青い春より灰の春が俺には相応しい
色鮮やかな桜はすでに散り、青葉が垣間見える四月下旬。
誰がサボれる先生かの選定も終わり、新しいクラスにも慣れ始める頃。和気藹々とした会話をBGMに、俺は一人悩んでいた。
その原因は今朝、下駄箱に入っていた一枚の手紙である。
内容は、『放課後、屋上で待っています』と書かれた一文だけ。しかも、差出人は嶺崎日暮と来た。
俺と彼女との関係と言ったら一年のときに同じクラスだったくらいで、なんの面識もない。
俺はアニメやラノベを好むが、今期の嫁は誰々とか、この声優が好きとか、アニメのイベントに行きたいとかそういう気持ちは一切感じることができず、俗にいうアニオタのにわかというやつだ。
俺はそのせいで馴染むことができず、会話することはあってもどこか遊びに行くとなったら、俺が誘われることはない。
そんな微妙な立ち位置の俺は、昼休みだというのに腕を枕にしてうつ伏せになりながら、この手紙をどうしようかと考えているのである。
一方彼女は俺の悩みをいざ知らず、複数の男女とともに談笑していた。
まるで俺とは正反対の存在だ。彼女はコミュニケーション能力が高く、俺は一度も話したことがないのだが、誰もが一度喋ったことがあるくらいに顔が広い。さらに彼女は学園のトップと言い切れるほど、容姿端麗である。
白金色をしたロングヘアー。きめ細やかな雪のような肌は、校内ですれ違う人々が二度見するほどだ。
そしてこの俺――高坂佐久といえば、髪を目が隠れるほどに伸ばしたエロゲの主人公ヘアーだ。とりあえず伸ばしておけば、自分の顔と目が隠れるから、少しは良く思われるかな、といった実にオタク的な考え。
実際のところは陰キャラの模範とか言われているが、そんなことは気にしない。嘘ですめちゃくちゃ気にしています。
まあ、その陰口を耳にしたときは少し前髪を切ったのだが、見事にパッツンヘアーになって、陰口が増えたのは記憶に新しい。
「ねえ高坂君、ちょっといいかな?」
俺が今後の学園生活が大きく左右する問題と戦っているときに、今日に限って客人ときた。
客人というより、モンスターとエンカウントしたと言う方が正しいか。
逃げ出したい気持ちを抑えて、俺はとりあえず寝たふりを続行してやり過ごすことを決めた。
「寝たふりしているとイタズラしちゃうよ?」
コイツの言うイタズラは、『起きないと、ほほにちゅうしちゃうぞ』と言ったそんな可愛いものではない。もっと恐ろしいナニかだ。
「イタズラってなにするんだよ」
「うーん。とりあえず上履きに画鋲仕組んだり、高坂くんのお弁当をデコレーションしてあげたりとかかな」
「うんそれ。ただの虐めだよね」
「あとは~、わたしとキスしている風の二ショットとか」
「なに、敵多くしようとしているの? 今でも俺、お前と話していると、他人の好感度が下がりそうだから嫌なんだけど?」
「そうなの? じゃあわかった!」
彼女はあざとい笑みを浮かべながら、俺を強引に引っ張り、強制的に連行されるのだった。そのときに向けられた眼差しは、学校に行きたくなくなるほど凄まじかった。
なんも分かってねえ……。
俺と日宮は美術室や理科室がある、特別棟の屋上に来ていた。特別棟は旧校舎だったのを、少し手直ししただけで、屋上のコンクリートやフェンスには年季が入っており、ひび割れや錆が目立つ。
それにこの場所は新しく増設された新校舎よりも一階分高さが低く、見通しが悪い。新校舎の方がベンチや自販機が置いてあるのもあるし、わざわざここまで来る人などいるわけもなく、おかげさまで俺と姫宮の二人きりである。
二人きりで屋上とかなにか如何わしいことが起きるのではないかと思うが、そんなことはない。なぜならこんなことが週一の頻度で起こるからだ。最初は狼狽えたが、これでもう三回目になる。
現在、姫宮は行く途中で俺におねだり(強制)して、奢らせたココアを片手に、グラウンドを眺めていた。俺はそこから程度に距離をとって佇んでいる。
