004~パパ、始めました~ ※カーノス視点
私には6人の子供が居る。
4人は無理矢理妻に迎えることになった貴族の娘との間に出来た子。
2人は、生涯で最も愛した女性の子、ユノスとリノアだ。
私がユノスたちを発見できた時には、あと一歩及ばず愛する女を救うことができなかった。
私はいつもいつも、大事な時に手が出せず、大事なものを失う人生を歩んできた。
だからこそ、ユノスとリノアだけは何としてでも守ろうと心に誓ったのだ。
それはそうと、ユノスは街で平民として生きてきた割には、とても賢い子供だった。
とても5歳とは思えないその聡明さに私は舌を巻く思いだったが、同時に、妹を守るために賢くあらねばならなかったのでは、という予想を立てて何とも言い難い気持ちになる。
私の愛した女性は、見目も確かに美しかったが、それ以上にその優しさが魅力であった。
そんな彼女が、こんな年端もいかない我が子を虐待していたなんて、にわかには信じられなかったものだ。
しかし真実は残酷であり、そんな状況に追い込んだのも、全ては私の落ち度が原因だった。
ユノスとリノアには、二度とそんな不幸に見舞われて欲しくない。
私にこんなことを想う権利は無いかもしれないが、あの子たちにはこれから沢山の幸せが訪れるよう、祈らずにはいられなかった。
ユノスの賢さは大人顔向けで、私と家族になることを条件付きで了承してくれた後は、きびきびと旅の準備をし始めた。
持っていくものは最低限にし、自分たちが小遣い稼ぎで行っていた商いの手伝いを引き継げる子供を探し、手伝い先の主人にその子供を紹介し、ついでに周辺へ挨拶回り。
その際今まで母親が細々と迷惑をかけたことを謝罪するために、ちょっとした手土産(これは私が支払いを担ったが、私としては大した金額ではないし、当たり前だと思っている)を用意する。
これだけのことを5歳児がたった一人で考えて行動に起こすのだから、唖然とするしかなかった。
だからなのか、ユノスが顔を見せると街の住民はこぞって笑顔で出迎え、そして心配をしてくれていた。
リノアが教会に引きこもって顔を見せなくても、嫌な顔をせず、むしろ「仕方ないことだ。今までよく頑張った」と励ます言葉を贈る人が大半だった。
そして父親と紹介された私を睨み付け、「いかに貴族様と言っても、ユノスとリノアを悲しませるようなことは許さないよ」と牽制してくる者まで居て、思わず苦笑いをしてしまった。
ユノスのあまりの賢さに対してよそよそしい態度を取る者も少しは居たようだが、少なくとも住んでいた地域の人たちはユノスにとても好意的だった。
ユノスが普段からどれだけ周囲に気を配っていたか、そしてそのおかげで子供ながらにどれだけたくさんの人に慕われているかが分かる出来事だった。
最初こそ見た目で姉妹だと勘違いしていたが、ユノスは男の子。
つまりグレンダール家の後継ぎ候補となる。
家に帰れば3人の後継ぎ候補が居るのだが、あの子たちにはグレンダール特有の赤髪が表れていない。
個人差があるのでいつかは現れるかもしれないが、あの女のことだ、全員が私と血が繋がっていない可能性も否定できない。
その点ユノスはしっかりと赤髪になっているし、子供ながらにこの聡明さ。
人に気を配ることのできる性格。領主としては最適の人材だろう。
それに、恐らくだがユノスは戦闘面でも強くなれると考えている。
私自身が常日ごろから剣術の稽古をしているので、体の使い方で相手がどの程度の強さなのか、少しだが把握できる。
そんな私から見てユノスの体捌きはなかなかのモノだと思う。
それが母親から身を守るために得た技術なのでは、と考えると気持ちが沈むのだが。
兎に角、ユノスはグレンダール家を背負って立つにふさわしい存在なのだ。
だが、それをユノスは望んでいない。
ユノスはあくまでリノアの幸せを望んでいて、そのためグレンダール家に縛られることを拒んだ。
私としては特に文句もないので、その条件は全て受け入れた。
周りが認めないかもしれないが、要はユノスが男だとバレなければ良いのだ。
ユノスは有能だが、後継ぎは基本的に男の務め。
ならば無理矢理どうこうすることは無いだろう。
男に怯えるリノアのために、ユノスは普段から女装をし、女として振る舞っているので、ごまかすのは簡単だと思う。まぁ、口調は男のまんまなのだが……
もしユノスが男として生きると決め、グレンダール家に興味を持ってくれるなら、それはそれで喜んで受け入れよう。
その時までに、家にいる4人の子供についてはっきりさせておかないといけないな。
あぁ、早く領地に付かないだろうか。
屋敷に帰るまでに、早馬を出してライガスに子供たちの住む場所を用意してもらうように頼まないと。
まずは別館を掃除して、防犯対策をして、信頼できる部下を配置して、それから、それから……
ユノスとリノアと共に、馬車でゆっくりと移動する間。男性恐怖症のリノアが居るため会話はごく最低限なものだったので、私は帰ってからの事に対してアレコレと思いを馳せる。
リノアの距離感には寂しいものを感じるが、同じ馬車の中に居るだけでも奇跡なのだ。その幸福を噛みしめなければ。
この二人が笑顔で過ごせる家を作ろう。いや、作ってみせる。
そんな使命感を持ちつつ、外を眺めてはキラキラと目を輝かせるリノアと、それを微笑ましそうに見つめるユノスを見て、
数年ぶりのじんわりとした暖かな熱を、胸の中に密かに感じたのだった。