第12話 叶えた夢。幸せを運んだ鳥は飛び立つ
涙回。感動系とか実は苦手で、ゆるふわファンタジーで百合なお話が大好きです。
穏やかな日々が続いた。毎日、温かいご飯も食べられて、本を読んで、お庭の手入れをして、それでとにかくのんびりした生活ができていた。
ここにずっといたいと思った。けれど、頭の中でよぎる人がいるのだ。帰らなければいけないと感じた。
私は、フリッツから地下へ続く鍵を受け取った日から、鞄の中に本を詰め込むことも日課になっていた。
詰め込んだものは、ゴーグルを装着し、メニュー画面を開いて整頓したらできた。
不死者のゴーグルなのか、不死者の秘法なのかわからないが、異世界クオリティのおかげで、日本とは別な意味で便利な部分があると感じた。
「これで……最後」
本棚に収められていた最後の本を、鞄の中に入れた。フリッツの持っていた本は、大量にあり膨大な知識がため込まれていた。
どうやって入手したのか気になって、尋ねたら今東西の品を集める商人から買い寄せたらしい。
それを聞いて、私は貪る商人を思い出した。不死者になる前は、フリッツと何かしらのかかわりがあったのではと思った。
「……」
長い階段を上り、地上へと戻る。
「おかえり、今日ははやかったですね」
エリザベードが出迎えてくれた。
「本をすべて、鞄の中に入れ終わったんだ」
「そう、それで今日はどうする?」
「……お庭の手入れは?」
「掃除がもうすぐで終わるから、そのあとでいいかしら」
「……わかった。私は庭の手入れの道具を用意する」
私はそう言って、鞄を部屋に置いてから、物置から庭の手入れに必要な道具を用意して外へ出る。
エリザベードも掃除が終わったのか、私が庭に付いたのと同時に、すぐにやって来た。
私は水を汲んで、じょうろを使って水やりをした。いつも通り、いつも通りの日常だと思いながら、エリザベードとの時が過ぎていく。
「コウノトリ、あなたは私に多くの幸せをくれました。だから、あなたの幸せを探してほしいの」
私はそう言って、動きが止まる。
「……私は」
エリザベードは、人差し指を私の口元に当てた。それが原因で、黙ってしまう。
「言わなくてもわかるわ。例え……それが偽りでも……あなたの母なのですから」
私は偽りと言われて、体がふわふわした言い知れぬ不安を覚えた。
「まじめなお話、聞いてくれる」
「はい……」
「私は、本当はフリッツと結ばれることはなかったの。でも、ある日を境に人が狂ってしまった。でも、私とフリッツは普通で、ここに住むことにしたの。それから、幸せだった。けれど、子どもは生まれなかったの。家族という幸せを得ることはできなかった。でも、それをあなたが運んでくれた。私たちの願いは叶ったの。もう、これ以上は望まない。もう、私とフリッツの命は大地に帰るべきだと思うの。次の幸せの人の為に……あなたの幸せのために」
「……」
私は下を向いた。私に幸せになる価値はあるのだろうか。ただ、ここにいて、静かに暮らせば、ささやかな幸せを得られるのではないかと思った。
エリザベードは私の手を握った。
「あなたがいるべき場所ではないわ。それをわかってくれるかしら」
「……うん」
エリザベードは私の手を握った。
「よかった。今日は、おいしいものを食べましょう。それで、明日の朝に笑顔で送りだしたいの。いいかしら」
「うん」
私は頷いた。そして、ささやかな幸せを忘れたくないと思った。そのあとは、いつも通りのかわらない穏やかな時間がすぎた。
けれど、夜のごはんはちょっとだけ、豪華でケーキをエリザベートさんが焼いてくれた。
私も手伝おうとしたが、いいところを見せたいと、エリザベートとフリッツが作ると言って手伝わせてくれなかった。
2人が作ったケーキはおいしかった。甘くて、優しい味がする。
「コウノトリ、はい、プレゼント」
綺麗に包装された箱をエリザベートは私に差し出した。
「これは……」
「開けてみて」
布で放送されたのを丁寧に外して、箱の中を開けた。
