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永遠の青い春

作者: 村崎羯諦

 彼女の名前を呼ぶ。彼女が背中で手を組んだまま私のほうへ振り返り、美しい亜麻色の長髪がその動きにつられてたなびいた。春の陽光を反射して瞬く砂浜の白い光の中で、彼女は照れくさそうに微笑みを浮かべた。寄せては返す白波の泡立ちが足元で儚く立ち消えていく中、私はゆっくりと彼女のもとへと歩み寄り、彼女の折れてしまいそうなほどに華奢な腰に手を回した。彼女はくすぐったそうに声をあげ、目にかかった前髪を手でよける。前髪に隠れていた彼女の右の瞳はしっとりと濡れ、その上からは長く黒いまつげが覆いかぶさっていた。

 

 私は彼女の頬に右手をあてた。若々しい肌は染み一つなく、白く透き通っていた。彼女は私の二の腕へと手を伸ばし、隆起した筋肉のでこぼこに沿って指先を這わせる。私はたまらなくなって、彼女を力強く抱き寄せ、唇を重ねようとした。しかし、彼女は私の身体を押し返し、下からのぞき込むように私の目をじっと見つめた。


「捕まえてみて」


 情けない表情を浮かべていた私に、彼女はそうささやいた。そして、まどろみに沈む夢のようにするりと私の腕を抜け出すと、背中を向け、波打ち際を走り始めた。


 私は煽られるままに彼女を追いかけた。時折砂浜に足を取られながらも、身体は羽のように軽く、心ははち切れんばかりんの歓喜と幸福で満たされていた。陸へと吹き上がる風が海面に風紋を浮かび上がらせ、遠くからはカモメの鳴き声が聞こえる。私は右手を伸ばし、彼女の腕を捕まえる。彼女は大げさに笑いながら地面へと倒れこむと、私の手を両腕でつかんだまま自分のほうへと引き寄せた。


 私は彼女の上に覆いかぶさるように倒れ込んだ。膝と両手が浅く砂の中に埋まる。私達はその状態のまま熱く見つめあう。彼女の頬は紅潮し、熱い吐息が口から漏れ出していた。彼女が私の顔を両手でつかみ、そのまま自分のほうへと引き寄せる。私は流されるまま顔を近づけ、そのまま長い口づけを交わした。世界が二人だけのために呼吸を止めた。そう思えるほどに、それは情熱的な口づけだった。


 私たちは口を離し、もう一度口づけをする。呼吸する時間さえ惜しむように私たちは何度も何度も口づけを交わした。私は彼女の横へと倒れこみ、砂浜の上で彼女の身体を壊れるほどに強く抱きしめた。彼女の手が私の腰へ伸び、彼女の細く美しい脚は私の両足ともつれあう。絡まった糸くずのように私たちは身体と身体を密着させ、抱き合った。私は劣情に突き動かされるままに、彼女の首元へと唇を合わせた。彼女は甘い喘ぎ声を発しながらも、私の顔を強く押し返し、先ほどど同じように私の目をじっと見つめ返した。


「もう時間だから……」


 私はもう少しだけと彼女に迫った。しかし、彼女はそれでも小さく首を横に振り、私の右ほおへ手を当てた。


「夕飯の支度をしないと」


 またあとで、私は彼女とそう言葉を交わし、もう一度口づけを交わした。そして私たちは見つめあいながら、それぞれの右のこめかみに人差し指をあて、そこを強く押下した。



***



 私がVRゴーグルを頭から外すと視界に見慣れたリビングの光景が飛び込んできた。それと同時に鉄球のような重みをもった疲労感が私の身体を襲い掛かった。私は腕を上に伸ばすと腰のあたりに鈍い痛みが走り、顔をしかめてしまう。


 横の椅子へ視線を向けると、隣に座っていた妻はとっくにVRゴーグルを外しており、肥えた体躯を引きづりながらキッチンへと歩いてく途中だった。私は立ち上がり、腰に手をあてながら食卓の椅子へと腰かけた。しばらくすると、コンビニの総菜を皿に移しただけの料理を持って妻が現れた。妻はシワと染みが目立つ手で食卓に料理を並べていく。それらを並べ終わるとそのまま向かいの椅子に腰かけた。


 私たちはそれぞれのタイミングで箸を手に取り、食器をもつ。そして。私たちは目を合わせることもなく、ただ黙々と目の前の食事を食べ始めた。

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