派手な戦い 地味な戦い
「あんたなんか敵じゃないよっ!」
ヘアリーズの鋭い爪が、空中から一直線に襲ってくる。
対して大鎚を構えて待ち構えるシア。
真っ直ぐ向かってくる敵に向かって狙いを定めているようだ。
「わざわざ潰されに向かってきてくれてどうもっ」
シアが大鎚を振るい、迫る敵を迎撃する。
打ち落とすために鎚で薙ぎ払うが、
「遅いねっ、そんなんじゃ風だって乱れないよ」
飛行中に急に軌道を変え、そのせいで大鎚が標的を失う。
変化する動きが不規則で読みにくい。
「くっ!」
すれ違い様にシアの右肩をヘアリーズの爪が切り裂いた。
体を捻り、かわそうとしたが駄目だったようだ。
切られた箇所から血が流れている。
シアの背後へ抜けたヘアリーズが翼を羽ばたかせ、少しずつ高度をあげる。
「いいねぇ……あんたの血でそのまま全身を赤く飾ってあげるよ」
自分の爪についた血を、舌で味わうようにねっとりと舐めとる。
その様を、肩の傷口を押さえながら睨みつけるシア。
「……ジカン、ナイゾ」
無機質で低い声がヘアリーズに向けて放たれる。
その声を向けられた相手は不機嫌そうな顔に変わった。
「だったらさ、あんたが殺っちゃってよ! この生意気な小娘を、これから刻むんだからさっ」
遊び足りない子供が我侭を言うように、ヘアリーズはグスタフに向かって叫んだ。
「…………ムリダ」
感情を声に乗せてぶつけるヘアリーズに対して、短く平坦な声で答えたグスタフ。
「……ウゴケナイ」
普通に会話しているが、グスタフはスタンの攻撃に無抵抗でさらされていた。
上から、下から、真横に、大剣で切りつけられているが、黒銀の体は刃を全て弾き返している。
スタンの苛烈な連続攻撃に対してもダメージを感じている様子は全く無い。
「いやいや、そっちのガキを振り払って、魔王様に止めさすぐらいできるでしょ?」
呆れたような声で相棒に抗議されて、一瞬何かを考えているような間があった。
そして自分に攻撃し続けているスタンに視線を移す。
「コドモ……ダイジ」
スタンに攻撃行為ができないから動けない、無理だ、という事らしい。
そのおかげで命拾いしているが、なぜこんな奴が俺を狙う?
「子供じゃないっ! 俺はオーガの戦士だぁぁぁぁ!」
スタンが大振りでグスタフの頭に向かって大剣を振り下ろした。
金属同士がぶつかる大きな音が威力を物語るが、剣はグスタフの頭を少し動かしただけで、傷一つついていない。
「もう! 真面目に戦えよ!」
先程から一切自分の攻撃を避ける事も守る事も、攻撃する事もしない相手にスタンが怒りをぶつける。
怒りを剣に上乗せして攻撃を繰り返すが、子供にじゃれつかれる大人にしか見えない程の実力差だ。
「あぁもう! あんたはそういう奴だったねっ! わかったわかった! あたいがやるからっ、さっさと渡して!」
ヘアリーズも怒りをグスタフにぶつける。そして右手を相棒の方へ出す。
「…………ワカッタ」
グスタフが、右手に持ったままだったポールアックスをヘアリーズの方へ放り投げた。
真っ直ぐ向かってきた武器を、難なく握って手に収める。
刺突用の槍、敵をかち割るための斧、砕くための角型のハンマー、そして補強された柄の部分とで十字に見えた。
自分の身長程ありそうな武器の感触を確かめるように、振り回しながらシアを見下ろす。
「ちょっと遊んであげようかと思ったけど、魔王様が回復する前に止めを刺さないと……だから次で終わりにしてあげる」
「あら、ようやく本気ですか? でも……私がこれ以上魔王様を傷つけさせるわけないでしょうっ!」
シアが大鎚を後方、下段に構える。
相手の攻撃を誘い込んで、そこを打ち払おうとしているのだろう。
しかし、空中で自在に軌道を変えられる敵にあてられるのか?
さっきの攻防を見ていて、その勝負は分が悪いと思う。
「シア! 倒さなくていい、避けて時間を稼いでくれ!」
だからシアに向かって叫んだ。
彼女は俺の方に顔だけ向けて微笑んだ。
「大丈夫です……絶対にお守りいたしますからっ」
そう俺に言ってから、空中で自分を見下ろすヘアリーズを睨みつける。
「節操なく繋ぎ合わせたような武器がとってもお似合いですよ」
と馬鹿にしたように言い放った。
「あんたも、持ち主と同じで不恰好なハンマーが似合ってるよ」
ヘアリーズの方も負けてない。
そしてお互いに自分の武器に愛着がある点も同じなのだろう。
言い合っておいて、怒りの表情で相手とにらみ合う。
「じゃあ……死んじゃいなよ!」
ヘアリーズが武器を構え、真紅の髪を揺らしながら急降下してきた。
大地に根を生やしたようにどっしりと大鎚を構えて迎え撃つシア。
向こうではスタンの攻撃を受け続けているグスタフ。
その間で体を動かす事も困難なままの俺。
こんな状況で俺に出来る事は、
「勝てっ! シア!!」
叫ぶことだけだった。




