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魔王城からは逃げられない  作者: 野良灰
5章 生まれもった性質からは逃げられない
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異形と異質

「お前……一体……ぐっ」


 背中の刺された箇所を中心として体に激痛が走る。

 立っている事さえ苦しくなり、前のめりに倒れた。


「魔王様っ!」


 シアが異常に気づき、慌てた様子で駆け寄ってくる。

 そして俺の背に刺さるサソリの尾に気づき、ヘアリーズを睨みつけた。


「お前かぁぁぁぁ!」

 

 倒れた俺を、見下ろして笑う女に向かって大鎚を全力で振るう。

 しかし力を込めた攻撃は、空しく大きな音を鳴らすだけだった。

 そこにいたヘアリーズは後ろに飛び退き、空中にいた。


「今度は蝙蝠の羽か……お前は……何者だ?」


 黒の大きなマントが蝙蝠のような羽に変化していた。

 獣のような毛に覆われた手足、サソリの尾、そして蝙蝠の翼。

 こんな種族いたか? ぼんやりとした頭で記憶を辿るが、思い浮かぶ奴はいなかった。


「私は……あぁ、もうこんな喋り方しなくていいんだった。あぁ~何者だ、だっけ?」


 さっきまでのおとなしい口調から粗野な雰囲気に変化した。

 そして手足には今まで隠していた鋭い爪が現れる。


「あたいは、あんた達を始末しに来た。それだけわかってればいいだろ? どうせ、すぐ死んじゃうんだからさ」


 俺を動けなくした毒の尾を誇示するように揺らしながら、赤い異形の魔族は裂けたような口で、見下ろしながら笑った。

 

 もうしばらく時間を稼がないと……まだ上手く体を動かせない。

 ただ喋っていたわけではない。魔力を全身に巡らせて、注入された毒を追い出そうとしていた。

 元々、俺に毒や麻痺といった状態異常系の攻撃はほとんど効果が無い。

 魔力による身体能力強化を駆使して抑え込む事ができるからだ。

 だが、今回は完全に油断していた。強化するより先に体中に毒が回ってしまった。

  

「魔王様、もうしばらく我慢を。すぐにあの女を潰してきますから……許せませんっ!」


 シアはヘアリーズに対して怒りを露にした。殺気を全く隠そうとしていない。 

 しかし相手は空を飛べる。俺を油断させるために足を怪我しているし、素早く飛びまわれる程広くは無い部屋だが、シアの方が不利だと思う。

 せめてスタンと協力して二人がかりで相対するべきだろう。


「スタン! シアと協力して二人で――」


 スタンの方を見て声をかけようとすると、既に大剣を構えていた。

 だがヘアリーズの方にではない、先に続く通路の方に向かってだ。


「兄貴、それは無理みたい……」


 どういう意味だ? と問おうとした所で、通路の先から足音が近づいてくるのが聞こえた。

 都合よく味方が現れて助けてくれる。

 なんて事は現実にはないだろうな。このタイミングで現れるのは恐らく敵側だろう。

 俺が考えたその予想は当たってしまう。


「グスタフ、遅い! とろとろと歩いてこないで、せめて走ってきなよ!」


「……スマナイ」


 ヘアリーズにグスタフと呼ばれた男は低い声で答えた。

 黒みがかった銀色の全身鎧を身に纏い……違う、


「まさか、お前はゴーレムか?」


「ソウダ……」


 石や鉱石から作られた命。ガーゴイルと似たような存在だが、様々な素材を使って作られる事から、強さにはばらつきがある。

 そのほとんどは作成者の命令を聞いて動くだけのはずだが……。

 意思をはっきりと持つゴーレムを作れるとなると……俺が今までで知る限り僅かに数人しかいない。


 だが現れた黒銀のゴーレムの佇まいは強者のそれだ。

 不折、不倒、不壊、そういう頑強な印象を与える。

 同時に疑似生命特有の無機質さを持つ。

 ここまでの存在感を放つゴーレムを作れる者がいるのか?


 赤く光る目と、体のあちこちに同色の線が紋様の様に輝く。

 右手にはポールアックスを持っている。

 

 まずい。この二人とそれぞれ一対一で戦うとすれば、スタンとシアが勝てる可能性の方が少ない。

 俺の体が完全に動けるようになるまで、まだしばらく時間がかかる。


「スタン! シア! 二人共逃げろ! こいつ等の相手は危険すぎる!」    


 満足に体が動かない今の俺が、こいつ等の相手をすれば万が一があり得るが、生き残れる可能性もある。

  

「いや、兄貴……逃げる気は無いけど、逃がしてもくれないと思うぜ」


 前からは黒銀のゴーレム。後ろには猛毒持ちの異形の魔族。

 挟まれた形で逃げる隙すらないか。


「それに魔王様、あの女に背を向けて逃げるなんて……私には絶対にできそうにないです」


 既にシアは色々と我慢の限界らしい。


「わかった……。二人共俺が動けるようになるまで時間を稼いでくれ……頼む」


 自分の油断から招いた事態だ。体の状態をみて、その不甲斐なさに全身が引きちぎられそうだが、今は抑えて回復に努める。

 

「へぇ……この子供(ガキ)二人があたい達の相手をするって? 笑えるっ! 魔王様ぁ~、頭にも毒がまわっちゃいましたかぁ~? キャハハ」


「………………」


 俺の頼みを馬鹿にして大声で笑うヘアリーズと無言で何も反応しないグスタフ。


年増(ババア)になると、笑い声も大きくなって下品ですね。あぁ、不細工の寄せ集めみたいな体なのですから、それも仕方ないですか」


 シアがヘアリーズを煽る。 


「あぁ~? 威勢がいいねぇ……そんなあんたを動けなくしてから、嬲って、刻んで、ばらばらに分解して綺麗に組み立ててあ・げ・る」


「必要無いですね。私はそっちと違ってバランスが良いですから」


「バランスが良い? 貧相の間違いだろう?」


 わざわざ自分とシアの戦力(むね)の差を強調するような姿勢で挑発する。

 シアが自信を持っている部分だけに、効果的な煽りだ。  

 

「フフフ……」


「アハハ……」


 二人して笑ってる。あぁ、見てるだけで怖いわ。

 いかん、回復に集中しないと。


「「死ねっ!!」」


 女同士の激しい戦いが始まった。



 スタンの方はというと、


「おっさん、強いね。雰囲気が兄貴みたいに強い奴の感じがする」


「………………」


「全力で倒させてもらうぜ!」


「………………ムリダ」


「俺の攻撃を受けてから言いな!」


「…………………ソウカ」


 こっちは静かに始まろうとしていた。

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