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転生令嬢の専属料理人

「カ、カリナ…‥、つ、ついにやったぞ!」


 お父様が、屋敷に着くなり、私の部屋に駆け込んできたのは、夜も更けた頃だった。

 私は、ベッドの上で読んでいた本をパタンと閉じて、お父様をジロリと見た。


「お父様、娘であっても、こんな夜遅い時間に、レディの部屋にノックも無しに入るだなんて。

それに、お酒臭いですわよ」


「す、すまん‥‥‥。嬉しくて、つい、酒場へ行ってしまった‥‥‥。聞いてくれ、なんと、ついにお前を夜会にエスコートしたいという男性が、現れたのだ!おめでとう、カリナ」


 そう言うと、お父様は、目に涙をためながら、私を抱きしめた。


「ちょっと‥‥‥、お父様、気が早いです。それに‥‥‥お酒臭いです!」


「1ヶ月後の夜会だぞ‥‥‥。なんでも、隣国の貴族だそうだ。すごいぞ、カリナ!」


「はぁ‥‥‥?私、隣国の貴族の方なんて、知りませんけど」


「実は、私も、詳しい話は聞いていないのだが‥‥‥。宰相様宛に隣国から届いた親書に、1ヶ月後の夜会で、お前をエスコートしたいと書いてあったそうだ。年は、お前より4つ上、名前は‥‥、あれ、聞いていないかもしれない‥‥‥。とにかく、1ヶ月後、18時に迎えに来るそうだから、用意しておきなさい」 


 そう言うと、お父様は、鼻歌を歌いながら、私の部屋から出て行った。


「隣国の貴族‥‥‥。一体、なんなのよ。社交界の噂は隣国まで広がっているのかしら?これもすべて、シリルのせいよ‥‥‥」






 私、カリナ・ディアスは、ここリーガス王国のディアス男爵家の長女として生まれた。


 成人となる16歳の誕生日を半年前に終えた私は、ほんの2ヶ月前までは、『もやし令嬢』というあだ名で呼ばれていた。

 ドレスを着れば、そのドレスが落ちそうなヒョロリとしたもやしのような貧相な体、それが私の体形だった。

 当然、夜会に出ても、男性は、私に目もくれなかった。


 ところが、今では、夜会に行けば、男性にダンスに誘われるようになった。

 それは、ここ2ヶ月ほどで、私が、『もやし令嬢』から金髪、碧眼で艶かしい体つきの美しい令嬢に変わってしまったからだ。

  貴族たちは、今は、私のことを『さなぎから蝶になった令嬢』と噂しているらしい。


 そして、遂に恐れていたエスコートの申し出がきてしまった。

 未婚の女性へエスコートの申し出をするということは、この国では、婚約を希望する、ということになる。

 

「『もやし令嬢』は、私の計画通りのはずだったのに、マズイことになったわ‥‥‥」


 私は、ベッドの上に膝を曲げて座り、頭を抱えた。



 

 


「カリナ、1口でいいから、お肉を食べて頂戴」


 その日の夕食も、いつもと同じように、私の隣に座る3歳下の弟マリウスの皿は、とうに空っぽなのに、私の皿には、子牛のステーキが出されたままになっていた。

 

 ただ、1つ、いつもと違っていたのは、お母様の目から、涙が溢れていたことだった。


 「あなた、『もやし令嬢』なんて呼ばれていいの。今日、お茶会で、あなたのあだ名を聞いたのよ。幼い頃から、注意してきましたけど‥‥‥。なぜ、そんなに小食なの‥‥‥」




 


 私は、幼い頃から食が細かった。

その理由は、生まれた時から食べているのに関わらず、この国の食事が、不味いと感じてしまったからである。

 それは、前世の食事が、美味しかったからなのであった。


「もう、食べられませんわ。ご馳走様でした」


  6歳の頃、私は、夕食に出された鶏肉のソテーを1口食べて、そう言った。

 それは、私が前世の記憶を思い出した瞬間だった。

 自分の中に存在する記憶を自覚して驚いたが、それよりも、目の前にある鶏肉の不味さに驚いた。

 


 私は、遥か昔、ガーラ王国という小国の王子、ユリウス様の恋人で、人の傷を癒す魔力を持つ聖女フローラだった。

 ガーラ王国には、リーガス王国には無い、魔法というものが存在していて、なかでも、ユリウス様の魔力は強大だった。

 彼には、人の持つ魔力の色が目に見え、私の魔力を見抜き、聖女とした。


 ここリーガス王国より東に位置する大陸にあったガーラ王国は、非常に豊かな国土を持っていた。

 四季があり、湿気が多い気候のガーラ王国では、その気候を活かし、豆や野菜を発酵させた調味料が多く作られていた。

 それらの調味料を使った味の変化に富んだ食事によって、ガーラ王国は『食の国』と呼ばれていた。

 

