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黒歴史はいつまでも残り続ける

翌日、内心びくつきながら俺は登校する。そして下駄箱にはまたもや紙が入っていた。

内容は、『昨日はなんで来なかったのかな? 高坂君には放課後の予定などなかったはずよね? お医者さんにはちゃんと見てもらえたかしら? 放課後屋上に来てください』と書かれていた。

 その分を読んで真っ先に思ったことがある。なんで俺の放課後の予定知ってるんだよ! 確かに放課後は真っ直ぐ家に帰るけどな。放課後遊ぶような友達居ないし。

 俺はその日も屋上に行くことはなく、家に帰った。

 またその翌日も、下駄箱には紙が入っていた。『あなた、二日も美少女を待ちくたびれさせるとはいい度胸ね。おかげ様で風邪引いたじゃない。ならこちらにも考えがあるわ』

 なんだろう、この文を見ているといつもの彼女とは思えない部分が出ているような気がする。

 俺はその日も当然行くはずもなく、帰宅した。

 日に日に『いいの? 晒しちゃうわよ』などと脅しが強くなっていたが、俺に心当たりはないので、当然帰宅する。

 そんなやり取りが四度続き、金曜日の放課後だ! 心ウキウキで帰宅した訳だが、玄関の前で何やら人影があった。

 全身が黒ずくめの姿でうろうろとしている。家のインターホンを押そうとしているようだがなぜか思いとどまったような素振りをしており、めちゃくちゃ怪しい。ここは関わらない方がいいなと即座に判断した俺はその場で踵を返す。すまない、本当にすまないのだが妹よ、もしインターホンがなったら適当に対応しておいてくれ。

 さて、一人ファミレスにでも行くかと決めたとき、後ろから声が聞こえた。

 どうやら高坂君と呼んでいるようだが、俺には関係のない話だ。妹にようがあるのだろうきっと。なんたって声を聴く限り、女だからな。けど本能的に音を殺して歩いているのはなぜだろうか? もしかして癖になっているのかもしれないな。自分、隠密行動に長けておりますので。

 しかしながら、俺の隠密行動は容易く看破されたらしく、嶺崎さんは俺の方に向かって追いかけてくる。気づかれちまったなら仕方ない。滲み出ていた殺気までは殺せなかったか。まだまだ俺は未熟者という訳だ。

 そうしている間にも、嶺崎さんは俺の元に駆け足で向かっている。

 ならば俺の取るべき行動は一つ。Bダッシュだ! 全力疾走で逃げるが俺よりも早い。運動音痴の俺はすぐに息が切れてダウンした。

「な、なんで俺にだけ用があるんだよ。そんなに重大なことか?」

「高坂君。やっと会えた。そのことについて話があるかちょっと寄ってくわよ」

彼女も息が荒くなっていて、その格好でちょっと寄って行かないと誘われたら明らかに変質者にしか見えない。まあ、寄る場所は行く予定だったファミレスなんだけれども。


 こうして一人から二人になり、ボッチでファミレスは避けられた訳だが、安定の気まずさである。俺には気まずい空気を作る才能でもあるのだろうか。

 嶺崎さんは黒いフードを脱ぎ、パタパタと手を団扇替わりに仰いでいた。俺は彼女が脱いだときに不覚にも見惚れてしまっていた。白金色の髪が舞う姿はただただ、美しかった。

 ひとまず俺達は、軽食とドリンクバーを頼み、嶺崎さんもドリンクバーを注文する。

 そして一息ついたころ、ついに嶺崎さんはマグカップをトンっと皿の上に置き、口を開いた。

「ねぇ、高坂君。ラブに興味ないかしら?」

 いきなりぶっ飛んだ台詞に、思わず耳を疑いたくなるが、ここはとりあえず否定しておく。

「いえ、興味ないです」

 あれ? 同級生なのに的に敬語になってしまった。これがレベルの差っていうやつか。

「そんなはずないわ! あなたは興味あるでしょ! 嘘つかないでよ」

「興味もなにもそもそも質問の意味が分からないんですけど……」

「質問を変えるわ。ラブコメとかの娯楽は好きでしょ?」

「それは……そうですけど」

 有名な作品は大体視聴している。だってなにもすることないからな!

