異形と異質
「お前……一体……ぐっ」
背中の刺された箇所を中心として体に激痛が走る。
立っている事さえ苦しくなり、前のめりに倒れた。
「魔王様っ!」
シアが異常に気づき、慌てた様子で駆け寄ってくる。
そして俺の背に刺さるサソリの尾に気づき、ヘアリーズを睨みつけた。
「お前かぁぁぁぁ!」
倒れた俺を、見下ろして笑う女に向かって大鎚を全力で振るう。
しかし力を込めた攻撃は、空しく大きな音を鳴らすだけだった。
そこにいたヘアリーズは後ろに飛び退き、空中にいた。
「今度は蝙蝠の羽か……お前は……何者だ?」
黒の大きなマントが蝙蝠のような羽に変化していた。
獣のような毛に覆われた手足、サソリの尾、そして蝙蝠の翼。
こんな種族いたか? ぼんやりとした頭で記憶を辿るが、思い浮かぶ奴はいなかった。
「私は……あぁ、もうこんな喋り方しなくていいんだった。あぁ~何者だ、だっけ?」
さっきまでのおとなしい口調から粗野な雰囲気に変化した。
そして手足には今まで隠していた鋭い爪が現れる。
「あたいは、あんた達を始末しに来た。それだけわかってればいいだろ? どうせ、すぐ死んじゃうんだからさ」
俺を動けなくした毒の尾を誇示するように揺らしながら、赤い異形の魔族は裂けたような口で、見下ろしながら笑った。
もうしばらく時間を稼がないと……まだ上手く体を動かせない。
ただ喋っていたわけではない。魔力を全身に巡らせて、注入された毒を追い出そうとしていた。
元々、俺に毒や麻痺といった状態異常系の攻撃はほとんど効果が無い。
魔力による身体能力強化を駆使して抑え込む事ができるからだ。
だが、今回は完全に油断していた。強化するより先に体中に毒が回ってしまった。
「魔王様、もうしばらく我慢を。すぐにあの女を潰してきますから……許せませんっ!」
シアはヘアリーズに対して怒りを露にした。殺気を全く隠そうとしていない。
しかし相手は空を飛べる。俺を油断させるために足を怪我しているし、素早く飛びまわれる程広くは無い部屋だが、シアの方が不利だと思う。
せめてスタンと協力して二人がかりで相対するべきだろう。
「スタン! シアと協力して二人で――」
スタンの方を見て声をかけようとすると、既に大剣を構えていた。
だがヘアリーズの方にではない、先に続く通路の方に向かってだ。
「兄貴、それは無理みたい……」
どういう意味だ? と問おうとした所で、通路の先から足音が近づいてくるのが聞こえた。
都合よく味方が現れて助けてくれる。
なんて事は現実にはないだろうな。このタイミングで現れるのは恐らく敵側だろう。
俺が考えたその予想は当たってしまう。
「グスタフ、遅い! とろとろと歩いてこないで、せめて走ってきなよ!」
「……スマナイ」
ヘアリーズにグスタフと呼ばれた男は低い声で答えた。
黒みがかった銀色の全身鎧を身に纏い……違う、
「まさか、お前はゴーレムか?」
「ソウダ……」
石や鉱石から作られた命。ガーゴイルと似たような存在だが、様々な素材を使って作られる事から、強さにはばらつきがある。
そのほとんどは作成者の命令を聞いて動くだけのはずだが……。
意思をはっきりと持つゴーレムを作れるとなると……俺が今までで知る限り僅かに数人しかいない。
だが現れた黒銀のゴーレムの佇まいは強者のそれだ。
不折、不倒、不壊、そういう頑強な印象を与える。
同時に疑似生命特有の無機質さを持つ。
ここまでの存在感を放つゴーレムを作れる者がいるのか?
赤く光る目と、体のあちこちに同色の線が紋様の様に輝く。
右手にはポールアックスを持っている。
まずい。この二人とそれぞれ一対一で戦うとすれば、スタンとシアが勝てる可能性の方が少ない。
俺の体が完全に動けるようになるまで、まだしばらく時間がかかる。
「スタン! シア! 二人共逃げろ! こいつ等の相手は危険すぎる!」
満足に体が動かない今の俺が、こいつ等の相手をすれば万が一があり得るが、生き残れる可能性もある。
「いや、兄貴……逃げる気は無いけど、逃がしてもくれないと思うぜ」
前からは黒銀のゴーレム。後ろには猛毒持ちの異形の魔族。
挟まれた形で逃げる隙すらないか。
「それに魔王様、あの女に背を向けて逃げるなんて……私には絶対にできそうにないです」
既にシアは色々と我慢の限界らしい。
「わかった……。二人共俺が動けるようになるまで時間を稼いでくれ……頼む」
自分の油断から招いた事態だ。体の状態をみて、その不甲斐なさに全身が引きちぎられそうだが、今は抑えて回復に努める。
「へぇ……この子供二人があたい達の相手をするって? 笑えるっ! 魔王様ぁ~、頭にも毒がまわっちゃいましたかぁ~? キャハハ」
「………………」
俺の頼みを馬鹿にして大声で笑うヘアリーズと無言で何も反応しないグスタフ。
「年増になると、笑い声も大きくなって下品ですね。あぁ、不細工の寄せ集めみたいな体なのですから、それも仕方ないですか」
シアがヘアリーズを煽る。
「あぁ~? 威勢がいいねぇ……そんなあんたを動けなくしてから、嬲って、刻んで、ばらばらに分解して綺麗に組み立ててあ・げ・る」
「必要無いですね。私はそっちと違ってバランスが良いですから」
「バランスが良い? 貧相の間違いだろう?」
わざわざ自分とシアの戦力の差を強調するような姿勢で挑発する。
シアが自信を持っている部分だけに、効果的な煽りだ。
「フフフ……」
「アハハ……」
二人して笑ってる。あぁ、見てるだけで怖いわ。
いかん、回復に集中しないと。
「「死ねっ!!」」
女同士の激しい戦いが始まった。
スタンの方はというと、
「おっさん、強いね。雰囲気が兄貴みたいに強い奴の感じがする」
「………………」
「全力で倒させてもらうぜ!」
「………………ムリダ」
「俺の攻撃を受けてから言いな!」
「…………………ソウカ」
こっちは静かに始まろうとしていた。