グラウンドには一人走る姿が見えたが日宮と関係があるのだろうか? チキンな俺は当然聞く訳もないのだが。
佇んでから三分くらい経過したが、一向に姫宮から話しかけることはなかったので、姫宮に問いかける。あわよくば帰らないかという期待を込めながら。
「なんの用だよ」
「いや、特にないけど? 疲れたから付き合ってもらっただけ」
「その猫かぶりか?」
すると、日宮は振り返り、頬を膨らました態度とる。
「酷いよ、高坂君。私をそんな風に見てるの? わたし悲しいなぁ」
「誰も見てないのにやるなよ」
「おかしいわ。なんであんたは豚みたいに私に媚びないわけ?」
「それはお前の本性を知ってるからだよ」
姫宮汐音。彼女は嶺崎さんと負けず劣らずの容姿をしている。嶺崎さんが美人系だとすれば、姫宮は可愛い系である。ブラウン色の髪質をサイドテールで結わえており、前髪に付けている星形のピンは彼女曰く、チャームポイントらしい。
そんな姫宮は主にオタク系の人と会話している。会話においても、知ったかぶりをした発言をすることはなく、相槌もうまい。話していて人を不快な気持ちにさせないというのは、非常に気苦労するものだ。普通の人ではこなせないようなことを姫宮は、平然とやってのけていた。
ただ俺は知っている。それが徹底していた猫かぶりであることを。姫宮が毒づいている姿をたまたま見かけてしまったのだ。
そのせいでわざわざ俺は屋上に呼び出され、彼女のうっぷんを吐き出すのに付き合わされている。少なくとも前に呼び出された二回ともそうだった。
誰々に触れられただの、自分の知識を饒舌に語る姿がキモかったなど様々である。
いつもは自分から爆発する彼女だったが、今日は何も言わなかったので俺が話しかけてみたのだが、用がないなら連れてこないで欲しい。まだ昼飯も食べてないし、男子から毎度向けられる視線が耐え難いのだ。俺は安全な環境で学園生活を終えたい。そのためなら、俺の青春は灰色でも構わない。
『リア充爆発しろ!』とか内心そうでも思ってないことを吐き出しているような男子でいい。
だから俺は、この知り合いだけど友達ではないという微妙な空気から解放されたいのだが……。
「なあ、帰ってもいいか?」
「帰りたければかえれば? あんたの今後がどうなるかわからないけど」
「分かった。帰らねぇよ」
どうせ姫宮のことだ。俺に乱暴されたなど根の葉もない噂を立てることを躊躇いもなくやってくるであろう。そしたら俺の人生は真っ暗闇だ。
「あんた、基本なんも考えてそうなアホみたいな顔してるけど、今日は何かあったんじゃないの?」
言われて気づく。俺は姫宮以外にも問題を抱えていたのだった。
「すごいな、姫宮」
「え? 普通でしょ? 今日のあんたは髪の毛を弄る姿が多くて、どこか落ち着いてない。なら、そしたら何かあったのかなと思うのが普通じゃない?」
「そんな訳あるか! お前もしかしてそんなことを、知り合い全員にやっているのか?」
姫宮は「なぜ、そんなことにおどろいているの」と言いたげに、小首を傾げる。
「そうだけど。誰かの悩みを聞き出すのって面白いじゃない? 私にとってどうでもいいことでも、彼はこんなに悩んでいるんだと思うと、とっても面白いじゃない。特に恋の話になるとより面白いわね。大体恋する相手は私だけど」
そりゃそうだろう。顔も良くて、話を親身に聞いてくれて、自分が悩んでいるとそれを見抜いて話しかけてくれる。
まさに天使のような存在。H・M・T(姫宮たんマジ天使)と叫びたくなるほどだ。ヒロイン投票したら確実に上位に食い込むような性格に一瞬騙されそうになるが、俺は彼女の裏の部分を知っているから、確実にそんなことは起こらない。
「それで、何に悩んでるの? もしかして私に惚れちゃった? それならごめんなさい。私にはあなたを人間には見れない。せめて家畜から始めましょう」