 というか嶺崎さんがオタクだったことが意外だった。人は見かけによらないとはこのことである。姫宮然りな。

 嶺崎さんはほっと胸をなでおろしたように息を吐き、

「それはよかったわ。じゃあ、私と一緒にラブコメしない?」

 ん? 全くもって理解ができないのだが、ラブコメをしないとはどういうことだろうか? ラノベやアニメでやっていることを実際にやってみるということでいいのだろうか? 不覚にも少し面白そうと思ってしまった俺だが、お断りである。俺の座右の銘はしない、やらない、関わらない。

「すみませんけど、自分はやりたいとは思いません」

「駄目よ! あなたじゃなきゃ駄目なの。あなた以上に主人公力に長けてる人はいないもの!」

「主人公力?」

 思わず聞き捨てならない言葉に反芻してしまう。なんだよ主人公力って女子力的な奴か。キャー高坂君、主人子力高ーいとかもてはやされるのか? もしくは私の戦闘力は五十三万です的な感じか? そしたらフ○―ザ様こそ最強の主人公だな。

「主人公力っていうのは、まず環境よ。高坂君には妹がいて、両親は家にいる時間が少ない。程度なオタク知識も持っていて、体格も細身で顔は中の上くらい。目つきが多少悪いのがいい感じに相まっているし、それに高坂君の趣味は手料理でしょ? まさしく理想の主人公じゃない! 目つきが悪いのを髪の毛で隠しているのは切れば問題ないから大丈夫だし、うーんやっぱり理想の主人公ね!」

 なぜだろう。理想の主人公と絶賛されているのに喜べない気持ちは。というか俺、趣味が手料理とか一度も誰かに話したことないんだけど。

「理想の主人公とか言われても……俺には無理です」

 もし仮に嶺崎さんとラブコメをするとしたならば、周りの視線に到底耐えられない。これこそが眼で殺すということか。……違うか。

「そんなに意固地になるなら私にも考えがあるわ。これを見なさい!」

 嶺崎さんはスマホを俺に見せてくる。

 画面には、『小説家希望』のホームページがあり、そこに一つの作品が表示されていた。作家名は桜咲く。タイトルは、『異世界に召喚された俺は奴隷を使い無双する』。俺はこの作品を知っていた。話数は八話で更新が止まっており、内容は異世界に転生した主人公が奴隷を召喚し、敵を何の苦労もなく倒していく。正しくタイトル通りで、『希望』ではテンプレ中のテンプレ。しかしその文と言えば、支離滅裂で、禁則処理もできていない。完全なる処女作だ。おまけに話数は八話で止まっており、もう二年以上は更新していない。ブクマも一件しかつかなくてすぐに止めた。俺にとってはちょっとした黒歴史な訳だ。どうやらそれを彼女は見つけてしまったらしい。

