第六話 泣き寝入り
編集者には納得出来なかった。
この様な結末、イジメを経験したことのある者ならば誰もが思うであろう。
しかし、編集者か証拠集めに奔走してる間、少年だって無駄に引きこもりをしてたわけでは無い。
一連の事件を何度も思い返す時間があった。
そして少年は自分の非を認めたのだ。イジメをしていた者達だけでは無い、自分にも非はあるのだと。
担任が言う様に、イジメを認めていなかった自分にも非はあると。それを弁論大会で話せばどうなるのか、よく考えもしないで発言した自分にだって非はあると。
確かに少年の話は最もである。少年に非が無いことも無い。だからと言ってイジメが横行してイイ道理は無いし、泣き寝入りする事も無いと思う。
納得のいかない編集者に少年は尋ねる。本当に裁判で勝てるのか?そして勝ったところで何が残るのかを。
編集者は返事に困り、口ごもる。
絶対に勝てると、法の素人である編集者に断言は出来ない。それでも、自分の持っている知識を元に考えれば勝てるとは思う。
しかし、勝てると言っても慰謝料がどれだけ貰えるのか?裁判の費用は?少年が言う様にたとえ勝ったとしても何が残るのか?
学校側は個人で裁判費用を出すわけでは無い。学校での事件であれば学校が…即ち税金を用いて裁判に挑む筈。
それに比べて少年側は裕福では無い家庭で裁判費用を捻出。裁判を無駄に長びかされて裁判費用がかさみ、勝ったところで微々たる慰謝料では割に合わない。
そもそも高校受験を控えて居る時期に裁判をしたところでメリットなど無い筈である。
だが、争わなければ少年は学校にも行けずに引きこもり、高校受験も無理と言えよう。
裁判をしてもしなくても、少年にとっては茨の道。それが現状である。
少年の考えも、編集者には理解出来る。だからと言って泣き寝入りが本当に正しいとは認めたくも無い。
編集者は最後の手段として、マスコミを巻き込んで世論を味方にする事も考えていた。
今回の事件をマスコミが取り上げて世論が動けば裁判だって有利となるし、裁判費用だって有志が集まれば費用の負担をしてくれるかも知れない。
そんな事も考えてはいたが、実際には難しいと判断していた。
もし、少年が自殺していたらどうだろうか?
イジメによる自殺だと、担任やイジメっ子はマスコミに叩かれ、社会的にも制裁を受ける筈。
しかし、少年は自殺をしていない。自殺にかられたかも知れないが、少年は生きている。
イジメがあったにも関わらず自殺をしていない、その上少年は弁論で殴り合うことを勧める発言をしている。
イジメがあっても自殺してなければマスコミが動くとは思えない。特に過剰な暴力があった訳でも無い、無視されただけのイジメにマスコミが動くことは無いだろう。
もし、マスコミが取り上げたとしても、世論はどう思うのか?
殴り合いを勧めて皆から総スカンされた少年の事を、同情するどころかネットの掲示板では少年を愚かだと中傷するのでは無いだろうか?
下手したら炎上騒ぎにまで発展するかも知れない。
被害者である少年が、これ以上騒ぎを大きくすればする程に不利になる。これが少年の置かれている現状である。
イジメによる自殺を世間では悪と断ずる。では思い止まって自殺しなかったことはどうであろう?
少年が自殺していれば被害者として祭り上げ、加害者は叩かれる。その上、慰謝料も数千万円支払わせるかも知れない。
逆に自殺を思い留まれば誰も注目せず、マスコミだって動かない。裁判をしても不利なだけ。
イジメによる自殺が悪であるのならば、何故自殺をした方が有利に事が進むのか?
こんな理不尽で不条理な現実が、イジメによる自殺の後押しを促しているのでは無いだろうか?
だからこそ自殺を踏み止まった少年は勇気があると思うし、編集者は少年の力になりたいと心から思ったのだ。
しかし、少年は泣き寝入りを選んだ。
そんな少年に部外者である編集者が、戦う選択肢を強要することなど出来るわけが無い。
少年にとっても編集者にとっても苦渋の選択である。
編集者は歯噛みする。自分の力不足と世間の不条理なまでの現実に。
そんな自分のことの様に悔しがる編集者に、少年は申し訳無さそうにこう語る。
ただ、泣き寝入りするだけでは無い、自分にはやるべきことがあるのだと。