中には、紅茶セットが入っていた。ここで使っていたものだ。
「これ、大切なもの」
「いいの。私とフリッツには必要のないものだから。これは、私の家が、この家に代々仕えた時からあったもの。落としても壊れない不思議な道具なの。きっと、あなたの旅に大きな支えになるはず。茶葉も入れてあるからね」
「ありがとうございます」
私は丁寧に箱に紅茶セットを戻して言った。
「フリッツも、本……ありがとう」
「気にしないでくれ。僕と妻のエリザベートは君の幸せを願っている。生きてほしい。それが僕と妻の生きた証だからね」
「……わかったよ。もう少しだけ頑張ってみるよ」
「ほらほら、こんな暗くならいで、ケーキを食べましょう」
エリザベードは、いつまでも優しい笑みを崩さずに言った。私よりも長く生きているからなのかもしれない。
ご飯を食べ終えた後は、私は鞄の中にエリザベードさんからもらった紅茶セットを鞄の中に入れた。
ベッドの上で横になりながら、私は朝が来てほしくないと思ってしまった。
「……」
私は布団をぎゅっと掴んだ。それは、あの2人を裏切ってしまう。私は目を閉じた。怖い景色は見えない。ただ、幸せだった日々だけが見えた。
次の日。私は武器の確認をした。久しぶりにする。今日から、あの場所に戻るのだ。準備は必要だ。
「おはよう。旅の準備をしていたのね」
「うん」
武器の確認を終え、久しぶりに日本で着ていた服を着た。これを着ると戦うという感じがする。
「普段着に、持っていくといいわ」
エリザベードは私に、普段着を手渡してくれた。食べ物は、不死者の水があるので問題ない。
ここでの最後の朝食を終えると、玄関までエリザベードとフリッツが送ってくれた。
「気を付けてね」
エリザベードは私を抱きしめた。
「幸せになってくれ」
フリッツは穏やかな顔をして言った。
「生きるよ……。でも、2人はどうするの?」
私の問いかけに、さびしげな表情を見せた。
嫌な予感がした。
「私たちは、自分の意思では消えることができないの。幾度となくおわらそうとしたけれど、無理だった。でも、あなたに酷なことはさせたくない。だから、最後に家と共に火を放って消えるわ」
私はそれを聞いて、別の方法があると思った。
「……ごめんなさい。最後のわがままかもしれないわね」
「なら、私が火を放つよ。お母さん、お父さん」
私は左手に灯した火を見せた。
「……ありがとう。これで、本当にお別れね」
私はエリザベードとフリッツから距離を取った。
「さようなら」
私はそう言って、悪魔の巫女から貰った火を使って、家に火を放った。
ぱちぱちと音を立てて燃える。
私は背を向けて歩き出した。
私は2人が気になって、後ろに背を向ける。
「……」
エリザベードは私に手を振っていた。フリッツは、エリザベードはを抱きしめながら、優しい顔で私を見ていた。
私は手を振って背を歩き出した。それと同時に、屋根が崩れ落ちて、2人の姿が見えなくなった。
「……行こう」
私は自分に呟いて歩き出した。焚火のある場所へと歩き出した。焚火の前に来た時、私は思い出という永遠を手に入れた夫婦の魂を手に入れた。
―――
思い出という永遠を手に入れた夫婦の魂
2人も悪魔の使者であるが、強い力はない。長い時間の中で、手に入れた本当の幸せ。思い出という永遠の中に生きる魂。たとえ、大地に帰ろうとも何人たりとも、2人の幸せを壊すことはできない。
今まで、叶えることできなかった夢の先に生まれた魂。
―――
今まで手に入れた魂と比べて、美しさがあった。でも、私はそれを使おうとは思えなかった。
「戻ろう」
私はそう言うと、焚火の前で祈った。視界が塗り替わる。久しぶりに戻って来た悪魔を繋ぎとめる神殿。
「おかえりなさい」
悪魔の巫女は私を見るなり、綺麗な声で言った。
「……ただいま」
私には、まだ帰る場所があった。悪魔の巫女の前まで来て、私は彼女を抱きしめたい衝動に駆られた。
でも、しなかった。
それよりも……あの2人を忘れなたくないと強く私は思うのだった。
腐れ谷は終わりです。