 それに比べ、リーガス王国の食事は貧相なものだ。

 戦に明け暮れてきたせいか、調味料という文化がほとんど根付いておらず、料理と言えば、調理した食材に塩かけて出すだけという単純なものだ。


 私は、前世の記憶を思い出して以来、転生したリーガス王国の食事は、のどを通らなくなってしまった。

 味が付いていなくても食べられるような野菜や、パンは食べることができた。ただ、そのパンも、バサバサとして味気なく、仕方なしに食べていた。

 

 

 結果、私は貧相な体形へと成長した。

 私は、それで構わなかった。その体形を活かして、ある計画を進めていたからだ。 



 

  

 成人してから、気が進まないながらも数回夜会に行った私には、あだ名がついた。

 それが、お母様がお茶会で聞いてきた『もやし令嬢』だ。

 

 この国の食べ物をほとんど食べずに成長した私は、ドレスを着ればドレスがずり落ちそうな貧相な体形のまま成人の16歳を迎えたていた。


 この国の女性の美の基準は、当然、顔の美しさが1番だけれど、同じくらい体形が重視される。

 太りすぎはダメだが、肉付きが良くて豊満な体形が好ましいとされているのだ。

 

 デビュタントの舞踏会では、「あの体形‥‥‥お可哀そう」と憐みの声が聞こえ、家の面子とやらで、数回参加した夜会では、「もやしのような体ね、そうね‥‥‥もやし令嬢ね」とひそひそとした声が聞こえるようになった。

 

 当然、男性からエスコートの誘いは当然、ダンスの誘いの声もかかったことが無かった。


 お母様の涙を見て、心が痛んだが、私はそれでよかった。

 この時までは、私の作戦通りに進んでいたのだ。

 

 我が家は男爵家で、なんの功績も無い家柄だから、政略結婚を持ち掛けられる可能性は、限りなく低い。

 加えて、もやし体形なら、夜会で誰にも見初められることは無いだろうと私は考えていた。

 

 私は、もやし体形を貫いて、結婚できなかった令嬢として、外国へ留学することを計画していたのだ。

 国外へ出て、ユリウス様を探そうと思っていたからである。


 私は、ユリウス様より先に死んだ。

 思い出した恋心を抑えることはできず、私がここにいるのだから、彼も、同じく転生しているに違いないと思う気持ちを日々、強くしていた。

  

 だが、この国の貴族の女性には、国の外に出る手段は、無かった。

 親の決めた結婚相手と結婚するというのが、この国の貴族の娘の人生だ。


 数年前にお母様に連れられて行ったお茶会で、皆がある令嬢のことを「あの方、18歳までに婚約者がみつからなかったそうで、来年には、留学させられてしまうらしいわよ」と噂していた。

 その噂話で、私は、この国から貴族の令嬢として出る唯一の方法を見つけた。

 

 この国では、成人後、遅くとも18歳までには婚約者を見つける、というのが通例だ。

 そして、20歳を過ぎて独身の娘は、家にとって恥ずかしいとされる。

 そういった娘達は、親によって、女性が学問を学べる国へ留学させるのだ。後は、その国で恋愛結婚する者もいるし、仕事を見つける者もいる。

 

 結婚できなければ、この国に住めないと、若い貴族の娘達は、留学することを恐ろしいことだと言っていたが、私はそうは思わなかった。

 





 私の計画が変わりはじめたのは、お父様が、シリルという旅の料理人を私の専属料理人として雇ってからだ。


 お父様が、シリルを連れて来たのは、私がお母様の涙を見た数日後のことだった。

 

 「シリルと言います。カリナお嬢様、今日から3ヶ月だけではありますが、よろしくお願いいたします」

 

 『もやし令嬢』の話を聞いたお父様は、このままでは娘には結婚相手が見つからないと慌てて、方々に尋ねて、腕のいい私専属の料理人を雇ったのだ。

 

 なんでも、いろいろな国を旅している料理人で、3ヶ月の間、この屋敷に滞在して、私の為に食事を作るとお父様は言った。

 

 その料理人は、私より少し年上のようで、長身で緑の目を持つ、もし夜会で見たら振り返ってしまいそうな美しい顔立ちの男性だった。


「なんと、宰相様の紹介だぞ。若いのにいろいろな国をまわって料理人をしていて、珍しい料理を作れるそうだ」

 

