5話 ハル
『‥‥‥思考領域を6つ確認。《解析者》の最適化、開始‥‥‥』
『《悪魔の頭脳》のバックアップを確認。思考領域の拡張領域を確認したため。単一の思考領域による《解析者》の定義の可否を検証中‥‥‥、可能。単一の思考領域を占有し、《解析者》の最適化作業開始‥‥‥』
薄れた意識の中、何か機械音声のような、男の声が聞こえてきた。
だが、昔によく聞いた覚えがあるような、懐かしい声だ。安心感すら覚える。
あたりは暗く、視界に何かもやがかかったようになっていて、よくわからない状況だ。
自分自身まどろみの中にいるようだ。
『思考領域のうち200%を《解析者》として最適化開始‥‥‥完了。残りの思考領域の400%を使用し、サブシステムの定義の可否を検証中‥‥‥可能。サブシステム《思考障壁》、《演算機》、《図書館》を構築中‥‥‥‥。完了』
『最適化作業開始‥‥‥‥記憶のインポートを開始‥‥‥‥一部の記憶の欠落を確認。記憶の復元開始‥‥‥‥不可。一部の記憶を除き、記憶を《図書館》へインストール‥‥‥‥成功。《思考障壁》による《図書館》の保護開始』
『サブシステムの統合化による最適化の検証中‥‥‥‥。統合化による《解析者》のアップグレード可能。《思考障壁》、《演算機》、《図書館》の統合開始‥‥‥‥完了。《解析者》のアップグレード開始‥‥‥‥。完了。アップグレードにより《解析者》を《賢者》と再定義。使用者との思考リンク開始‥‥‥‥』
途端に視界が明るくなり、霧が晴れるように意識がクリアになっていった。
辺りは眩しいくらいにあかるくなっていく。眩しすぎて、周りに何も見えない。真っ白な空間だ。
不思議な感覚だ。昔懐かしい相棒に久しぶりに会えたかのような、安心感を俺は感じていた。
「おはよう。《解析者》‥‥‥‥だったか? 話を聞いていると、少し違うようにも聞こえたんだが」
『おはようございます。マスター。おっしゃる通りです。私は自らを確率する段階において、主をより効率よくサポートするため、《解析者》ではなく《賢者》と定義しました。これからはマギとお呼びください』
「わかった。ではマギ、一つお願いを頼みたい。俺に名前をつけて欲しい。自分に関する記憶が奪われてしまっていて、不便なんだ」
『了解です。人は名前を付ける際、願いと祈りを名前に込めると言います。『願い』と『祈り』に該当するワードを《図書館》から検索‥‥‥‥完了。検索したワードから、現存する記憶におけるマスターとの関連性の高い順にワードをソート‥‥‥‥完了しました。名前候補として、『ハル』と提案しますが、こちらの名前でよろしいですか?』
「ああ! いい名前だ!! 俺の名前はハルだ。これから宜しく頼むぞ。マギ」
するとその瞬間、全身がまばゆい光に包まれた。
「おーい! 大丈夫?」
視界に光が戻ってくる。意識が覚醒していく感覚がわかる。
身体は前と同じ霊体だ。どす黒いもやもやの煙のような身体が俺の身体。
不安がっているルゥが、俺の身体に触れつつ、何度も問いかけてくれていたようだ。
俺は、《解析者》を習得しようとして意識を失っていたようだな。
ルゥへ大丈夫の意思を込めて、もやもやの身体で手を形作り、親指を立てるジェスチャーをしてみた。咄嗟に作ってみたが、なかなかいいなこれ。身体が不定形なので、いろんな形を形作れるぞ。極めれば文字のような複雑な形でも身体で作れるかもしれない。
ルゥは俺の身体を張ったジェスチャーを見ると、右手を口にあて、少女らしい可愛らしい顔でクスッと笑った。こいつ、普通にしていたらとても可愛いのにな。
「ほんと心配したよ〜! 急に黙りこくっちゃうんだから。スキル定着時に意識喪失することはあるって聞いてたけど、側から見ると、なかなか焦る光景だったね!」
「あぁ、悪かった。《解析者》を取得した瞬間に気を失ってな。どのくらいの時間、ぼーっとしてたんだ? 俺は」
「う〜ん。時間は10分くらいかな? 急に黙りこくっちゃってね。身体もずっと丸い煙の塊のままで、呼びかけても反応ないし、心配しちゃったよ〜!」
10分か、時間としては大したことない時間だが、戦闘中のような1秒を争うタイミングでは致命的だな。
スキルによっては、意識を喪失させて、スキルを定着させるような手順が必要になってくるものもあるようだ。
スキルの取得は、自分の安全が確保できる場所で行ったほうが良さそうだな。
「で、どうだった? 《解析者》を取得してみた感想は」
「不思議な感覚だ。昔からの相棒にもう一度出会えたような気分だよ。ただ《解析者》とは微妙に違うみたいだ。マギって名前らしい。あと俺はハルってことになった」
「そう、ハルか‥‥‥‥うん、いい名前じゃん。よろしくね。ハル!」
「おう、改めてよろしくな!」
ルゥは、目を凝らして俺をみつめた。どうやら、俺のステータスを《解析者》を通じて調べているようだな。
すると視界にメッセージが現れる。ルゥの横に緑色の文字が現れ、表示された。‥‥‥‥『対象からステータスを探られています』というメッセージだ。
視界にこういった情報がリアルタイムで反映されるのは便利だな。ゲームの画面のように、必要な情報が反映されるということだ。これも《賢者》のバックアップのおかげだろう。
「まぁ《解析者》は自分自身の経験、知識、性格を元に生み出されるスキルだからね。自分の半身みたいなものだから、そういった親近感を感じるのは至極真っ当な話だだと思うよ。名実ともに心の相棒になるのは間違いない!!
