発見
薄暗く、少し湿った空気が漂う通路を俺達は走った。
俺の攻略メモを見ながら、ただ最短の道を走り抜けた。
だが、スタンの姿を見つける事はできなかった。
昨日休憩をとった場所で、今日は休めない。
俺とシアが抱く不安を拭い去るには、スタンの無事な姿をこの目で見るしかない。
だから、俺達は前に向かって足を前に出し続けた。
そして昨日ヘアリーズとグスタフの二人と相対した部屋に辿り着く。
ここにもスタンの姿はなかった。
「さらに先に進んだか、シア……ここからは道も、罠の有無もわからないから気をつけろ」
気をつけながらも急いで進む。
言葉にするだけでわかる程、困難な事をやらなくてはいけない。
「はい。魔王様、私は大丈夫ですから急ぎましょう」
それはシアも理解している。覚悟を決めた顔で俺に対して頷く。
危険だとわかってはいるが、俺達は先に向かって再び走り出した。
部屋から出て、しばらくは分岐も罠もなかった。
通路にはずっと俺達が走る音しかしない。
いくつの角をどっちに曲がったかも覚えていない。
「うっ!」
踏み出した右足が踏んだ地面から伝わる感触がおかしい。
足があるはずの床を踏み抜いて沈んだ。
次の瞬簡に足首の上辺りに痛みが走る。
ヘアリーズが最初俺達に出会った時に、挟まれていたのと同じトラバサミだった。
右足が固定されて、前のめりに倒れそうになるのを左足を前に出して堪える。
「魔王様っ!」
シアが俺の動きを見て立ち止まる。
「この程度なら大丈夫だ。ここからまた同じようなものがあるかもしれん、シアは俺が踏んだ場所を同じように踏んで進め」
俺の右足を挟むトラバサミを、力で引き剥がす。
不意を衝かれたとはいえ、並んだ鋭い刃は大して刺さっていない。
だが、シアだと危ないかもしれない。
俺は走る幅を小さくして再び進む事を再開した。
しばらく進むと、通路の先の床から何かが飛び出しているのが見える。
近づいてくるにつれてその正体がわかった。
トラバサミだ。しかもその並んだ刃に赤い血がついている。
立ち止まってその血を指で触れてみる。
まだ完全に固まってはいない。
「恐らくスタンだろうな。ここを通ったのはそんなに前ではない……先に進むぞシア」
「はいっ!」
あそこでスタンは罠にかかったのだろう。
そして足に怪我を負ったに違いない。
通路に少しだが血が滴り落ちた痕が残っている。
血の痕の間隔からみて、あいつも走っていると思う。
だがこれで分岐があっても、どっちに行ったかわかる。
その後分岐も出てきたが、床の血痕を頼りに進んだ。
しばらく進んだ後、俺の鼻に嫌な臭いがした。
これは昔嫌というほど嗅いだものだ……間違いようがない。
「シアっ! この先から血の臭いがする……急ぐぞ!」
シアが黙って頷き、大鎚を持つ手に力が入っているのが見てわかる。
どうやら前の部屋から漂ってくるようだ。
俺達が部屋に入った時、目に映ったのは赤い血溜まりの中で横たわるスタンと、すぐ横に立つアンデッドの姿だった。
「スタァァァァン!!」
「に、兄様っ!!」
俺は意識せずに横たわる仲間の名を叫んでいた。
だが、スタンはぴくりとも動かない。
反応したのは横に立っていたアンデッドだけだった。
「誰ダ? 折角の愉しみの邪魔をスルナ」
青白く光る両の目でアンデッドがこちらを見る。
こいつも見たことの無い奴だ。
意思を持つスケルトンがボロボロのローブを身に纏っているという姿だ。
だが右手だけは異形だった。
左手は普通だが、右手の3本しかない指の爪が全て片手剣ぐらいの長さがあった。
「マァ、反応が少なくなって飽きてきたトコロダ。次はお前達で愉しむとスルカ」
「貴様ぁぁぁぁっ! 砕けて死ねっ!」
スタンの動かない姿と、その状態にした奴への怒りを拳に込めて殴りかかる。
しかしその時異形のアンデッドの指が俺の方に向けられた。
次の瞬間、指が急に大きく……いや! 俺を貫くために、槍三本分はあろうかという距離を伸びてきた。
咄嗟の反応で服を掠られた程度で避ける事ができた。
「ホォ、初見で今のを避けるカ。 そっちの娘も良い反応ダ」
俺に向かって指を伸ばすだけでなく、シアの方にも攻撃を加えていた。
シアも直撃は避けて大鎚で受け止めたようだが、今ので警戒レベルを上げたようだ。
「自慢の指を折られてなくなってしまう前に、スタンをこっちに返した方が身の為だぞ」
確かに初見では驚いたが、来るかもしれない攻撃については恐れる必要が無い。
「ン? ……ソウカ思い出したゾ。 魔王サマ……お早いオツキデ……クククククク」
「笑ってられるとはどういう神経をしている……力ずくで返してもらうぞ!」
再び距離を詰める為に、目の前のアンデッドの右手の動きに注意しながら駆け出す。
しかしそれを見て奴は再び笑う。
「その辺りは気をつけた方ガイイゾ」
そう言って奴は左手でスタンを抱え、右の指をこちらに向けた。
来るか! と思ったが、狙いは別だったようだ。
俺の右足を再びトラバサミが襲った。
奴の所までいけず立ち止まってしまう。
しかし俺の横を走り抜ける影があった。
「兄様を離せぇぇぇぇ!」
シアが大鎚を振りかぶって奴に攻撃を加えようとする。
「その距離ではどうする事モデキマイ」
奴の右の指が順にシアを目掛けて一瞬で伸びる。
咄嗟に横に跳んで避けた。
しかしその間に奴はスタンを抱えて逃げ出した。
「ここではツマラン。返して欲しければ追ってくるがイイ。我が名はスカルクロー……さぁ、愉しもうゾ」
通路の先に奴の姿が消える。
俺の邪魔をするトラバサミを引き剥がして後を追う。
逃がすかよ……スタンは返してもらうし、お前は絶対に許さん!
俺とシアはスカルクローと名乗るアンデッドを追って、奴が消えた通路へと駆け出した。




