我侭
「あいつに戦いを挑む気か?」
目の前で相棒が仲間を殺しても、動かずに見ているだけだったグスタフを視線で指し示す。
それに対して黙って頷くスタン。
こいつが一人で勝手に飛び出した原因は奴との戦いに満足いかなかったからだ。
だが今のスタンは、スカルクローにやられて全身に傷をおっている。
「今のお前の状態じゃ勝つどころか、また戦いにすらならんぞ」
意識が戻ったとはいえ動けるかどうかすら怪しい。
「それでも……兄貴、頼むから……やらせてくれ」
俺の腕から離れ、スタンがふらついた足取りで床に立つ。
そのまま立ち続ける事さえ難しそうだ。
「兄様、無茶ですっ! その体で戦える訳ないじゃないですか!」
シアが兄の無謀とも思える行動を止めようとする。
しかし俺も同じ考えだ。早く連れ帰って治療を受けさせないと駄目だ。
「シア……俺の剣を持ってきてくれて、ありがとうな」
妹が持ってきた大剣に、礼を言いながら手を伸ばす。
だが妹は、震えた手を差し出す兄に剣を返す事を拒否した。
「これは渡せません……兄様には無理です」
シアは手を伸ばした兄から剣を遠ざけるように抱きかかえる。
その様子を見て、スタンは一瞬悲しそうな顔をして、その後……笑った。
「そうだな、俺は弱い。傷を負って無くても……無理だろうな。だから、これは俺のただの我侭なんだ」
そう言って妹が持つ剣の柄を握る。
シアはそれでも剣を抱きかかえたまま離そうとはしない。
「動くことすら辛そうじゃないですか……」
兄の行動を理解できないといった表情をしている。
そんな顔をされた兄はそんな妹の気持ちを吹き飛ばすような笑顔で答えた。
「関係ねぇよ。ただアイツに舐められたまま終われないし、妹の前で格好悪い兄貴のままでいられねぇしなっ」
大怪我をおっている事を忘れそうな笑顔にシアの剣を抑える力が緩む。
その時スタンは戦うために自分の剣を再び手に収めた。
そしていつものように剣を構える。だが一歩も前に足が出ない。
しかも剣の重みを支える事ができず、剣先が地面につきそうな程低い位置にある。
「おいおい、まさかグスタフと戦おうっての? 冗談でしょっ、早いとこ連れて帰ってあげなよ」
呆れたような表情のヘアリーズがそんなスタンの様子を見て言ってくる。
どうみても重傷の奴が、立っているだけでも異常なのに、戦おうとしているのだからそう言いたくなるのも仕方ない。
今、この場にはそんなスタンの姿を見て、笑う事も、呆れる事も。無茶だと止める事もしない者が二人いる。
最初止めようとしていたが、どうするのか見守ってやろうと考えを変えつつある俺と、相変わらず無表情でこっちを見つめてきているグスタフだ。
ここで無理やりに連れ帰ってもスタンは納得しないし、今回よりもひどい状況になるかもしれない。
そしてグスタフが姿を見せた事で動く力を取り戻した仲間を見守ってやりたいとも思っている。
戦いを挑まれているグスタフの方は表情が変わらないが、視線は自分に剣を向けるスタンをじっとみている。
昨日は戦いと呼べるような瞬間は無く、相手にすらしていなかった。
だが傷だらけで、動くことすら困難そうな姿で自分に戦いを挑んでくる挑戦者の前でも、黒銀のゴーレムは表情は崩れない。
しかし奴の意思に通じるものがあったのか、グスタフはこっちに向かって歩いてきた。
ただ真っ直ぐ、少しも横にずれもせず、ただただ真っ直ぐに……だ。
当然、道の途中で罠の起動場所も踏んで、地面から多くの針が飛び出す。
だがその黒銀の鉱石でつくられた体には全く刺さらない。
罠の事など意に介さずに最短距離を真っ直ぐ歩く。
その姿を見つめながらスタンは一歩も動かないままだ。
「……ナゼ、タタカオウトスル?」
スタンの剣が届くほどの距離まで近づいたグスタフが質問する。
その問いに対してスタンはすぐに答えた。
「俺が……そうするべきだと考えているからだ。それにこのままじゃ俺が悔しくて……悔しくてたまらないんだよつ!」
下がっていた剣先が上がってくる。あれだけひどい傷を受けながら、ここまで動けるとは俺も思っていなかった。
「リカイ……デキヌ」
グスタフはスタンの答えに対して短く答えた。
しかし、少しの間があった後、黒銀のゴーレムは無表情でスタンに対して言う。
「ダガ、ソノケンで……タメシテミルガイイ」
そう言って剣の間合いに入り、自らに攻撃を加えてみろと挑発する。