「そ、それをどうする気?」

 嶺崎さんはなぜか嬉しそうに、ふふんと鼻で笑い、立ち上がる。

「まだ分からない? これであなたを脅しているのよ。こんなシーンとか、ラブコメが始まりそうでしょ?」

「そうですか」

 俺はスマホを取り出し、『小説家希望』にログイン。

「え? ちょっと? 高坂君何しようとしてるの?」

「ちょっとした黒歴史を削除しようと……」

「ああ、それじゃあ私のラブコメが始まらないじゃない!」

 嶺崎さんは俺のスマホを取り上げようと、大胆にもテーブルから身を乗り出してくる。

 俺はその手から逃れようとスマホを高く上げる。嶺崎さんも負けじと、さらに身を乗り出してくる。そして俺は重大なことに気づいた。

 当たっている。当たっているのだ。

 ふたつのたわわでたわわたわわなものが、たわたわと俺のはわわな部分に当たっている。これもうわかんねえな。

「嶺崎さん! 落ち着いて!」

「落ち着けないわ! だってそれは……私の大切な……」

 言葉尻も何か言っていた気がしたが、ファミレスの雑音も相まってよく聞き取れなかった。

「掴んだわ! これであなたは消せない!」

 嶺崎さんの発言に気を取られている間に、嶺崎さんは俺の腕にまで浸食していた。当然柔らかいものもセットである。

「分かったから! 消さないから!」

「本当?」

 瞳を麗しながら俺を見つめる姿は、さながら子犬のようだった。

「あっ、ああ、消さないよ! 消さない」

「よかった~。これであなたとの繋がりがなくなる心配はないわね!」

 どうしよう。後で消せばいいかと思っていたが、少しばかり良心が痛む。

 嶺崎さんは気を取り直すようにコーヒーを飲み、話を続ける。

「ねぇ、私が大量に抱えていたプリントを落としたこと、覚えてるよね?」

「……覚えてないです」

 嶺崎さんには否定したが実際は覚えている。それは入学したての頃、嶺崎さんがプリントをばら撒いてしまったのだ。そして近場にいたのがおれだった。普通ならば拾ってあげるのが当たり前だが、俺にはそれができなかった。嶺崎さんと関わるべきかを天秤にかけて、俺は推し量ったのだ。少しでも関係を持つと今後俺がどうなるか分からない。人生弱者の俺は他人の顔色を窺いながら生きていくことしかできないのだ。

「そう、じゃあ私が自転車パンクしたときの事は?」

「それも……」

 そのことも覚えていた。梅雨時期にパンクして困っている嶺崎さんを見かけた。話しかけることはなかったけど。

「文化祭で私が困っていたときは?」

 俺は首を横に振る。けれどそのことも覚えていた。

 すると、嶺崎さんは溜め息をつき、

「そっか―あなたにとっては、どうでもいいことだったのね」

「す、すみません」

「まっ、いいわ。あれ全部演技だし」

「演技なんですか……」

「そうよ。他にも、コンビニで偶然会ったり、電車で隣の席になったり積極的に関わりに行こうとしたのに、あなた無視するじゃない? 温厚な私も流石にカチンときたわ」

「だったら、嶺崎さんが話しかければ、いいんじゃないですか?」

「それじゃ駄目よ! 私から話しかけたら、あなたが主人公じゃなくなっちゃうじゃない」

「じゃあ、どうして俺に接近してきたんですか?」

「それは……」

「そ、それは……」

「あなたには行動力が欠けているからよ!」

 そりゃあ、事なかれ主義な俺だ。問題ごとにわざわざ突っ込んでいくようなお人よしではない。

 電車の席なんて譲ろうとしたら、老人にそんな歳ではないと、言われるのではないかという先入観がでてしまって、誰も譲りたがらないし、そもそも誰かが譲ってくれるだろうと思っている。少なくとも俺はそうだった。

「あなたには行動力を磨いてもらって、完璧な主人公になってもらいます」

「俺の黒歴史で、脅してです?」

「そうよ! 私の手にかかればあなたを見た瞬間に好きになるようなチョロインだって、真面目なヒロインだって、ツインテヒロインだってお手の物。女を転がすのが上手い主人公に仕立て上げます」

 それ、現実だとただのクズじゃねぇか。

「自分にはやはり、荷が重いです。なので、この件はなかった事に……」

 すると彼女は突然黒い笑顔を作り、

「俺のことはどうなっても構わない! だけどエミリに触れたら、俺はお前を絶対に許さない!」

「うっ。よ、よく覚えてるね」

 身もだえしたくなる気持ちを抑えて俺は息を整える。

 因みにこれは、五話で主人公のサクが、瀕死状態のエミリに触れようとしている魔王軍の幹部、アレスターに言ったセリフである。

 実にどこかで似たようなものを聞いたことがあるセリフ。というか主人公の名前が俺と同じとか、恥ずかしすぎるだろ!

「当然よ! 熟読したもの」

「あっ、あれを?」

「あ、あなたを脅すためですからね!」

「お、おう。でも……ありがとう」

 理由はどうであっても、俺の作品を読んでもらったのであれば嬉しい。続きを書かなかったことが後ろめたくなる。

「と、とにかく! あなたには行動力を上げてもらいます! これは決定事項です。なので、明日の土曜日。あなたの髪の散髪も兼ねてお出かけします。待ち合わせは昼の十時に大宮駅のまめの木よ。分かった?」

「わ、分かりました」

「あっ、もうこんな時間! それじゃあ私行くからじゃあね」

 そう言って、嶺崎さんは嵐のように去って行った。

 お金! お金置いてゆけ!

 俺はスマホに目を落とす、『希望』のホームページにはこの作品を削除しますか? と警告文が出ていた。

『はい』と押せば、何事もなく解決するのだが、俺はそれをすることができなかった。

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