A chwrdd _ そして出会う _
道の凹凸に合わせて揺れるここは、鷺鳥典が縛り上げられ、引き摺り込まれた荷馬車の中だ。
『なぁ“コレ”拾う必要あったか? 注文にはねえし……外見だけ剥ぎ取ればよくなかったか?』
『文句を言わないの、上の指針には逆らえないでしょ』
昼間だというのに、荷馬車の中は暗幕で光が遮断されているため薄暗い。闇に目を慣らしてみれば、そこには若い男女が一人ずつと、先程彼らに“コレ”と呼ばれた、縛られたまま意識を失った鷺鳥典。それと他に幾人かの幼い子どもが典と同じように縛られて意識を絶たれているのが見えるだろう。
その子どもたちの中に、捕らえられる際に激しく抵抗したのだろう。一人だけ左の腿に血の滲んだ包帯を巻いた、十歳前後の、くすんだ金髪の男児もいたが、彼も乱雑に縛られて荷馬車の床に転がされている。
『指針ねえ? 命だけは奪わないように見えて、その実命しか見逃さないだけだろ』
『仕方ないわよ、どうせこんな事でもしなきゃ私達は生きていけないんだから』
『あーあ。なんだってこんな仕事に就いちまったかね……っと、そろそろ着くみたいだ』
荷馬車の前方の暗幕を少しずらして外を確認した男が、遠目にそれなりに大きな街を見つけて言った。入り口には、眠っているように見える少年を背負った細くはあるものの決して弱々しくは見えない男性がいるのが見えた。その男性を見て若い男が悪態をつくように後述、吐き捨てる。
『うげっ、アイツいんのかよ』
それから数十秒ほどして、街の入り口付近で荷馬車が止まる。すると少年を背負った男性が乗り込み、外から完全に姿が見えなくなると背負っていた少年───安功恭行を適当に転がした。
『……荷物は揃ったようだな』
細身の男性がそういうと、また荷馬車がひとりでに動き始める。
『アンタもなんか拾ったのかよ』
『外見は高く売れそうだったからだ。そこまで容姿に秀でた訳でもない……お前達が拾った奴もだが、この色じゃこの辺りでは売れん』
『じゃ、この二つは少し先の森に捨てるって事でいいのね?』
女の問に細身の男性が頷くと、若い男が漏れかけた溜息を噛み殺して咳払いで誤魔化しながら、鷺鳥典の縄を解いて外見──衣類を剥ぎ取る。続いて安功恭行も同じように剥かれた。その衣類は丁寧にたたまれ、細身の男性に渡される。
そうこうしているうちに、先程女が言った森についたようでまた荷馬車が動きを止めた。すると若い男が典を、細身の男性が恭行を乱雑に持ち上げて荷馬車の外へと放る。意識のない二人の身体は幸いにも柔らかい土の上へと落ちていった。
『……運が良ければ近くの村に拾われるだろう』
ぽそり。細身の男性が小さく呟いたのを最後に、荷馬車が動き出しあっという間にその姿は見えなくなってしまった。
そして時は進んでいき時刻は夕方、そろそろ空の色が暗くなり始める頃。
「ん……? って寒!?」
まずは典が目を覚ました。何も身に纏わず、夕方の空気が冷え始める室外にいたため、肌寒さに意識が叩き起こされたようだ。傍らでは安功恭行が未だに気を失っているままだ。
「つーかなんでなんも来てないんだ、横になんか全裸の、全裸の………?? ハッ、まさか過ちをッ!!?!」
待ちに待った異世界であるのは変わらないため、典は勝手に一人でまた妙なことを言っているが、残念ながら止められる者はここには居ない。居るには居るが、依然意識を失ったまま。
「………………ツッコミがないなんてそりゃないぜ、そこはんな訳あるかいとかそんなこと言うところだぞ。つかコイツ誰だ、おーい、起きろ、誰だか知らんがとにかく起きろ一大事だ多分」
はぁ、と勝手に一人で寂しいコントを誰に見せるわけでもないのに披露しながら、典が溜息を吐きつつようやく恭行に意識を割いたのか、肩を揺らして声をかけ始めた。
「…………なに、っていうか寒いんだけ……ど、は? 誰? どういう状況? 服は? ここどこ? 寒いんだけどなんかないの?」
「落ち着け餅つけそして俺は鷺鳥典、状況はわからねぇけど、とにかくきっとここは異世界。特に何もないから諦めろ、で、お前は誰でなんか知っ……てるはずもねえなだったらそんな聞かないわ」
「安功恭行」
重たそうに瞼を開き、典の姿を見た瞬間に混乱混じりに怒涛の質問を繰り出した恭行だったが、一つ一つ典が答えるうちに完全に意識が覚醒したようで、ひとまず名だけを名乗る。この状況では恐らく誰も信用できない、と判断しての行動だった。
「とりあえず、なんもわかんねえだろうけど知ってることは? こっちはいきなり縛り上げられたと思ったら首絞められて気絶して、気付きゃこんな状況ってモンだ」
「似たような感じ、襲われたと思ったら寝てた」
「……やっぱか、畜生め夢のハーレム生活はどこに行ったんだ畜生、ちくせう…………ヒロインじゃねえじゃん男じゃん、え? ここはヒロインだろなんでだよ」
いかにも落ち込んでいるという、格段にトーンの落ちた弱々しい声でボソボソと謎の不満を愚痴っぽく言い始める典に、つい恭行が引いたような顔になってしまったのは無理もないだろう。
「(このアホっぽい独り言と落ち込みようからして多分大丈夫……のはず)ちょっと……えっと鷺鳥だっけ? とりあえず服の代わりになんか探して、ついでに焚き火のための枝集めするから手伝ってもらえる?」
「ヒロインじゃない奴の言うことは聞きたくねえ……けど、状況的に仕方ないな……あー、服の代わりだろ? だったら」
恭行が面倒臭そうに典に声をかけると、それに反応して顔を上げた典が少し周囲を見渡した後、二つの場所を指差しながら、先程までの落ち込みようと阿呆らしい発言はどこへ行ったのやら、急に真面目な顔をしてまともな意見をその口から述べる。
「あのバカでかい葉とそこの蔦で簡易的な服もどきならできると思うぞ? 暗くなりかけだから早くしねえと作業もできなくなる、急ぐぞ」
ようやっとプロローグが終わりました