞いているのかいないのか曖昧な返事を返すフレヤであったがレヴルスは重たい声で己の思いを口にした。


『無論、それは私も同意見だ』


「故にこそ我々の中に糾すべきものがあるのであればそれは看過できまい」


「そうだね。今回は幸いにも負傷者などはでなかったもののこれからは僕たち全員が更に力を合わせてこの国を守っていかなければならない」


 レヴルスの言葉を継ぐようにして静かにそう語りながらアルフェムはすっ、と全体を見回す。


 腕を組みその顔は見えないものの重苦しい雰囲気を放っているレヴルス、天井を見上げたままのトール、退屈そうに話に耳を傾けているフレヤの隣では興奮して立ち上がっていたファウマスも既に席に座っていた。


 卓上に置かれた本もまたその外見に表情などないがどうにもこの場を楽しんでいそうなことはその口調からも伝わってくる。


 そしてここまでの会話にただ一人沈黙を貫いていたのはオルディン、都合六人を一瞥した後アルフェムは小さく頷いた。


「残念ながら()()はまだ帰ってこないが僕たちがここでいがみ合っていてはできることもできなくなる。陛下の為、この国の為に僕たちはいるということをどうか皆忘れてないでほしい」


 話を総括するようなアルフェムの言葉であったがそれを諫めるものも否定するものもいはしなかった。


 元より興味がないだけということもあるが、大抵はこの集まりはアルフェムのこうした話で終わるのが常であったためだ。


 だが――


「彼女っていえばさぁ……今日はいないのぉ?」


 フレヤが思い出したかのようにそう言いながらちらり、とその視線を部屋の奥へと向けた。


 円卓の間の奥、そこには華美な装飾の施された巨大な扉があった。


 その奥にいる人物が誰であるかなど考えるまでもないが、フレヤの問いはそこにいる人物のことではない。


「どうしたのよぉあの子は」


 常に絶えることなく王の傍らに在り、ある点ではここにいる誰よりも王に近いとすらいえた一人の人物――しかし名も素性も誰も知らない一人の人形のような女が今日は何故かいないことに今更ながら気が付いたのだった。


『彼女については気にすることはない。しばらく顔は見せないだろうが陛下の身の回りのことについても私の方で手は回してある』


「……あっそ」


 そんなフレヤの唐突な問いにミールはまるでその話が出ることがわかっていたかのように淀むことなくそう答えた。


 それに短い反応を見せるフレヤの言葉に僅かな懐疑の念があったことに気が付いたのはミールとアルフェム、そしてオルディンの三人だったが、皆あえてそれを深堀りすることはせず沈黙を示したことでその話は終わった。


 こうして突如生じた二名の侵入者によって巻き起こされた騒動は速やかに全てが収められた。


 罪人は既に裁かれ、歴史として刻まれることもない小さな騒動としてこの話は終わるのだった。


 ――今はまだ。

王都の簒奪者編エピローグ的な話です

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