Crac _ 割れた大地 _
「お前もう一回上登れない?」
「それしかないでしょ? ちょっと待ってて」
亀裂が走ってバックリと分断された底を、ギリギリの場所にしゃがみこんで見下ろしながら典が再度上から水源を探せないかと提案すると、恭行はすぐ了承してあたりで一番高く聳え立っている木に、またも素早く身軽に動いて早々と頂点まで行ってしまった。それから全方向を、先程よりも注意深く念入りに見渡してからスルスルと下りてくる。
「向こうの方……この谷みたいなのの向こうに凹んでるとこがあった。上流の方に渡れそうなところがあったからそこから行けるんじゃない?」
指を差して大まかな方向を示しながら恭行が見たものを簡単に説明する。それを聞いて典が少し考え込んだ。
「渡れそうなとこってのを具体的に詳しくなるべく詳細に」
「橋……じゃないんだけど、木が倒れてた。それもかなり太かったし大きかったし、多分俺らなら渡れるよ」
「その木の根本は? 倒れてどのくらい経ってるか大まかに分かればそれも」
「無理くり引きちぎられたみたいだった。何かの生き物かなんかが突進した時に折れちゃった、っていうようにも見えなくはなかった。倒れてからどのくらい経ってるかはわからない」
渡れるかもしれない場所について聞いた典が、少しだけ眉を顰めた。
というのも、ここは異世界だからだ。何があるかわからないのも当然の事で、大木を薙ぎ倒すような存在がいてもおかしくはない。いつ、大きな木が倒されたのかすらもわからないのに、そこまでの危険を冒してまでそちらに行くべきかどうか。それを考えると眉を顰めてしまうのも無理はないだろう。
「別に行ってみてもいいとは思うけど……どうする?」
「いや、何かとんでもない生き物がいるかもしれないし……正直そこまでの危険を冒してまで? って思う所がある。けど保守的になるとそう長くは生き残れないってのにも一理あるんだよなあ」
昨日の阿呆らしい独り言ではなく、今度はしっかりと今後の事を考えて、その思考がそのまま垂れ流しにされている典の独り言。きちんと生存のために考えているので昨日のように恭行が苛つく事もなく、たまに口を挟んだりして二人で話し合いを続け、そのまま数分が経過していった。
「やらないよりもやって後悔するほうがいいんじゃない?」
その数分間の話し合いは、この恭行の一言で決着がつくことになった。
ふう、と一息つくような、気持ちを切り替えるような溜息を漏らし、典がまた今朝のように体を伸ばす。
「まあ、これ以上話してても決まんねえし埒が明かないし……ちょっくら行くか。何かあったらすぐ引き返す。危険があったら向こう側は即刻断念だ」
「そっこくだんねん???」
「すっぱり諦めるってこと」
勉学に疎い恭行が、典が何気なく使った言葉がわからず首を傾げる。すると典が一言で説明を入れ、恭行は納得しながらやっぱりコイツ頭はいいんだなと改めて思ったのだった。
それから他愛ない話をしながら、二人でその倒れてしまった大木の方に向けて亀裂沿いに歩いていく。
「そういやお前さあ、歳いくつ?」
「14」
「まじかよ同い年……じゃあ誕生日は?」
「同級生だったんだ? 誕生日は8月の12日」
「ぃよっし勝った俺のが年上だったぁああ……!!!」
恭行の誕生日を聞いた典が、グッ、と拳を握りしめて無駄にテンションの高い声で喜ぶ。それをみた恭行が後述、どこか面倒臭そうに、コイツより下なのはなんか癪だ。とでも顔に書いて有りそうな声で誕生日を聞き返す。
「は??? そっちいつだよ」
「8月2日」
「たった10日じゃん!!!! はあ、そんな変わんないし……典って頭いいくせにそういうとこバカっていうか、アホだよね」
「馬鹿とはなんだ馬鹿とは、阿呆も違えわ。ほぼ学校行かなくても余裕でテストの平均点越せるんだぞ、これを頭が良いと言わずして何と言うよ??」
失礼な、と自分の優秀さをアピールするような典の物言いに、恭行が呆れたようにはいはいと適当に返事をする。まだサバイバル二日目だが、もう典の扱いに慣れてきたようだ。
「っていきなり名前かよ驚いた」
「短いから呼びやすいんだよ、嫌なら変えるけど」
「そこかぁ……いや呼び方は気にしないからそれでいい。っつーか思ったんだが逆にアクって呼びにくくねえ?」
「安功って呼ばれることは少なかったかなぁ、田舎だからみんな知り合いだったってのもあると思うけど」
「じゃヤスユキでいっか。字は?」
言葉で説明ができるほどの語彙がない恭行は少し考えてから立ち止まり、恭行が自分の名前を地面に拾った石で書いた。それを横目に見ながら、典も自分の名前を書いておく。
「こんな字」
「安全とかの安に功労者とかの功の字、恭しい……丁寧とかの意味の恭の字に行く、か」
「なんでわかんの……?? 一周回って気持ち悪いな」
「さっきから失礼だなホント、物理的に引くなよ。こっちの説明はいるか?」
典が一歩後退った恭行に説明の有無を聞くと、少し間をおいて頷きが帰ってきた。
「白鷺って鳥いるだろ。名字はその鷺に鳥、名前は辞典とかの典」
「名前がそれだから色々知ってんの??」
「名前負けしてないと言え、辞典とまでは行かずともそれなりに雑学は蓄えて脳は肥やしたつもりではあるからな……ってか、アレか? さっき言ってた木ってのは」
下らない話をしながら歩いている間に大分進んだらしく、典が地面から目を離して少し先を見てみると、大地に走った亀裂の上へ、その幅よりも倍近くはありそうな大木がずっしりと横たわっていた。