006~ワケアリ引き継ぎ候補~
パパと初めましてする前夜の話です。
「なに?失敗しただと?憲兵にでも見つかったのか?」
「いえ、それがどうも娘を攫う前に家の中でやられちまったみたいで…」
「馬鹿なことを。あの家には母親と子供2人しか住んでいなかっただろう?
どこに殺される要素があるのだ?母親が腕自慢の男でも囲っていたとでも言うのか?」
「そ、それは何とも…実行はアイツに任せてましたから、何が起きたのかはサッパリで…」
「情けない。私はお前たちを金を払って雇っているんだぞ?
金額分はきっちり働いてもらわないと、こちらも困るんだ」
「す、すいやせん……」
貴族の屋敷と見紛うほどの豪華な建物の一室で、デップリと太った腹を揺らしながら不機嫌を露わにする中年の男が居た。
その男はこの街一番の豪商で、同時に裏の商人をまとめあげる金の亡者だ。
小さな小物雑貨から、違法の奴隷取引までお手の物。この街の中で彼が扱っていない商品はない、とまで言われるほどの手腕を、良くも悪くも発揮している。
そんな商人が、とある平民の少女を欲しいと思った。
少女の母親は子供を虐待するロクデナシと聞いていたので、金を積めば簡単に娘を売るだろうとは考えた。
しかし商人はそれをしなかった。
母親経由で、商人が娘を買ったという情報が洩れるのを恐れたからだ。
いつもならそんなことを気にしたりはしない。
だが今回ばかりは極秘に手に入れたいと思っていた。
だから、普通に買うより多少高くつくものの、その道のプロを雇って少女を誘拐させることにしたのだ。
決行日は二日前だったはずだ。
しかし雇った者から中々連絡が来ず、まさか金を持ち逃げしたのではと苛立っていたところに、ようやく使いの者が来たのだった。
その者が言うには、実行したのは雇ったチームの中で最も強い男で、下手に複数で行動しては目立つからとその男に任せ、他は憲兵がやってこないか警戒していたらしい。
しかし、十数分もあれば合流できるだろうと思っていたのに実行犯は帰って来なかった。
おかしいと思い始めた頃に憲兵がバタバタと押し寄せてきて、慌てて身を潜めたのだという。
そして憲兵や周囲の話を盗み聞きし、実行犯が何者かの手によって殺害されていることが分かった、ということだ。
なんて不甲斐ない奴らなのか。
子供一人攫うのなんて朝飯前だ、なんて豪語していたくせに、呆気なく失敗しおってからに。
こんなに間抜けな奴らだと、下手をすれば自分へと繋がる証拠を憲兵に捕まれるかもしれない。
これは由々しき事態だ。
商人は怒りと焦りが綯い交ぜになった感情を顔に出しながら、爪を噛みつつブツブツと今後のことについて独り言を言い始めた。
その様子を見て、使いの者はただビクビクとしながら佇むだけだ。
「はぁん、なるほど。過去イベではそこまで掘り下げなかったせいで、名前が分からなかったから手当たり次第いくつもりだったけど、まさか初回で当たりを引くとはね」
商人と使いの男が一斉に声のする方へ目を向けると、そこには開いた窓枠に腰を掛けている幼い少女が居た。
一体いつの間に侵入したのか。
窓はしっかり鍵まで閉まっていたはずだ。
何の物音もしなかったのに。そもそもここは3階だぞ。
突然すぎる来訪に、様々な疑問が頭を支配し商人は一瞬その動きを止めてしまった。
これが最初で最後で、最大の間違いだった。
すぐさま大声を上げて屋敷の者を呼べば、少なくとも少女は必要最低限の行動だけ取って即座に帰還していただろう。
だが商人が正気に戻り声を上げようとする頃には、すでに商人の首は、ついでに使いの男の首も、足元にゴロンと転がり落ちていた。
男たちの体がドサリと音をたてその場に崩れ落ち、あっという間に部屋の中を血の池へと変えていく。
「情報を吐かせるべきかは悩んだけど、別にいいよな。
どのシナリオでもこいつのポジションは大して重要じゃなかったし」
一瞬の間で成人男性二人の首を物音もなく魔法で切り落とした少女は、商人の太った腹を蹴り転がすと満足そうな顔をした。
そしてふと、この部屋の隅に存在する四角くて黒い物に視線を移す。
子供が数人入れる程度の、小さな檻だ。
檻の中には二人の子供が居た。
大きい方の子供は痩せていたがまだ目に力が残っており、もう一人の小さい子供を守るようにして少女の前に立ちはだかった。
対して小さい子供は、ガリガリにやせ細っていてすでに虫の息な状態。
辛うじて意識はあるものの、少女が何かせずともすぐに死んでしまいそうな様子だった。
この二人の子供には共通点があった。
体のどこかしらに妙な模様がチカチカと点滅するように浮き出たり沈んだりしている。