 お父様はそう言ったが、旅の料理人と言う職業と彼の料理人には見えない風貌に私は、彼の料理を食べるまで、その言葉を信じることができなかった。




「美味しい!」

 その夜、シリルが作ったのは、茶色いスープに豚肉とショウガを炒めたものだった。


 料理が出された瞬間、私は喜びの声をあげた。


「信じられない‥‥‥。味噌汁とショウガ焼きよね。(フローラ)の大好物じゃない‥‥‥。この国に、お米がないのが、残念だわ」

 

 それから、毎晩、私のかつての好物が夕食に出された。

 そして、シリルが来てたった2ヶ月の間で、私は、『もやし令嬢』では無くなってしまったのである。


 




「シリルのせいよ。遂に‥‥‥、エスコートの申し込みが、きてしまったじゃない!」


 お父様がエスコートの話を聞いた翌日、私は、厨房で夕食の用意をしているシリルを訪ねた。


 シリルが来てすぐに、私は、料理のリクエストの為に厨房の彼の元へ通うようになった。

 シリルは、各国を旅してきたと言うだけあって、ガーラ王国のものに似た料理にも詳しく、懐かしい料理の話をするうちに、私は、彼と親しくなっていた。


「俺のせいですか‥‥‥。俺のおかげの間違いでは?」


 シリルは、呆れた顔をして、玉ねぎを切っていた手を止めた。


「私、エスコートなんて望んでないないのよ。また、『もやし令嬢』に戻るわ」


「お嬢様‥‥‥。困りますね。俺の契約は、あと1ヶ月だというのに、仕事を途中で奪うようなことを言われては‥‥‥。今日の夕食は、またショウガ焼き作りますから、機嫌を直してください。」


「ショウガ焼き‥‥‥。食べるわ‥‥‥」


私の答えに満足したのか、シリルはにっこり笑って言った。


「お嬢様、この間、サイズが合わなくなったから、ドレスを新調したって言っていたでしょう。痩せたら、着られなくなりますから、しっかり食べてくださいね。そして、俺に見せてくださいよ、そのドレスを着た姿を。まぁ、どうせ、お嬢様のことだから、水色のドレスでしょうけどね‥‥‥。」


 そう言い終わると、シリルは、話は終わりというように玉ねぎを切り始めた。


 その言葉に私は、はっとした。


 私は、いつも水色のドレスを選んでしまう。

 シリルは、そのことを誰かに聞いて、知っていたのだろうか‥‥‥。


 水色は、ユリウス様の目の色で、フローラは、彼の目の色と同じドレスを好んだ。ユリウス様も、「いつも水色のドレスだな‥‥。たまには、違う色のドレスを着たフローラも見たいな」と言っていた。






 ガーラ王国は、ある日、隣国に攻め入られた。

 その際に、大勢の兵士が怪我を負った。フローラは、全員の怪我を治し、魔力を使い果して死んだのだった。


「ごめんなさい。頑張りすぎちゃった。‥‥‥約束、守れないわね」


 駆け付けたユリウス様の腕の中でそう言って、最後に見上げた彼の顔からは、涙が溢れていた。

 魔力が見えるユリウス様には、私の魔力が空っぽで、何をしても死んでしまうことがすぐにわかっただろう。






「白のドレスも、きっと似合うな。君は、いつも水色のドレスを着ているから‥‥‥。それに、きっと、一生に一度しか見れないだろう、そのドレスは。本番で、じっくり見せてくれ」


 私達は、もうすぐ結婚式を挙げる予定だった。

 式で着るウェディングドレスができたと、はしゃぐ私にユリウス様はそう言った。


「はい。じっくり、お見せしますよ。お約束します!」


 私は、そう言ったのに、彼にそれを着た私を見せることはできなかった。


 いろいろな本で、ガーラ王国のことを調べたけれど、やっと見つけた懐かしい国の説明は、『今のユラリア王国の場所にあったとされるガーラ王国は、太陽暦350年に滅びた。』だけで、ユリウス様や私の知っている人々がどうなったかは、わからなかった。


ユリウス様への恋心と約束を果たせなかった後悔。

私は、もう1度、彼に会いたかった。






「私、このままでは、ユリウス様を探せないかもしれないわ」

 

 自室へ戻った私は、ソファに座り、考え込んでいた。

エスコート相手の男性が私で良いと思えば、婚約まで話は一気に進むだろう。お父様も私の結婚を望んでいるから、断ることは無いだろう。

 