「そんな訳あるか! それに断るなら友達からだろうが」
「分かった。じゃあペットでどう?」
「結局人間には見てくれないんだな。俺の悩みはこれだよ」
そう言い俺は、ポケットにしまってくしゃくしゃになった一枚の紙を取り出す。
「ちゃんとしまっときなさいよ! どれどれ?」
文字が良く見えなかったのか、姫宮は俺に近づき前かがみになる。
艶やかなうなじと、制服からこんにちはしそうになっている胸で、目のやり場に困る。髪の毛がいい匂いだなとか顔が近いとか何を考えているんだ。
というかやけに読む時間が長い。『放課後、屋上で待っています』の一文を読むのにこんな時間がかかるわけないよな……。
「おい、わざとだろ」
「気づくまで二十八秒。あんたが最速ね。おめでとう」
他の男子たちこの誘惑に何秒で気づくのか少し気になるが完全に油断してた。
「どう? 私に翻弄された気分は? 少しは目の保養になったかな?」
「最悪の気分だ」
「そう? それは良かった」
「それでお前は、この文を見てどう思う?」
姫宮は考えるそぶりも見せずに答える。
「どう思うも、これは間違いなく嶺崎さんが書いたものだと思うけど?」
「本当か?」
「ええ。この丸っこい感じとか、文字の大きさ的にも間違いなく嶺崎さんのもだけど」
こいつどこまで観察眼が鋭いんだよ。もう鋭すぎて姫宮には隠し事ができないことが良く分かったわ。
「とりあえず、男子の悪戯って訳じゃないんだな。なら、要件は何だと思う? もしかし……」
「それは絶対にありえない」
もしかしたら告白微レ存と言おうとした俺の男子心を粉砕! 玉砕! 大喝采! されたわけだが、少しくらい期待してもよくないですか? え? 鏡見てこい? そのくらい分かってるよ!
「き、期待なんかしてないからな!」
「なんでそんなに動揺してんの。きっしょ。友達ができない原因がよく分かったわ」
姫宮は嫌悪を全開にした眼差しでこちらを見てくる。
今まで面と向かって言われたことなくて気づかなかったが実際に女子に言われると泣きたくなる。
友達居ねえけど知り合いは多いからな。一緒の班になると毎回微妙な顔されるけど、話せるだけマシでしょうが。
「でも、何の意図で送られたかはさっぱり。あんたなんかやらかしたの?」
「やってないし、そもそも会話さえもしたことない」
姫宮には否定で返したが、休み時間に嶺崎さんのひらひらと揺れているスカートを凝視していたのは問題ないよな。だって男の子だもの。
「そう。じゃあこの件は実際に行ってみないと分からない」
「姫宮でも分からないのか……」
正直内容の目途が分からないとなると、行く気が失せる。それに強いて分かったことと言えば、俺への告白ではないということだけ。ならばどうせろくでもないことだろう。俺に対しての罵詈雑言かもしれないし、もしかしたら行った先には複数の男がいて、リンチだってありえる。ここはテンプレートであるごめん、放課後お医者さん作戦を実行だ。
「あんた、分からないから行かないとか選択肢取る気じゃないでしょうね?」
「別に……それでもよくないか?」
「は? なにそれありえない! あんたそんなことしたら理由がどうであれ、嶺崎さんの勇気を踏みにじることになるのよ」
「高校三年間、俺は何事もなく過ごすことを目標にしているからな。その為だったら、俺にとっての嶺崎さんの勇気なんて関係ない」
「あっそ。分かった。あんたがどうしようもない奴だってね」
そう言い残して、姫宮は去ってしまった。
あのとき俺は本心を言ってしまった。適当に返事しておけば、なんの問題もなかったのに。
一人、心地よくもない風を浴びながら俺は嘆息を漏らす。グラウンドを覗くとそこには変わらず、一人走る姿が見えた。
その日の放課後、モヤモヤとする気持ちを抑えながら、屋上には足を運ばず帰宅した




