第11話 時には安らぎを……。壊れた心にも安らぎを
ファンタジーに出てくる主人公のメンタルの強さはすごいと思います。
目が覚めると……エリザベードはいなかった。ベッドから抜け出して、階段を下りていくと、男が本を読んでいた。
「……起きたんだね。調子はどうだい?」
私は自分の手を見て考えた。両手が動く、私は男に向かって
「大丈夫です」
と答えた。
「そうか、それから……えっと……」
私の名前を言おうとして悩んだのだろう。
「鸛だ」
「コウノトリだったね。ははは、娘の名前を忘れるなんて」
「気にしてない……私も、わからない」
「そうか。フリッツだよ。、一緒にいた時間が少ないから仕方がないね」
「そう……ですね。お父さん」
私はちらりと、フリッツが読む本を見た。
「気になるかい?」
「いろいろと知らないこと多いから」
フリッツは私に本を渡してくれた。
「わくわくする物語が書かれている。お互い愛し合っていたお姫様が、悪い魔物に連れ去られて、王子様が助けに行くお話が読めるよ」
本を受け取って、中を見る。字を読むことができなかった。絵も描かれているが、すべてのページに絵が描かれているわけでないので、絵だけで物語を理解するのは難しい」
「……すみません。読めません」
「コウノトリは、字の勉強をしてなかったね。僕が教えてあげるよ」
そう言うと、絵本を持ってきて私に字を教えてくれた。
「字は、言葉という思いを形にする技術だ。それを扱う者には責任が伴う」
この世界では、すべての人が文字を理解することはできないのだろう。だから、それを覚える人は、人の上に立つ者に限られる。多くの命を預かるものとして……学ぶということなのかもしれない。
私はフリッツの行為に甘えた。今まで戦いだけで、娯楽に飢えていたのかもしれない。私にとっては幸せな時間だった。あと、興味あることだったのもあるのだと思う。
ただ、私は暗記することが苦手だ。何度もフリッツに聞きながら絵本を読み進める。
フリッツは何も言わずに、答えてくれた。だから、私は安心して文字を学習することができた。
故郷では同じことを言わせるなと、何度も怒られた。1度読んだ本の内容は覚える力はあっても、名称を覚えることができなかった。もし、教科書を持ち込めれば、どのページを開いて書けばいいかわかる。
私にとって、小中高に加えて大学のテストは辛かった。おかげで、留年も経験した。
計算の仕組みや、内容もすべて理解している。けれど、名称覚えることができなかった。さらに、私は大きな問題があった。
正しい答えを書くことができない。計算問題で、やりかたはわかる。答えを導きだす力がある。計算して出して、導き出した答えはあっているが、そこに書く答えの数字が違うのだ。
見直せば、気が付く内容のことだと周囲は言う。けれど、私は気が付けない。これが原因で、大学で国家試験を取ったのに、就職がうまくいかなかった。
病院に行って、ある可能性が浮かびあがり、ある薬を処方された。
「……」
処方された薬は、少しだけ私にある問題を解決した。けれど、初歩的ミスが消えることがない。どこまでも、私は普通の人ができることに苦しめられていた。
私と比べて周囲は必至にやらずに、必要な点数がとれる奴らばっかりだった。がんばることができれば、好きなことができる。なのに、みんな何もしない。
ただ、当たりまえの力を譲ってほしいと思った。
「そろそろ休憩したら、どうだい?」
必死になっていたフリッツは、私を心配して休憩を進めてきた。
「そうするよ」
私はそう言って、ソファに座って虚ろな目で外を眺めていた。空は青くない。曇り空で薄暗い。
けど、落ち着く穏やかな場所だ。
「あなた、ごはんよ」
エリザベードが、にこにこしながらやって来た。
「コウノトリ、お腹が空いているだろう」
「はい……」
私はフリッツに案内して、食事する部屋に案内された。
「好きなだけ食べてね」
私の前に薄い琥珀色をして、透明なスープがおかれた。コンソメと思われる匂いもする。
スプーンを手に取り、手が止まる。ジャムパンを食べていた、人を食べていた光景が、いや、ちがう、血がでて、貪る光景が……。
「大丈夫、魚からとった出汁に、野菜を煮込んだものよ」
エリザベードは、そう言ってスプーンですくって、私の口元へ持ってくる。私は口を開けた。
口の中にスープが流しこまれる。おいしい。すごく手の込んでいる味を感じた。
「ありがとう。自分で食べられる」
私は自分のスプーンですくって、スープを飲み始めた。そのあと、温かいパンが出された。
暖かくてふわふわなパンを私は、久しぶりに味わうことができた。もちもちして、やわらかい。
私は静かに食べた。それを、エリザベードとフリッツは、楽しそうに眺めていた。
それから、私は故郷のことを話した。学校で教わったことや、困ったことを話した。
「コウノトリは日本で、多くのことを学んだね」
「いろいろね。でも、好きなことをしたかった」
「時間はあるんだ。日本に戻る前にゆっくり休すんで、好きなことをすればいい」
フリッツはここに長くいることを進めてくれた。
「ありがとう」
私はお礼を言った。ご飯を食べたあとは、フリッツに字を教わり続けた。途中、休憩と称して、エリザベードの庭の手入れも手伝う。
お風呂に入って、明日も穏やかな日々を過ごせると思った。
ベッドで横になり、天井を見た。
「……」
ふと、客観的に自分を見た。私は自分の両手で抱えて怯えた。
「違う、違う」
私は何かを怯えるように声を出した。私はおかしい、意味のわからないことをしている。ここまで、くる間にひどいものを見た。
そうだ、あれは何なんだ。子どもの寄せ集めや貪る商人。私の前に立ちはだかるのは、おかしなものばかりだ。
食べていた。頭から離れない。
「いやぁああああああ」
私は大きな声で叫んだ。それに気が付いて、エリザベードがやってきて、私を抱きしめた。
でも、震えは止まらない。自分がここまでやってきた行為に私はすくなからず、罪の意識を感じていたのかもしれない。
忘れたかった。でも、反らすことができない。悪魔の下僕が散る時の瞬間が……。悲惨な絵図ではないが、もし本物の人なら別だ。内臓が出ているはずだ。
「…うっ……うっ……」
考えちゃいけない。けれど、録画したように私の頭の中でいろんなものが映像として思い出させる。
「大丈夫、大丈夫、私がそばにいるから」
なんで、この人はやさしんだろう。私は、それが理解できなかった。
優しくする必要なんてない。私は生きる価値がない。むしろ、エリザベード、あなたのほうが生きる価値がある。だから、私に必死になる必要なんてない。
私は震える手で、それを伝えようとした。
口を開けた。
「…………」
声が出ない。
「今は何も言わなくていい。無理をしないで……」
フリッツの姿を見た。手にはろうそくをもっていた。そこから、ラベンダーの香りがした。
少しだけ心が落ち着く。
「……あなた、ありがとう。私はここにいるから、先に寝ていて」
フリッツは、こくりと頷いて部屋を出ていく。
私はラベンダーの匂いを感じながら、エリザベードのぬくもりを感じた。目を閉じようとしたけど、私は完全に目を閉じずに目を細めていた。
目をとじるほど怖い。目を閉じたら、見たくないものが見えると思ったからだ。
「……ありがとう」
私は寝たくないと思いながらも、眠気に負けて意識を手放した。
次回、外伝編です。主人公を追い詰める話じゃないです。