「あぁ、どうすればいいのよ。いっそのこと、シリルのような旅の料理人になれないかしら?そういえば、料理人になったきっかけをシリルに聞いたことがあったわね」


 




「ねぇ、シリルは、どうして旅の料理人になったの?」


 ある晩の私の質問にシリルは、少し考えて答えた。


「僕にはね、探している人がいるんですよ。彼女を探すのに、旅をしながらできる仕事が良いと思いまして。料理人なら、包丁だけでも、仕事ができますしね‥‥‥。始めは、料理なんてできませんでしたが、必死で練習をしたのです」


「探している人‥‥‥?」


 恋人かもしれないと思い、その時、何故か私の胸はちくりと痛んだ。


「お嬢様みたいな、お転婆な子ですよ」


「お転婆‥‥?私が?」


「十分、お転婆ですよ。普通の令嬢は、料理人のところに来て、こんな話しないでしょう。それに‥‥‥、食いしん坊なところも、お嬢様と彼女は似ています。彼女は、お嬢様と同じで、ショウガ焼きが大好物でした。ある日の夜に、こっそり厨房でショウガをすって、『まぁ、たくさんショウガがすってあるわ。これは、ショウガ焼きを作れという神のご意志ね』と無茶苦茶なことを言って、料理人を困らせていましたね‥‥‥」


「‥‥‥あぁ、私も、この前、同じことを‥‥‥」


 恥ずかしくて真っ赤になった私を見て、ユーリは大笑いした。

 

 笑う彼を見て、私は思い出した。

 フローラも、同じことをして、ユリウス様に大笑いされていたわね‥‥‥と。






「‥‥‥私、いつの間にか、シリルとユリウス様を重ねているの‥‥‥?」


 シリルのことを思い出していたはずなのに、いつの間にかユリウス様が私の心に浮かぶ。

 私は、ユリウス様を恋しいと思う気持ちとシリルに惹かれている気持ちが同じだと、自覚した。

 

 




 1ヶ月はあっという間に過ぎた。


「お、お嬢様‥‥‥?なんですか…‥、その荷物は?」


 私は、あと数時間後に旅立つというユーリの自室を訪れた。


「私を、一緒に連れて行ってください。家は、捨てる覚悟です」


 私は、旅の用意を詰め込んだ大きなカバンを持っていた。


「何を言っているのですか‥‥‥。今日ですよね、エスコートを受ける日は」


 シリルは、呆れ顔で私を見た。


「私、シリルと同じで、探したい人がいるのです。でも‥‥‥、貴方と一緒に居たいとも思うのです。‥‥‥旅に出れば、あの方に会えるかもしれない、そして、貴方とも一緒にいられる。

あぁ、もう‥‥‥。気持ちの整理はつかないけれど、とにかく、私を一緒に連れて行ってください。」


 1ヶ月間、ずっと考えていたが、私はどうしたらいいか、わからなかった。

 ユリウス様への恋心とユーリへの気持ちは全く同じで‥‥‥、とにかく、エスコートされる知らない男性と結婚はしたくない、という混乱した想いを私は、抱えていた。



「お嬢様、落ち着いてください。一体、俺には、何のことだか‥‥‥。とにかく、他の使用人が聞いたら、大事になります。さあ、部屋に戻って、エスコート相手を待ってくださいよ」


ユーリは、困った顔で私を見て言った。


「‥‥‥私、貴方以外の男性(ひと)は、ジャガイモに見えます」


 思わず言ってしまった自分のその一言に、私は、頬が染まるのを感じた。

 それは、前世でフローラ()とユリウス様が恋人となった時の言葉だったからだ。

 




「フローラ、ちょっとは、愛想よくしたほうがいい。フローラだけだぞ、今日の舞踏会で、ダンスの相手がいないのは。僕は、一応、王子だから、君の横には長くいられない」


 まだ、2人がただの幼馴染で、フローラが聖女となる前、舞踏会で、1人で立つフローラにユリウス様は言った。

 彼は、壁の花になっているフローラを心配して、やって来てくれたのだ。


「‥‥‥私、ユリウス様以外は、ジャガイモに見えますわ」


 ぶすっとして答えたフローラは、すぐにはっとした。

 これでは、自分が彼のことを好きだと言っているのと同じではないか‥‥‥、幼馴染として隠してきた恋心を彼に知られてしまったら、もう、傍にはいられないかもしれない。


「ジャガイモか‥‥‥。やっぱり、フローラは、面白いな。実は‥‥‥、僕もフローラ以外は、ジャガイモに見えるよ。僕は、1番目の王子で、常に命を狙われている。君を危険な目には合わせたくないと思っていたけど‥‥‥。ジャガイモだらけでは、仕方がないね。今夜から、僕とだけ踊ってくれる?」