‥‥‥‥正式名称は《賢者》ね。拡張された思考領域に設定されたサブシステムを取り込んで改良された《解析者》の上位スキル‥‥‥‥ほう、初めてみるスキルだよ、興味がつきませんなぁ〜!」
ルゥは《賢者》に興味津々のようだ。目をキラキラさせながら、《解析者》を使って調べさせている。
「とりあえず《解析者》と基本は同じみたいだから、常時隠密調査にして、調査範囲を最大に設定してみよ〜! これなら《賢者》が自動で周囲の調査をやってくれるから、周囲の安全確保に加えて、知識が自動で増えていくし、『調査』が成功するたびに経験値ももらえる。
隠密調査なのは、もし相手に調査が感知された場合に、いらないトラブルを避けるため。相手のスキル構成によっては『隠密調査』でもバレちゃうタイミングもあるかもしれないけど、まぁほとんど大丈夫だとおもうよ〜!」
「オッケー! 《賢者》。常時隠密調査開始、行けるか?」
『今私からも同様の提案を行うところでした。了解です。常時隠密調査を開始いたします』
《賢者》が隠密調査を開始すると、視界の下にいくつかのアイコンが現れ、メッセージやいくつもの数値が表示された。ルゥにも円形のリングが表示されていて、意識を向けるとルゥのステータスが表示される‥‥‥‥なかなか便利だ。
これは、HUDに似ているな。《賢者》が調査した情報が、視覚にダイレクトに表示されるというわけだ。
視界に表示される情報も、半透明の緑色で表示されるので、表示されることで返って見辛いということはない。自体もゴシック体に近いフォントで、俺の見慣れた文字だ。とても見やすい。
ルゥの時のフォントはいかにもという感じのおどろおどろしい自体だったから、この辺の表示は使用者の好みが反映されるんだろう。
表示されるデータは、俺の意識に合わせて内容が変わるようだ、例えば、ステータスが知りたいと思えば、HPやMPが表示されるし、詳しい情報が知りたい時は、名前やスキルなどが表示されるようだ。
『調査結果は《図書館》へ保存し、マスターの視界へ情報を反映します。調査対象は”範囲の全て”とし、視界へ反映される調査結果は”生物””魔法生物””マジックアイテム”のみとします。
この条件であれば、余計な情報で視界が埋め尽くされるようなことはないハズです。変更がありましたら、いつでも申しつけください。マスター』
いいよいいよ〜マギさん十二分の働きですわ。余計な情報が多すぎても煩わしいしな。
時と場合に合わせて表示を変える場合もあるかもしれないが、今はこの初期設定で十分すぎるくらいだな。
《隠密調査》が楽しくなって、ルゥのステータスやらスキルの詳細をどんどん見てしまう俺。詳細から詳細に飛べるし、わからない語句が出てきたらそこからその語句の詳細にジャンプできる。《図書館》の恩恵を受けているからだろうか、ウィキを回っているようでなかなか興味深い。
げ‥‥‥‥『祝福されし母胎』ってユニークスキルがあるわ。あらゆる生物と交配可能、産まれた子供に種族値ボーナス+2がつくスキルのようだ。このスキルで世界滅ぼしかけたんですね、ルゥさん。
「も〜ハルはエッチだなぁ。早速乙女の秘密を赤裸々にしようとするとは‥‥‥‥!」
「興味深い語句がいろいろ出てくるもんで、うん、すいません」
まぁ調査しろって言ったのはルゥのほうだしな。にしてもコイツ、かなりステータス高いな‥‥‥‥レベル差もすごいけど、ステータスだけで100倍近く差がある気がするんだが。
HPもMPも100万を越えている。こりゃ叶いませんわ。
あれよくみるとLPが全然ないな。残り10を切っている。
「そういえばルゥ、お前ライフポイント切れかけてるけど、どうしたんだ?」
「あーこれ? 寿命近いからじゃない? 私もうあと数時間の命だしね」
「えっ?」
えええええええ〜〜〜〜っ!?