表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

階上を回る

作者: 炉谷義露

 私が児童であった頃、当時は父も居た。今は二人の妹も長姉しか居ず、母と弟を含めた五人の家族であった。

 家族は古い集合住宅の一室、一階の向かって左端に住んで居た。年季が入った其の住宅は立て付けが悪く、寒風や昆虫の出入りを自在に為て居た。衝撃を加えれば開錠為れる玄関の扉が、幼い私の不安を煽り立てた。其処で五人、円満とは云い得ぬが暮らして居た。

 家族の階上に母子が住んで居た。眼鏡を掛けた母親と、少年より幼い男児の二人であった。

 階上の母子とは確執も無く、顔を合わせれば会釈は為るが、歓談を為るか為ぬか、良くも悪くも純然たる隣人に過ぎなかった。

 其の母子は軈て転居為た。其の様子は特別、覚えに無い。

 其れからである、階上を駆け回る足音が聞こえ始めたのは。

 何時、誰が其の存在を知ったか、其れは定かでは無い。誰とも無く、誰かが言った。

 五人が居室で食事を為て居ると、階上から足音が聞こえる。幼い子供の足音よりも軽い其の音が、階上の居室を回って居る。保たれた速度と定まった円周を回り続ける。

 五人は其れを認め乍ら、其れを確かめる事も無く、寝室へ向かった。

 然う為ると、階上の足音が寝室の上へ付いて来る。確かに彼の足音は居室から寝室へ、走って付いて来た。其処で再び円を描いて走り回るのである。

 電燈を落とした宵闇の中、在り得ぬ程に軽量な足音が、古い空室の中を延々と回り続ける。

 毎日では無いが、五人は足音を確かに聞き続けた。

 彼れは何者であったろうか。

 幼い私は興味に負け、或る昼間に階上へ向かった。静かに把手を握ると、扉は抵抗も無く開かれる。

 玄関から見遣った室内には薄く塵埃が積もる許りであった。

 私が憶えて居る事は其れと、知らずに投函為れたであろう広告が玄関に落ちて在った事、其れ許りである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 私の義理の母親の家は築八十年で、相当痛んでおります。五年程前ぐらいですか、鼠がいると大騒ぎになり、天井裏を走り回る鼠の音に、背筋を寒くしたものです。 母子が転居してから聞こえだした音はいっ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