走り出せ前を向いて
イオスに見送られた後、俺達は石造りの薄暗い通路を先へ進んでいた。
隊列は前からスタン、俺、シアの順だ。
スタンが前方を警戒しながらも話しかけてくる。
「兄貴、さっきの人が本当に序列二位なのか?」
先程本人を見て、受けた印象からは信じられないといった口ぶりだ。
「あぁ。それは間違いない」
付き合いが長いからという理由じゃない。
戦闘における実力と、根回しや調整、現場での指揮といった戦闘以外でも様々な方面で優れた力を持つ。
本人に対して決して言わないが、俺の知る限りで、一番攻守の均衡がとれているのは奴だ。
「私もあの方の実力はわかりませんでした。笑顔なんですけど、力も心の奥底に何を思うのかも全く見えません」
妹の発言を聞いて、スタンも首を縦に何度も振る。
「あいつは、ずっとあんな感じだ。見ていると……何か胡散臭くて腹が立つだろう?」
小さい頃はあんな風じゃなかったはずなんだが、いつからだろう、あの仮面のような笑顔しかしなくなったのは。
スタンの後ろについて歩きながら、昔の事を思い出そうとする。
「あ……兄貴、何か前にいるよ」
スタンが前方を指差しながらそんな事を言う。
その指の先へ視線を移して行くと、前方の暗がりの中、壁際に誰かが立っているようだ。
しかし闇に紛れた姿をはっきりと視認する事ができない。
「スタン、シア、周囲に気をつけながら近づくぞ」
相手はこちらに気づいた様子も無い。
なら、ここはこのまま相手の姿をきちんと確認してみよう。
罠の存在に気をつけながら近づいていった。
そして近づくにつれ徐々に相手の姿がはっきりと見えてきた。
「あの、魔王様……あれって……」
シアの位置からも見えたらしい。
当然俺とスタンからも前方に立っていた相手の姿が見えている。
壁際に立っていたのは……人型の骨。スケルトンだった。
一糸纏わぬ骨だけの姿で先程から全く微動だにせず壁際に立っている。
「格好からして、多分誰かが作り出したものだな」
この魔王城には死んでいるとも生きているとも言えない者達、アンデッドは大きく二つに分けられる。
それは自らの意思を持つか否かだ。魂の有無ともいえる。
見分け方の一つに、服装の有無というのがある。
絶対とは言えないが、意思を持つアンデッドにとって、一糸纏わぬ姿を好まない者は多い。
やはり裸は裸と感じるらしい。
「とりあえずもっと近づいて――」
何のために、こんな所にいるのか確認するためにも、さらに近づこうとした時だった。
それまで固まったように動かなかったスケルトンの顔が、カタカタと骨が擦れてぶつかる音をたてながらこちらを向いた。
頭だけが動き、何もない眼窩が俺達の方を見つめているようだ。
俺達も急に相手が動き出したことで、進む事を躊躇い、その場に立ち止まって相手の方を注意深く見つめた。
スケルトンの方もまるで何かを確認するかのように俺達の方を見続けている。
そして次の瞬間、スケルトンは口を大きく開けて、歯をカチカチと鳴らしながら笑ったようだった。
「なんだ……一体?」
その行動の意味は謎過ぎた。
そしてこちらを見ていたスケルトンの頭が真っ直ぐ前へ向き直る。
「何をしたいがためにこんな所にスケルトンを設置しているんだ?」
俺が今わかっている状況から答えを推測し始めた時。
スケルトンは……突然、奥に向かって、全身を形作る骨を鳴らしながら走り始めた。
「あ……」
俺はあまりに突然の相手の行動に対して呆気にとられて、つい追いかける事を失念していた。
こちらを確認するような動きから、戦闘もせず、ただ奥へ走り出す目的……
「そうか! 二人とも急いで奴を追いかけるぞ!」
「え? なんであそこまで逃げる相手を追っかけてどうするのさ?」
スタンが反論してくるが、俺は腕を大きく振り、先頭をきって追いかけ始める。
すぐに、この可能性に気づけなかったとは……。
「今のスケルトンは、多分、侵入者の接近を知らせる警報だ!」
侵入者が来る可能性のある通路に、作り出したスケルトンを設置。
誰かが一定の距離まで近づくの確認したら、報告に行く、といったところか。
意思を持たないアンデッドは、例え何日でも立ったままでいられるし、疲れたとも言わない。
見張り役として適する一因を持っている。
「逃がした結果、援軍を呼ばれたり騒ぎになっても困る。何としても捕まえるか破壊するんだ!」
少し前の俺のように呆然とした表情で立ちつくす二人に指示を出す。
「そういう事ですか、魔王様承知いたしました!」
シアが俺に続いて走り出す。
「わかったよ兄貴!」
スタンも遅れを取り戻すかのように全力で走り出した。
こうして俺達の追いかけっこが始まった。




