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魔王城からは逃げられない  作者: 野良灰
5章 生まれもった性質からは逃げられない
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目に毒 他にも毒

「大丈夫か? 足を怪我しているんだ。無理に立ち上がるな」


「は、はい……すいません。私、罠をうっかり踏んでしまって」


 痛々しく、彼女の右足にトラバサミが食い込んでいる。

 すぐ近くの床に穴が開いている。ここに罠が仕掛けられていたのだろう。


「すぐ応急処置をする。もう一度座ってくれ」


 抱き止めていた状態から床に座らせ、彼女を捕らえて離さないトラバサミを外す。


「痛っ……」


 外してすぐに、傷から血が流れ出てきた。

 持ってきていた薬草と道具を使って応急処置をする。


「よし、とりあえずこれで良いだろう。後は医者に診てもらえ」


「あ、ありがとうございます。本当に助かりました……」


 礼を言いながら俺の手を両手で握ってきた。

 もふっとした毛と、柔らかい肉球の感触が気持ちいいとか、握られている手の先に見える絶景の事を考えていると、背後の鬼の子が低い声を発する。


「魔王様、いつまで手を握ってらっしゃるんですか?」


 ネーファの時とも違う重圧を全身から発していた。

 シアを中心として石造りの通路の温度が、少し下がったような気がする。

 俺を助けずに、さっきより妹から離れている兄は後で問いつめよう。  


「あの……魔王……様なのですか?」


 先程シアが俺を呼んだ事で気づいたらしい。


「あぁ、そうだ。だから魔王城の中で困っている者を放っておくわけにはいかないのだ」


「こ、これは失礼致しました!」


 慌てて握っていた俺の手を離して後ずさる。


「しかし、どうしてこんな所で罠にかかっていたんだ?」


 鬼娘からこれ以上追求される前に、話を自分のペースで進めよう。


「私はヘアリーズと申します。実は父がここの管理人をしているのですが……今日は体調を崩してしまい、代わりに見回りに来たのです」


 怪我した足の具合を確認するようにしながら、ヘアリーズと名乗った女はゆっくりと立ち上がった。


「けど罠の位置を教えてもらっていたにも関わらず、うっかりと踏んでしまって……。昔から血が苦手で、自分が出血しているのを見て意識まで……。本当に助けて頂いてありがとうございます」


 頭を深く下げて、俺たちに再度礼を言ってきた。

 血が苦手で、これだけ出血してたら気分も悪くなるのも仕方ないな。

 早く医者に診せてやりたいが、足を怪我した状態でヘアリーズが一人で歩く事は難しそうだ。


「その怪我では一人で満足に歩けまい。住処まで俺達が送ろう……さぁ背中につかまるといい」


 背負っていくのが一番いいだろう。

 そう考えてヘアリーズに背を向けて、つかまるように促す。


「そんな、そこまでして頂くわけには――」

 

 ヘアリーズが遠慮がちに言ってくるが、すぐに別の声が重なって掻き消される。


「だめですっ!!」


 シアがいきなり叫んだ。

 

「え? ど、どうしてだ?」


 反射的に理由を聞いてみたが、むしろ何故シアがだめだと言うのだろう。


「だって、おんぶだと……魔王様の背中にあたるじゃないじゃないですか……」


 何だか声が小さくなっていって最後は聞き取り辛かった。

  

「そ、それに、両手が塞がっちゃうから、何かあった時に危ないですよ!」


 まぁ確かに両手は完全に塞がるし、すぐに手が使える状態じゃないから罠とかがあると危ないか。


「じゃあ、前に抱きかかえるのも駄目って事か――」


「そっちは絶対に駄目ですっ!」


 即却下された。どうしろと言うんだろうと考えていると、


「私の時はしてくれなかったのに……」


 シアがまた小声でぼそぼそと呟いていた。

 

「じゃあ、肩を貸すので良いか?」


 それなら……と納得? してくれたようなので、ヘアリーズの右側にまわって肩を貸す。

 意外と俺の体に体重がかかる。

 結構重いな……見た目の割りに……いや、ある意味見た目通りなのか?


「魔王様にここまでして頂いて……どのようなお礼をすれば宜しいのでしょうか……」


 また視線が固定されてしまいそうになっていたのを、ヘアリーズの声で回避する事ができた。


「気にするな。とりあえず進むとしよう。右足に体重かけないように気をつけてな」


 俺の方でもしっかりと支えられるように気をつけた。

 

「罠とかあると危ないですから、私も前を歩きますね!」


 シアが何だか怒った様子で、兄と並んで前を歩くようになった。


「罠はヘアリーズに場所教えてもらえば危なくないだろう?」


 と疑問に思った事をすぐ口に出したら「目の前でそんな姿を見せられ続けられるなんて嫌です!」とよくわからない事を言われた。

 怪我している女性に肩を貸しているだけなのに、何故俺が怒られているんだろう?



 とにかく俺達は再び歩き出した。

 前をスタンとシアの二人が歩き、俺がヘアリーズに肩を貸しながらその後ろを歩く。

 彼女が罠の場所を教えてくれるおかげで、特に何事もなく進む事ができた。

 但し、ずっとシアの機嫌は悪く、スタンは「俺は関係ない」という様子で一番先頭を周囲を警戒しながら歩いていた。


「住処までの転移魔法陣はまだ先なのか?」


 この微妙な空気が続いているのが嫌で、ヘアリーズに聞いてみた。


「いえ……すぐそこです」


 道の先を指差した。確かに部屋があるようだ。

 もう、すぐそこじゃないか。

 送り届けた後で、シアの機嫌をなおす方法を考えないとな。


 そんな事を考えていると、すぐ部屋に着いた。

 行き止まりって訳ではないようだ。薄暗くてよく見えないが、先に続く通路がある。

 だが、部屋の中に転移魔法陣らしきものが見当たらない。

 また隠し通路とかか?


「ヘアリーズ、魔法陣が見当たらないが、この部屋であっているのか?」


 すぐ横にあるヘアリーズの顔を見ると、俯いたまま何も答えない。


「どうした? また気分でも悪いの――がぁっ!」


 怪我の影響かと心配して声をかけようとした時、俺の背中に激痛が走る。

 体が動かない。

 呼吸する事が苦しい。


「兄貴?」


 スタンの声が聞こえる。


 息が止まりそうだ。

 腕が、足が、いや……全身が痺れている。


「魔王……様?」


 シアの声も聞こえる。


 自分の背中を見てみると、何か刺さっている。

 これは、尻尾。

 サソリの尾……か。

 どこからかと思い、目で出所を追いかける。

 上手く首が動かない。

 その尾は、ヘアリーズの大きなスカートの中から出ていた。

   

「いえ、魔王様。この部屋であってますよ」


 ヘアリーズの冷たい声が聞こえた。

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