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魔王城からは逃げられない  作者: 野良灰
6章 知りたいという気持ちからは逃げられない
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計画の開始。そして……

「……これを着ろというのか?」


 計画実行の日、俺はロイドがジュリエッタに呼び出されている逢引の場所から少し離れた所に、ジュリエッタと二人でいた。

 

 強い意思を宿した真剣な眼差しで、俺に衣装を差し出すジュリエッタに対して確認せずにはいられなかった。

 俺の弱めの反抗を気にも留めず、衣装を持つ手は微動だにしない。今回の計画に対しての強い意気込みを感じさせる。

 

「はい。これならロイドも魔王様と気づきません」


 そうだな。俺も知り合いがこの衣装をフル装備でつけていたら気づかないかもしれん。むしろ気づきたくない。

 俺の眼前に突きつけるように見せられている衣装を今一度目で確認する。


 まずは仮面だ。最初に赤い大きなトサカが目を惹く。金色の羽をあしらった鳥の顔で、口元だけが露出するので顔の判別は難しいだろう。

 これは良いと思う。トサカが目立つが嫌でも目を惹くため、余計に顔から正体がわかりにくい。


 次に目を移した先にあるのは外套だ。上から羽織る型の外套で、色は金色、裾は鳥の羽の様にギザギザにカットされている。

 先程の仮面と合わせて考えると、全体として鳥のような意匠を凝らしているのだろうな。

 ここは有翼の種族が多く住むから、その意味はとてもわかる。時間が無い割りによく色々と準備したものだ。


 だが、問題は残り一つにして最後の衣装だ。出来る限り目の前の現実を拒否するように、ゆっくりと視線を移していく。

 あぁ……やっぱりさっき俺の目に映った物から変わっていない。

 ジュリエッタよ、なぜこれを?

 どうして……金色のパンツだけなんだ?

 

 逆三角形の型の金色に輝くパンツを恐る恐る手にとってみる。

 手触りは良いな。何で縫われているのかわからないが、指に伝わる触感はとても滑らかだ。

 けどな……


「流石に布が少なすぎるだろうっ! というよりも、これだけ身に着けて、金色の外套に仮面とかただの怪しい奴じゃないか!」


 今度は強めの反抗をする。そう、布が少ないのだ……後ろ側に至っては前よりもさらに隠せる面積が少ない……。

 自分がこの3点を身につけた姿を想像する。俺の頭の中に浮かんだのは、本当にただの怪しい奴だった。

 もし俺の目の前に現れたら、とりあえず殴ってしまうかもしれない。

 だからこそ反抗するが、ジュリエッタの表情は「何かおかしいですか?」と言わんばかりだ。


「何かおかしいですか?」

 

 俺の頭の中と目の前のジュリエッタが同時に同じ台詞を口にする。

 あまりに予想通り過ぎて、次の反論が口から出なかった。


「これは、伝説の神鳥を題材にした衣装なのですが……魔王様ならきっと着こなせると思います!」


 俺の瞳を正面から見つめて、そうジュリエッタは言い切った。根拠がどこにあるのか問い詰めてやりたい。

 

「いや、これが似合うと言われても正直嬉しくない。いっそ仮面と外套だけつけて、服は今のままでいいんじゃ――」


「だめです!」


 俺の提案を言い切る前に、強めの口調で却下されてしまった。

 最初出会った時の印象とは違い、今のこの子に対する俺の印象は……とても強い奴だ。

 こういう瞳をした奴は、自分が決めた事を必ずやりぬく。  

 いつもなら逆らわずに、やりたいようにやらせてやってみるのが導く結果としても一番良いと思うが……。

 今回は俺に対する結果というか被害が大きい。


「魔王様はわたくしの計画に協力してくれると仰ってくれました……あれは嘘だったのですか?」


「うっ!」


 嘘をついたのですかと言われると辛い。

 魔王城の住人に対して嘘をつきたくないし、そう思われたくない。

 これは俺の信条だ……だが……。


「……魔王様は嘘つきですか?」


 言われたくない言葉を的確にぶつけてくる。

 先程までの強さを感じる表情ではなく、悲しげな顔で俺を見つめてきた。

 俺が悪いみたいじゃないか。自分でもそんな気がしてくるのに耐えられない。


「あぁっ! わかった! やってやろうじゃないか! この魔王……一度交わした約束は必ず守る!」


 自棄気味にジュリエッタの衣装を受け取って、着用することを肯定した。

 まぁ俺の正体はわからないだろうしな! 絶対わからせてなるものか!

 木の陰で着替えながら、自分に言い聞かせるようにそう決意した。



「まぁ……やはりとてもよくお似合いになっています」


 ジュリエッタが褒めてくれるが、褒められている気がしない。

 とりあえず鏡を見たら全部割ってしまおう。今の自分を見つめる事を考えたくも無い。


「さぁ、計画を早い所始めよう! そして一刻も早く終わらせるのだ!」


 俺の悲痛な決意をどう受け取ったのかわからないが、ジュリエッタが両拳を握りしめ、


「頑張りましょう!」


 今の俺には出せそうにない気合の入った返事を返してきた。

 

 ジュリエッタがロイドを呼び出している場所に向かって歩き、俺はその遥か後方を、なるべく木陰や草むらに身を隠すようについていった。

 心の中では誰とも出会わないように神に祈り続けていた。


 そしてジュリエッタが立ち止まり、俺も彼女の姿がかろうじて見える位置で隠れる。

 すぐにロイドがジュリエッタの側に駆け寄ったのがここからでも見えた。


 後はジュリエッタの合図を待って突撃だ。

 様子を伺いながら今回の計画の順序を頭の中で確認する。

 そうしていれば自分の今の格好の事を気にしないですむからな。


 ジュリエッタが羽を広げながら、歩いてきた方向、つまり俺のいる方へ歩くのが見えた。


「合図だ……こうなれば覚悟を決めてやるだけだ!」


 俺は脚力を強化し、木々の合間を一気に走りぬける。

 そしてすぐにロイドから少し離れたジュリエッタの側に到達する。


「え? きゃぁぁぁぁぁぁ―!!」


 彼女が俺の腕で抱えられるに捕まった瞬間叫び声を上げた。

 こんな格好の奴が急に現れて、捕まえられたら俺だって叫び声をあげるか、顔面を全力で殴るかするな。

 さぁ……計画の始まりだっ! まだ納得していない頭で俺は台詞を叫ぶ。 


「フハハハハハ! この娘は俺がもらっていくぞ!」


 木々の間から光が差し込む静かな森の一角に、俺の悪そうな笑い声が響く。


「あぁ……助けてロイド!」


「貴様ぁ! ジュリエッタを離せ!」


 俺の腕の中で泣きながら恋人の名を呼ぶジュリエッタと、今にも飛び掛ってきそうな形相でこっちを睨むロイド。

 自分がなぜこんな格好で、恋人同士を引き離すような真似をしているのか、またわからなくなってくる。

 一連の計画が終わるまで考えないようにしよう、そう結論付けた時、俺に向かって矢が飛んできた。


 左手刀で飛んできた矢を叩き落す。だが、この攻撃の主はロイドじゃなかった……。

 

「このオレの矢を叩き落とすとは……だが次は外さん! 全身を射抜かれたくなければジュリエッタを離すことだ!」


 ロイドの後方の草むらから、青い長髪のバードマンが弓矢を構えながら現れる。


 予定に無い登場人物の乱入で計画は最序盤から狂い始めるのであった。

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