森の中で
耳から入ってきて、体の中を心地よく駆けめぐるような歌声を辿って俺は山道を下っていった。
徐々に声がはっきりと聞こえるようになり、この歌声の主に近づいているのを確信させる。
自分では歌とか絵とか芸術というような分野に心が惹かれるなんて無いと思っていた。勝利の美酒に酔って皆で歌った事や絵を見た事はあるが、それくらいだ。
だが、なぜだろう。今聞こえてる歌声に身を委ねたくなるし、その歌い手がどのような者か気になって仕方がない。
大小様々な石が転がり、砂利と砂が入り混じった山肌に足をとられないように気をつけつつ、歌声に揺さぶられた気持ちのせいで、進みがどうしても早くなる。
そして俺は、山の中腹に広がる森の中で歌声の主を見つけることができた。
まだ幼さの残る少女といった風貌で、こちらに気づかずに歌い続けている。金髪の長い髪が木々の間を抜ける風に揺らされて、たなびいている。
淡く色の浮かんだショートドレスを着て、本当に楽しそうに空に向かって歌う姿は妖精か精霊の類を思わせる。
しかし上半身は人型だが、背中には1対の翼を持ち、ドレスのスカートから覗かせる両の脚は鳥そのものだった。
だが容姿に見惚れるよりも、俺は彼女が奏でる歌の世界に引き込まれていた。
折角歌い手を見つけたが、声をかける事もせずに、静かに・・・・・・ただ静かに彼女の歌に聞き惚れ続けた。
やがて歌も終わり、俺はただの観客として自然と拍手をした。
「歌に心動かされたのは初めてだ……見事だった」
「え?」
拍手と共に思いつく賞賛の言葉をひねり出すが、誰かいると思ってもいなかった少女は驚いた表情で振り向き、俺と視線が合う。
しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのは彼女だった。
「き……きゃぁー!!」
先程素晴らしい歌を奏でていた口から飛び出したのは、静寂に包まれた森を引き裂くような悲鳴だった。
そして、彼女は翼を羽ばたかせて一目散に逃げていった。
「ちょっと待ってくれ!」
逃げ出す彼女に驚いたのは俺も同じで、そんなつもりではなかったと引きとめようとしたが、その姿は森が覆い隠すようにして見えなくなっていた。
そして俺は揺れる葉と、風の音だけがする広大な森の中に取り残される。
しばらくの間、あまりの事態に俺を振るわせた歌い手が消えた方角を呆然と眺めるしかなかった。
それから再び俺はここに住む住人を探して歩き出した。
驚かせてしまった事に後悔しかないが、第一の目的はここから次の区画へ抜ける事だ。
自分にそう言い聞かせて、似たような景色が続く森の中を進んでいく。
もうどのくらい歩いただろうか?
時間も進んだ距離の感覚も曖昧なまま俺は歩き続ける。
しかし、俺の周囲の光景が変わらない。
変化に俺が気づいていないのなら良いのだが……。
この森の構造が侵入者を迷わせるのはないか?
そして俺がその罠に嵌っている予感が湧いてくるのを飲み込む。
ここから最初出てきた山に戻ろうにも、木々に覆われていて方角に自信が無い。
だがそんな不安しかなかった俺に向けられる視線に気づいた。
「見つけたぞ! お前が侵入者か!」
不意に敵意に満ちた声が頭上から聞こえてきた。
声がした頭上を見渡すと、いつの間にか木の上にこちらを睨む鳥の亜人の姿があった。
「いや、お前たちにとって侵入者かもしれんが、敵ではない! 俺はま――」
名乗ろうとした俺の足下に、いつ放たれたかわからない鋭い矢が刺さった。
「問答無用! 私の大事なジュリエッタを狙うなど……許せるわけなかろう!」
続けて俺が言葉を繋げなかった。俺を睨む鳥の亜人が続けて矢を射掛けてくる。
その形相は怒りに満ちていた。
こいつが言うジュリエッタとは先程の少女の事だろうか?
さっき声をかけただけなのに、ここまで怒りと敵意を向けられる理由は無いと思うのだが……。
だがこちらの話を聞かずに攻撃を仕掛けてくる奴相手に為す術無く……俺は一先ず逃げる事にした。
「待て! 逃がしはしないぞ!」
こうして俺と奴の追いかけっこが始まった。




