Sicrhau dŵr _ 水源探して三千里 _
交代で火加減の調整をしつつ、楽しいサバイバル生活の一日目を終えて翌日の朝。
幸いにも夜中の野生動物による襲撃はなく、ひとまず万全とは行かずとも、休息は摂れた二人が完全に意識を覚醒させた頃、腹の虫が騒がしく喚き始めた。
「……こりゃ当分の目標は食料と水だな」
「場所によっては寝床変えなきゃだよね」
「まぁ、1週間くらいならこの洞窟の苔でなんとかなるけどなー、それ以降はどうしようもねえ。食料は適当に獣道にでも罠仕掛けておけばそのうちかかるだろ」
疲れが完全には取れていないらしく、二人してぐぐ、と身体を反らしたりして伸びをしながらの会話。未だ齢14歳の中学生であるはずだが、二人とも妙に落ち着いている。
その理由として述べるなら、恭行はそこまで頭が良い訳ではないが、地元の猟友会についていったりしていたためそれなりに自然に関わっていたことで妙に場馴れしているから。典の方は体力はほぼないものの頭は良く雑学にも敏い。無駄な異世界ハーレムへの願望さえ除けばそれなりに合理的な判断を下す事もできるからだろう。
性格から育ちから、なにもかもほとんど正反対の二人だが、慌てふためいている暇があるなら現状の打破をし安定した生活を手に入れる、という目的の点では意見が合致しているようだ。
……余談だが、典の方は未だに頭のおかしい願望を諦めてはいないのだが。
「昨日は暗くて見えなかったけど、ここ結構深い森だし……イノシシとかシカとかいるかもね」
「居たところで、飲める水がなければ洗って綺麗にしたりできないから感染病で死ぬかもな」
「笑いごとじゃないし……まぁ、とりあえずは水かなあ」
冗談めいた言い方で感染病なんて笑っている典をよそに、ふう、と恭行が一息ついて立ち上がり、続いて典も同じように動き始め二人で洞窟を出た。
洞窟の外に出てまず最初に見えるのは木々が鬱蒼と生い茂り、ほぼ緑と茶色でできた世界と、申し分程度に頭上にある枝葉の隙間から覗く青。周りを囲うものの中には食虫植物と似たカタチをしていて、モゾモゾと蠢いている不気味なものから、華やかな花弁を綻ばせているものまでなんでもござれといった様子だ。
「耳を澄ませば水の音がー、なんて事はないな、風で木が揺れるガサガサした音しか聞こえねえわ」
「動物っぽい鳴き声もね。昨日は気づかなかったけど、わりとこう、怖い感じ? そんな雰囲気してる」
「不気味ってか。まぁ確かに上見れば意味わからん変なの飛んでるし、虫……って言っていいかわかんねえけど、コレも変なカタチしてるし」
「そうそれ、なんか不気味なんだよね」
典の言った生き物は、昨日も見かけた平原の空を飛んでいたものと似たナニカと、虫──コバエのような、それでいて羽もないのに浮遊しているナニカの事。彼が夢見ていたような異世界生活なら、この辺りで説明役の女の子が話し出すのだろうが残念ながらそんな存在などこの場にはいない。
「とりあえずさ、お前そこのでかい木の上登れるか?」
「登れるけど……なんで?」
「上から見て、木の少ない場所が細長くあったら川があるかもしれねえじゃん」
「わかった、ちょっと待ってて」
「タバコふかしてる風に枝でも咥えて待ってるわ」
そろそろ典の妙なノリに慣れてきたのか、適当にはいはいと返事をすると、恭行はまるで野生動物か何かのように素早くこの辺りではかなり高い──優に15mは超えているであろう──木に登る。あっという間に頂点まで登ってしまい、細い足場に器用に立って辺りを見回している。その様子に、引き籠もり不登校児でやや高所恐怖症のきらいがある典が絶句していた。
「ほ、よっ……と、向こうの方にそれっぽいところあった」
「マジ野生児半端ねえな…………」
全方向を見渡してからまたスルスルと身軽に木を降り、瞬く間に地上に戻った野生児こと恭行は、驚きからかつい乾いた笑いを浮かべてしまっている典を見て怪訝そうに首を傾げながら、早く行くよと急かしていた。
確かに、大体、直線距離で約八百mほど歩いたところに川はあった。あるにはあったのだが……辿り着いたそこで、二人して顔を見合わせて二度見どころじゃなく何度も目を逸らしたりしながら必死に現実逃避をすること数分。ようやっと恭行が口を開く。
「…………これ、無理だよね」
「………………ああそうだな無理だなこれは無理だわ。え? なんの罰ゲーム? なんだよ畜生、もはや渓谷じゃん、なんで???」
そこにあったのは大地に亀裂が走ってそのまま割れ、分断された底に流れる水だった。これでは水の確保などできないだろう。その縁はまるで崖なのだ、なんの力も道具もない男子中学生が二人いたところで何ができようか?