上下左右
「左、右、左、左、上、下……左、右、左、左、上、下……」
報告書の文字を目で追いながら、頭は昨日の可動壁を突破する事を考えていた。
方向に関係なく壁が通路を塞ぐまでには時間がかかる。
出てくる位置と方向がわかっていれば抜ける事は難しくない。
昨日閉じ込められた後、壁を壊せないか試してみたが、やはり無理だった。
諦めて一度玉座に転移で戻り、再度部屋に行ってみたのだが……。
そこは一枚目の石壁が通路を塞いだままの状態で、結局諦める事にした。
今日は昨日よりも進んでみせる!
「魔王様。先程から書類があまり進んでないようですが、何か気になる箇所でも?」
「いや、単なる独り言だから気にするな」
「では口より手を動かしてください」
「……はい」
ヒナは別の机で作業をしている。
俺に対してだけじゃなく報告書や申請書の内容の不備にも容赦が無い。
黙々と書類にペンを走らせている。
音からすると、かなり訂正箇所が多い書類みたいだな。
俺の所に届くように頑張れよ、と心の中で応援してやる。
「……魔王様」
さぁ! 作業再開だ。ヒナの矛先が俺に向かう前に終わらせないとな。
――――――
そして俺は再び昨日の部屋に来ていた。
今日は二つ目の曲がり角の手前で一度立ち止まる。
「左、右、左、左、上、下……左、右、左、左、上、下……」
壁の方向と順番を確認しながら事務仕事で硬くなった体をほぐす。
まずは昨日より先に行く事だ。
「よし、行くとするか!」
軽く走りながら曲がり角に向かう。
壁の動く音が聞こえてきた。
速度を上げて角を曲がり左側の壁に視線をやる。
「まずは左!」
一枚目が通路の三分の一を塞ぐよりも早く通り抜ける。
余裕余裕。
続いて二枚目の壁が右側から出てきているが、これも問題ない。
通路の中央を最短で走り抜ける。
「右、と来て左、左っと」
三枚目と四枚目は左側から。
通路の右側に寄りつつ走る。
距離があっても速度維持できているため三枚目の壁も余裕をもって越えられた。
「遅い遅い」
昨日は際どいタイミングだったが、今日は四枚目も余裕。
しかし辛いのは次からだ。
わかっているのは上からと下からの二枚でその先は不明。
後は抜けてみてのお楽しみだな。
そう思いながら体を前傾姿勢にして体を低くする。
今の速度とタイミングならこれでいける。
上から壁が落ちてくる音がする。
ちらりと上に視線を移し、五枚目の壁を確認した。
大丈夫俺の方が速い。
「上っ、そして下っ! ――――おらぁぁぁぁぁぁっ!」
体を低くして五枚目が落ちてくるよりも早く下を駆け抜けた。
すぐ先で下から壁がせり上がってくる。
保った速度を殺さずに、勢いをつけたまま下からの壁を越えるように飛び込む。
地面を転がるように着地。
無事に越えられた。
着地の衝撃で体全体に痛みを感じる。
しかし意識は次の可動壁の存在に向ける。
上下左右の四方の様子を確認する。
その時視界の橋で右側から壁が出てくるのが見えた。
「次は右っと」
体勢を整えて通路の左側へ飛び込む勢いで再び走り出す。
昨日のように越えた事で気を抜いていたら無理だった。
同じ失敗はしない。
八枚目の壁を警戒するが、見回しても、耳を澄ましても通路に何も変化は無い。
どうやら可動壁は七枚で終わりのようだった。
ひとまず息を整えながら服の汚れを払い落とす。
まだ通路が続くようだが、警戒しながら先へと進む事にする。
何があるかわからないからな。
「左――よし。右――よし。上――も大丈夫。下も変化無し」
キョロキョロと頭を上下左右に動かしながらぶつぶつと言いながら進む俺。
傍からみたら怪しいが気にしない。
そこから先は特に何も起きずに通路が続いているだけだった。
幾つか左右への分岐があり、進んだ先が行き止まりだった事もあるが、特筆するような罠はなかった。
次に迷わないよう、道をメモしながら先へ進んでいった。
しばらく進むと通路の先に十字路が見えてくる。
何だか怪しい。
少しずつ慎重に十字路へと近づいていく。
また四方から壁が出てくる事を警戒したのだ。
しかし、俺の心配をよそに十字路に近づいていっても何も起こらなかった。
「ただの分岐か?」
勘が外れたかもな、と思いながら十字路の中心に進んだ時、全ての方向から音が聞こえてきた。
「まずい!!」
壁が動く音だとすぐにわかったが、どの方向に進むべきか迷ってしまった。
瞬く間に壁が四方全ての通路の先を塞いだ。
「またか! くそっ!」
二日続けて閉じ込められた悔しさは隠し切れなかった。
前後左右の通路を見てみるが、少し先で全て塞がれているのが確認できただけだった。
十字路の中心に着いた時に、全ての方向で壁が出てくるらしい。
あらかじめどの方向に行くか決めておいて、一気に抜けるしかないか……。
明日の攻略のためにそんな事を考えていた俺の耳に、どこからともなく声が聞こえてきた。
「ほっほっほっほっほ。どこかのまぬけが、わしらのわなにかかったようじゃな」