冗談のような口調だったが、頬を赤らめて、そう言ったユリウス様の目は、真剣だった。


「はい。では、これからは、貴方とだけ、踊ります」


 フローラは、そう答えて、差し出されたユリウス様の手を取った。






「お嬢様‥‥‥、その言葉は、反則です‥‥‥。とにかく、どうか、大人しく、エスコートを待っていてください」


 シリルは、私にそう言って、力任せに私を部屋から押し出した。


 部屋から出る瞬間に見たシリルの頬は、赤くなっているように見えた。







「もしかして‥‥‥、シリルがユリウス様なの‥‥‥?私の好物はショウガ焼きだと知っていて、ドレスの好みも‥‥‥。それに、ジャガイモの言葉で、顔を赤くしていた‥‥‥」

 

 結局、水色のドレスを着て、エスコート相手を待つ私は、今までのことを思い起こしながら、つぶやいた。


 あの後、シリルは、私を私の部屋に押し込めると、挨拶もせずに出発してしまった。


「でも、私がフローラだと分かっていたなら、何故、連れて行ってくれなかったの?シリルが平民でも、私、家出するつもりだったのだから‥‥‥」

  

「それは、お嬢様に家出なんて、させたくなかったからですよ。よかった。大人しく、待っていてくれましたね。家出しかけたお転婆なお嬢様は‥‥‥。私は、ジャガイモに見えますか?」


 その声に、驚いて顔をあげると、背の高い男性が、扉を開けて部屋へ入ってくるところだった。


「今夜は、私のエスコートをお受けいただきありがとうございます。私は、シリル・サーフェス、アマンダ国の第2王子です」

 

 そう言うと、男性は胸に手を当て、優雅にお辞儀を私にした。


「‥‥‥シリル!」


  男性の顔を見た私は、驚きのあまり、立ち上がった。


「どういうことなの‥‥‥?」


 驚きで、言葉が出てこない私に向かって、シリルは微笑んだ。


「時間をかけて、貴方に気がついてもらってから、ちゃんとお話をして、エスコートをしようと思っていたのに、鈍い上にお転婆で‥‥‥。さすがに、今朝は焦りました。‥‥‥それにしても、今日の貴方は、とても美しい。美味しいものを作ったかいがありましたね。ただ、水色のドレスなのが、残念だな。たまには、違う色が見たいと言ったのに‥‥‥」


 自分の混乱した想いは、正しかったのだと知った私は、ずっと呼びたかった名前を呼んだ。


「‥‥‥ユリウス‥‥‥様‥‥‥?」


「うん。僕が、ユリウスだよ、フローラ」


 シリルは、私を優しく見つめた。


「いろいろな国をまわって、ずっと、探していたんだ。僕がいるなら、君もいるに違いないって思って‥‥‥。旅の料理人は、ちょっと父上の権力を借りれば、いろいろなところで人探しをするには、最適だったんだ」


 言葉がでない私の手をシリルが握った。


「痩せた君を見て、すぐにわかったよ。食いしん坊のフローラが、ショウガ焼きが恋しすぎて、痩せこけてしまったって‥‥‥。まぁ、実際は、君の魔力の色は、フローラと全く同じだし、‥‥‥それに、ちょっとした動作や言葉が、フローラと同じだった」

  

 結局、私は、前世も今も同じ人に惹かれていたのだった。

 愛しさで、涙がこぼれそうになるのを私は、こらえて言った。

 

「‥‥‥私、シリルに惹かれている自分に気付いて、でも、ユリウス様にも会いたくて‥‥‥」


「僕は、厨房に来ては、僕に笑いかける君を見て、何度出会っても、やっぱり君に惹かれると、つくづくわかったよ」


その言葉に、こらえていた私の涙は溢れた。


シリルが私に近づき、ぎゅっと私を抱きしめて言った。


「‥‥‥ちょっと気が早いかもしれないけど、今度は、約束通り、ウェディングドレスを着ているところを見せてくれる?」


「はい。じっくり、お見せしますよ。お約束します」


 私は、シリルの腕のなかで、そう答えた。

読んでいただき、ありがとうございました。


※誤字脱字報告をいただき、ありがとうございました。

※(2020.7.2)句読点や改行についてご指摘を受け、少し変えました。文章は変えていません。

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