ついでにその耳は尖っていた。
この世界には獣人や亜人といったものは存在せず、人間の耳が尖っているというのは、昔からよくないものとされていた。
何故よくないものなのか、その理由について知っている者は世界でもごくわずかだが。
「マジか」
思わず、といった様子で少女が呟く。
自分たちの存在を良く思っていないということを、子供たちは感じ取った。
大きい子供は目の前で少女が大人を一瞬で殺した様子を見ていた。
それでも背後にいる子供だけでも助けたいと思い、少女の動向を注意深く観察する。
ここまでの命か。
子供はそう考えたが、しかしその意に反して少女は魔法で檻の鍵をこじ開けると、まるで敵意の無い様子で手を差し伸べてきた。
「このままここにお前らを置いていくと、面倒なことになりそうだ。
この場で俺に殺されるか、ついてくるか選べ」
少女は子供たちに名前を問うたが、名前などないという返答がきたので、仮名として大きい子供はエン(12歳くらいの少年)、小さい子供はマーチ(7歳くらいの少女)と呼ぶことにした。
少女が手をかざして何事か呟くと、瀕死の状態だったマーチの顔色が多少回復する。
これも魔法の一種なのだろうか、回復魔法というのはごく限られた者しか扱えないはずだが。
エンが疑問を持つ間もなく、少女は部屋のドアを開けて廊下に出ていこうとするので、マーチを背負って慌てて追いかけた。
途中で何度か見回りの兵と出くわしたが、こちらに全く気付いてない様子で素通りしていくのが不思議で仕方なかった。
「あいつらには僕らが見えてないのか?」
「あぁ、風と闇の混合魔法で気配を完全遮断しているからな」
「カクテルマジック?魔法の一種か?」
「うん?……あぁ、そうか。混合システムは本編中盤で発見される設定だったな。時代を先取りしすぎたか」
「ほんぺん?」
「気にするな、こっちの話だ」
エンは特殊な環境にいたこともあり、魔法に関しては詳しい方だった。
しかし少女の魔法は自身の常識外のものばかりで、話を聞いても理解には至らない。
一体この少女は誰で、どんな目的があるのか。
最初に感じていた恐怖はすでに存在せず、今では興味の方が勝っている状態だ。
しかも少女は、エンとマーチを苦しめ続けていた研究施設を地下で発見した後、範囲系の火魔法で全て焼き払ってくれた。
「これがここにもあるとはなぁ」 と少女が苦い顔をしているのを見て、少女が施設の内容を理解した上で破壊したことに気づく。
つまり少女は明確な意思を持って自分たちを助けてくれたのだと子供たちは考えた。
これでもうあの苦しい日々に戻らなくて済む、そう確信したエンは、少女に対して感じていた興味を尊敬、崇拝の感情に変えていった。
火災の騒ぎにかこつけて屋敷を脱出した後、エンとマーチは少女から安全な隠れ家とある程度の食料を提供された。
体に浮かぶ模様は、体調と精神が安定していればキチンと隠せること。
また、耳はなるべく見られないように髪や帽子で隠すことなどを注意される。
「数日もすれば俺はこの街を離れる。
それまでにお前たちの受け入れ先を用意してやるから、バカどもに二度と捕まらないよう強く生きろ」
エンも、途中から意識もちゃんとしてきたマーチも、自分たちを救ってくれた少女とすぐに別れることになると聞き、ショックを受けた。
二人にとって少女は地獄から自分たちを救い上げてくれた神様のような存在だ。
彼女の傍に居たいし、彼女の力になりたい。
恩返しがしたいと、涙ながらに訴えた。
「だったら、もっと強くなれ。今のお前たちではただの足手まといだ。
お前たちの力は無理矢理与えられたもので、とても歪だ。
だが使いこなすことができれば、必ずお前たちのタメになる。
その時になってもまだ俺に恩を返したいと思っていたなら、こき使ってやるから覚悟しておけ」
ニヤリと男くさい笑みを浮かべ、少女はそのまま夜の闇の中へと消えていった。
二人はそれからしばらくの間、少女の消えた方角を見つめ続けていたが、グゥとお腹の鳴る音がして、用意された食料に手を伸ばす。
「…しっかり食べて、生き残ろう。そして強くなろう。」
「うん。ウチも、強くなる。強くなって、あの子と一緒にいたい。
ウチに『マーチ』って名前をくれた、あの子の役に立ちたい」
「そうだな。俺もそう思う。一緒に頑張ろうな、マーチ」
「頑張ろう、エン」
仮名として付けられた名前だったが、この日を持って命よりも大事なものとして、子供たちの胸に刻みこまれたのだった。
その後の彼らが思わぬ戦力となって少女の重要な手足となることを、この時点で少女は予想していなかった。