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魔王城からは逃げられない  作者: 野良灰
5章 生まれもった性質からは逃げられない
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再び先へ

「さてと……それではっ! 私は仕事に戻るとしますっ!」


 いつもの調子に戻ったイオスが、俺とヒナの方へ歩き出した。

 

「他にもわかった事があったら、すぐに報告に来いよ」


「えぇ、魔王様も色香に迷ってやられたりしないでくださいね」


 立ち止まったままの俺とヒナ、その横を抜けようと歩き出したイオス。

 互いが交差する時、声をかけあった。

 俺はふらふらとしている部下に命令を。

 奴は俺の秘書に聞こえるように仕返しを。


「そういえば魔王様、毒を受けているのでしたね……。早く治療しないといけませんね」


「いや、もう大丈夫だ。完全に抑え込んでい――」


「そうはいきません! 手当てしますのでこちらへ……今後のために毒を受けた相手と状況について詳しくお聞きしたいですし」


 逃がさないという意思を強くこめられた手が、この場から立ち去ろうとした俺の腕を掴む。

 やっぱりヒナにイオスを殴らせた方が良かった、と考えながら俺は引きずられていった。   

 その途中で俺達を呼ぶ声が聞こえる。


「魔王様ーっ! この辺でイオス様を見かけませんでしたか? また追加の予算請求がきたんですけど、詳しく聞く前に書類を置いて逃げられてしまって……」

 

 そのために戻ってきていたのか……。

 悩める財務担当に、俺とヒナはイオスが歩いていった方角を迷わず教えた。

 書類を手に、疲れ果てたひどい顔で走り去っていくハルトレードの健闘を祈るとしよう。


 ヒナに連れられて医務室で治療を受けながら、秘書様は仕事と同じように細かく、詳しい内容を聞いてくる。

 俺は治療を受けているのか尋問されているのか、わからなくなっていった。

 だが思い切り頬をつねられた事から判断すると、きっと尋問だったに違いない。

 

 その後は休むように言われて、強制的に俺の部屋へ押し込まれた。

 ベッドで横になりながら、今日あった事を考える。


 イオスが言ったように、俺の事を快く思わない者達がいるのだろう。

 ヘアリーズとグスタフの二人もそうなのだろうか?

 確かに殺そうとしてきたが、俺を狙う理由まではわからなかったな。

 どこかで恨みでもかっているのだろうか……それとも別の事情が……。

 

 交換されたばかりの新しいシーツの匂いがする。

 考え事をしている途中で何を……と自分に問いかけ始め、そして段々意識が遠のく。

 あぁ……何だかんだで俺……疲れ…………てる、な。

 そこで記憶が途絶え、早めの眠りに落ちた。




 次の日、目覚めた俺はまず自分の体の調子を確認した。

 昨日若干残っていた痺れも全く感じない。

 腕、足、体の各部を動かし、意識を集中させて順に確かめる。

 影響はどこにも残っていないな、問題はなさそうだ。

 

 身支度を整えてから俺は部屋を出て門の広場へと向かう。

 視察に費やせる日は今日を入れて二日ある。

 どうするかをスタンとシアの二人にも意見を聞いてみよう。

 そして門の広場へ転移した俺に走り寄ってくる人影があった。


「魔王様っ!」


 それはシアだった。だが、表情が暗い……というより顔色が悪いのか。

 

「どうした? 丁度お前達の所へ行こうとしていたのだが……疲れが抜けていないのか?」


 シアは首を横に大きく振って否定した。

 

「兄様が……兄様が一人で行ってしまったんです!」


「何っ? どこへ……かは聞かなくても一つしかないな、一人で先に進んだのか?」


 シアが頷いて、俺の答えを肯定した。

 昨日の様子から、不満があって不貞腐れてるだけかと思ったが、見込みが甘かったか。

 スタンの戦士としてプライドは思っていた以上に傷つけられていたらしい。


「思い込んだら一直線……なのは祖父譲りだな」


 だが、妙な事に納得してもいられない。

 昨日の先に奴等が待ち伏せしている可能性はある、スタンはそう考えて行ったのだろうが……。

 しかし元々設置してある罠に、俺の命を狙う奴等の罠を破って進むのが、どれだけ厄介かも考えて欲しい。


「あいつのそういう所、嫌いではないがな」


 準備をしてから行きたかったが、そんな時間も惜しい。

 兄の心配をしているシアの顔を、このまま見ているだけでも辛いのだ。

 もしスタンの身に何かあったら……。

 

「行くぞシア。一人で突っ走っていった小僧に、早いとこお仕置きしてやらんとな」


「はいっ!」


 俺達二人は、昨日の朝使った転移魔法陣へ走って向かう。

 ヘアリーズ、グスタフと相対した部屋まで距離がある。

 できればそこに着く前に捕まえたい。

 

 転移を終えた俺はメモを手に走り出す。

 道はちゃんと書いておいたから迷うことは無い。

 俺とシアは、予め決めていたわけでもないのに、後先考えず全力で走った。

 言葉にして発してしまえば、起こってしまうような不安が二人共にあるからだろう。

 だが、万が一なんて起こさせない。

 今度だって大丈夫だ、絶対に!

 黙って走る俺達の足音が魔王城の通路に響き……すぐに消えていった。

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