第五話 少年の出した答え
編集者は少年を無理して面談に連れて行かなくて、本当に良かったと思った。
あの場に少年が居たら、一生涯引きこもりになる程の心の傷を負っていたかも知れない。
母親ですら悔しくてあんな状態に追い込まれたのだ。
これからは自分が矢面に立って問題を解決に導かなければと、編集者は思った。
乗りかかった船である。最後まで少年とその家族の為に微力ながらも尽力することを、編集者は家族の前で固く誓った。
本腰を入れて解決策を思案するも、学校があれでは取り付く島が無い。
面談でのやりとりをボイスレコーダーで録音はして置いたものの、これをマスコミと協力して世論を煽る行動に出ても、開き直ってしまえば時間と共に風化して効果を失う。
マスコミを扇動するのは最後の手段。今は解決の糸口を探すのが先決。
担任があんな態度をとったのは教職員という立場があり、責任を負うことを恐れての事。
もし、自分に責任が無いという話になれば、イジメがあったことを認めるかも知れない。
しかし、担任に対して責任は負わなくてイイ、だからイジメがあった事だけは認めてくれなどと、懇願なんぞしたら本末転倒。
担任が責任を負わないのは余りにも無責任が過ぎる。
イジメがあれだけ発展したのは担任の意思が大きい。それを何のお咎めも無しでは話にならない。
生徒だけならあそこまで酷くならなかったかも知れないのだから、担任は然るべき責任を負う義務がある。
生徒よりも担任に非がある。
つまり、担任の態度に不満を持つ生徒が居る可能性が高い事でもある。
こんなに規模の大きい酷いイジメである。学校全体での無視による嫌がらせなど、良識のある生徒なら逆に少年への同情や、担任への不満を募らせる筈。
勿論、不満があるからといって少年の味方になる様な行動をとれば、自分が代わりにイジメの標的になり得るわけだから、誰も助けようとはしない。
不満はあるが、自分が傷付いてまで少年を助けたいとは思わない。そんな生徒は少なからず居る筈である。
そこで編集者はクラスの名簿を持って、虱潰しに生徒の自宅に話を聞きに行った。
担任がその動きを察知すると、すぐに連絡網を使ってクラス全員に学校が不利になる様な発言はするなと釘を刺す。
しかし、担任が釘を刺したからといって、不満がある生徒が担任の指図など受ける訳が無い。
何人かの生徒は匿名を条件に編集者と話をする事になった。
情報提供者達の話を纏めると、確かにイジメは存在した。
弁論大会の事が新聞で取り上げられた日を境に暴力は無くなったものの、それまでは確かに暴力があった。
暴力が収まると、今度は皆で無視を決め込んだと。
同じクラスの生徒から、暴力によるイジメがあったと言質がとれたのは大きな収穫である。
担任は暴力があったことを認めてないが、生徒が認めるのであればそこに齟齬が生じる。
そして一番の収穫は、担任がイジメをしていた生徒達を廊下で叱っていたところを、他の生徒が目撃していたこと。
その目撃していた生徒の話によると、イジメをしていたことへの説教。そこまでなら普通の対応である。しかし、問題はその先。
生徒を叱る教師が「もう二度とあいつには関わるな!ガン無視しろ!」と、無視することを強要していたのだ。
証拠はあった。教師に責任を負わせるだけの証拠は存在したのだ。
編集者は少年と母親の前で、教師の発言がイジメを増長させていたと話した。
証拠を元に学校に問い詰めてもイイし、裁判をして慰謝料を請求してもイイと、編集者は家族に担任を追い詰める為の思案を述べた。
そんな編集者のヤル気をよそに、少年は担任を追い詰める事はしないと話す。
驚く編集者だったが少年は戦う意思は無いと、自分が泣き寝入りする事で全てが丸く収まるなら、それでイイと。
少年の出した答えは百人と一人が殴り合うどころか、一人が一方的に殴られるだけと言うなんとも残念な結末となった。