出会い
ふわっと何かに撫でられたような気がして、俺の意識がゆっくり浮かんでくる。昨日窓開けっぱなしにしたまま眠っちまったっけ?なんて思いながら目を開けようとして開けられないことに気付く。やばい、どうなってるんだと思ったところで意識を失う前にあった出来事を思い出した。そうだ俺は包丁を持った男に刺されたんだった、じゃあここは病院で俺は出血のせいで後遺症が残ったとかか?そう考えるとぞっとした。なぜなら、俺は今、ベッドに寝ている感覚が全くせずに水の中に浮かんでいるような感じしかしないからだ。どうしよう全身に障害が残ったのかと思いつつ、身体を動かそうとしたら身体が動いたような感覚がして、ぞわっと何かにが俺の身体を撫でた。……は?
その後、色々試してみると俺は何かよく分からない不定形の生物に成ったみたいだった。前に読んだスライムに転生した小説の主人公の気持ちがわかったような気がした。自分のどこからどこまでが頭でここからが手足なんて感覚は一切なかった。初めのうちは全身が満遍なく頭であり、胴体であり、手足であるという奇妙な感覚にかなり戸惑ったがしばらくするとその感覚にも慣れてきた。それに俺には睡眠欲もないようでどれだけ動いても全く眠くならなかった。
そうしていると、気付いたんだが俺は目は確かに見えないんだが、周りの状況は確認できるようだ。人間のどの五感とも違ったので最初は分からなかったが、この生物特有の感覚があって全身で世界を感じるようなふしぎな感覚だ。それのおかげで今なら周りの様子がわかるようになった。
周りの状況を自分の中で整理してみると、ここら一帯はかなり特殊な場所のように思える。まず、重力がない。浮かんでる感じがしたのは本当にふよふよと幽霊みたいに浮かんでいるせいらしかった。次に重力はないのに物質はあるみたいで身体を動かすと水の中で手を動かしたような感覚がする。この物質もなんか変な物みたいで水みたいな感触がするのに掴もうと思ったら掴めるみたいだ。いや、この場合俺の身体が特殊なのかな?
身体を動かしたり、周りを掴んだりしていると周りの物質が少し震えているのがわかった。ある方向からの振動が伝わっているみたいで転生してから初めての出来事だったのでそっちの方に行ってみたいと思いながら身体を動かすとずるりとした動きで移動できた。移動できることに驚きながら何かが動いている方に向かって身体を進ませて行くと、俺と同じような不定形の生物が身体を伸ばしたり引っ込めたりしていた。そいつをしばらく観察していたら突然、強く周りが震えだして、俺や目の間に居た個体より遥かに大きく色合いもはっきりしている不定形生物が現れて目の前にいた俺と同じくらいの大きさの同族に襲い掛かった。一瞬で目の前にいた同族は新しく現れた大きな生物に吸収されてしまった。俺は恐怖で逃げ出しそうになるのを必死で堪えてその大きな生物がどこかへ行くまで気配を感じさせないようにじっとその場から動かずにいた。幸い、奴は近くにいた俺には気付かなかったようで現れた時と同じようにどこかに去って行った。俺は安堵のあまり震えそうになるのを我慢してゆっくりとその場から離れていった。
最初に同族たちに出会ってから、俺の感覚で二週間程度たった。二週間といってもここは日が出たりもしないし俺も眠くなったりしないのでかなり適当なんだが。
その間、俺は誰にもに合わないように気を付けながら素早くかつ周りに気づかれないように移動する方法を考えて練習してきた。コツは、できるだけ身体を引き延ばして紐みたいに細長くして周りの物質かき分ける量を減らすように移動すること。この形を維持したまま移動すると、普通に移動するより早さが出せるし周りにも影響を与えにくい。俺は練習の末(といっても二週間程度だが)この移動方法を体得した。よし、じゃあそろそろ探検といきますか。
探検した結果、いくつか分かったことがあった。
まず第一にこの空間には俺の同族しか生物はいないようだった。少なくとも俺は同族以外の生物を一度も見ていない。あの大きく色合いも違う不定形生物もどうやら俺の同族らしい。一度俺より少し大きな二体同族が争っているのを見たとき片方がもう片方を吸収したときに身体が僅かに大きくなり色合いも濃くなったからだ。この色合いというのは人間でいうところの顔みたいなものでそれぞれの個体で違うものみたいだ。ただ、俺のような小さな個体はその色合いが全然出ていなくて大きくなるにつれて色合いも濃くなっていた。
次に俺の同族たちは基本的に大きく色合いが濃い方が素早く動けて知能も高いらしい。俺と同じくらいの大きさの同族は基本的にその場から動こうとせずに身体を揺らしているだけなのにそれなりの大きさを持つ個体はちゃんと考えて行動しているように見えた。例えば、小さな個体が何匹か集まっている所にそれより大きな個体が襲い掛かって来た時逃げる速さが早い方から順に仕留めていった個体がいた。
後、俺の速さはかなり速いらしい一度大きめの個体に見つかった時に全力で逃げたらあっという間に相手を引き離すことができたからだ。逃げられることを知った俺はさらに大胆に周りを探検し始めた。
そして、あいつに出会った。
ある時、少し遠くの方で大きめの個体どうしが争っているのを感じて俺はいつものように見に行ってみた。俺は見つからないように、おお、これはかなり大きい奴らだなぁと高みの見物を決め込んでいた。片方の個体は手数が多くてもう片方は一発一発が重い攻撃を繰り出していて、徐々に手数が多い方が追い詰められていた。手数が多い方はいったん距離を取って襲い掛かろうとしたが、相手に強烈なカウンターをくらわされ、ふらふらになってしまった。そんな隙を見逃すはずがなく相手が吸収しようとした瞬間、
ゴ!!!!
っと衝撃が襲ってきて、その二体がいた空間がごっそりえぐり取られた。
俺が状況を呑み込めずにいると、
「うるさい」
と一人の人間の少女の姿をした何者かかが現れた。その少女が現れた瞬間世界が震え始めて俺は死を確信した。しかし、少女は俺の方をちらっと見ただけで別の方向に身体を向けた。少女がどこかに行ってしまう寸前
俺はとっさに、
「待ってくれ!!」
と声を掛けてしまった。すると少女はぴくんと身体を止め俺の方を興味深そうに見てきた。
「お前、話せるのか?」
とその少女が俺に向かってそう問いかけてきた。
俺は一瞬詰まってしまうと、少女が
「話せるかどうか聞いているんだ」
と語気を強めて問い詰めて来たので、
「…っ!ああ。えっと…、これでいいのか」
意を決して少女に答えた。
「ほお、本当に話せるのか。」
少女は俺のすぐ近くまで寄ってきて
「ふむ。どうやらその姿が本当の姿らしいな。……よし、少し話を聞かせてもらおう」
少女の身体から俺の身体と同じような不定形のモヤが出できて、俺の身体を完全に包み込んだ。モヤの量が多すぎて俺は逃げることもできずにあっという間にとらえられてしまった。
「おい!何をする気だ!」
俺が焦って声を荒げながら聞くと
「なに、少し場所を変えるだけだ。ここでは話の途中で邪魔が入るかもしてないだろう?それは面倒だからな」
少女はそう答えると、俺の返事も待たずに来た時と同じようなとんでもない速さで俺を連れて移動しだした。