進むという選択
「魔王様。よろしかったのですか?」
ヒナが執務室に戻ってきてすぐに心配そうに聞いてきた。
俺達だけでなく部屋の中に漂う空気さえも重く感じられる。
「さて……な」
俺自身選択として何が正しかったかはわからない。
だが『止まる』事より『進む』事を選んだ。
「続けると決めたんだから、後は実行するだけだ」
選んだ選択肢の正しさも、選ばなかった選択肢の可能性も両方共考える意味は無い。
しかしヒナはまだ不安気な表情をしている。
「でもヒナが俺を心配してイオスに食って掛かるとはなぁ~。ちょっと嬉しかったぞ」
実戦形式での対応。俺に危険が及ぶ可能性に対してヒナは怒りの感情を露にした。
イオスはぶつけられる殺気を受け止める事すらせずに平然としていたがな。
そして俺も苛立っていたがヒナが先に怒った事で冷静になれた。
「あ、あれは……別に魔王様の身がが心配という訳ではありません!」
ヒナの俯きがちだった頭が上がり、顔にも赤みが戻る。
「照れるな照れるな。普段からあれくらい俺の事を気にしてくれてもいいんだぞ?」
飛び込んでこいと言わんばかりに両手を大きく広げてからかってみる。
ここで「魔王様っ……」と飛び込んで――くるわけないな。
「そうですね。確かに気にしておりました」
伏せ目がちにそんな事を言うヒナ。
すこし予想外な反応だ。
視線を上げて彼女の美しい瞳が俺を見つめてくる。
見つめ合った瞬間、胸の辺りにわずかな痛みを感じた。
「……今日処理して頂く書類だけであんなにありますから。いなくなられると困ります」
俺達が執務室から離れていた間に部下に運ばせたのだろう。
ヒナの仕事机の上に建設された書類の塔を指差した。
「全部?」
「はい」
あれ……胸の辺りより少し下の部分から痛みを感じるぞ。
「私は他にやる事がありますので、お一人で宜しくお願い致します」
感じた痛みがさらに増した気がする。
俺が痛みに耐えてる間にヒナはさっさと執務室から出て行ってしまった。
「からかったのが失敗だったかぁ」
選択を後悔しても仕方がないので、ヒナの机から書類を移して仕事をすることにした。
この日、結局執務室から出れたのは、一日何も食べてない事に気づいた夜遅くだった。
――――――
次の日、俺は魔王軍序列二位――イオスの名で出された通達を知る。
この通達を各種族がどう捉えるのか、それはわからない。
今までと変わらないのか、変わってしまうのか、進んでいけばわかるかな。
昨日書類仕事を終わらせたおかげで、今日は昼前に自由になった。
締め切りが先の書類も多かったから、しばらくは時間がとりやすいかもしれん。
とりあえず俺はオーガの村、スタンとシアの所へ向かった。
一昨日進めなくなった進路を塞ぐ壁の解除方法を探すために。
「兄貴ー! こっちこっちー」
オーガの村へ到着すると、俺の姿を見つけたスタンの声がすぐに聞こえてきた。
入口から少し離れた岩に腰掛けている様子がここからでも見える。
「昨日は来れなくてすまん。打ち合わせが長引いてな」
「大丈夫っ。なんてったって兄貴は魔王様なんだから忙しいよね」
俺が仕事でこれなかった事を気にしてない、と屈託の無い笑顔を向けるスタン。
「管理の仕事をしている者は見つかったか?」
仕掛けの解除方法を知っていればいいのだが。
「あぁ、任せてよ! 昨日のうちに見つけて、今シアが解除方法を聞きにいってる」
それは良い報せだ。じゃあシアが戻ってくるまで待つか。
俺もスタンの座っていた岩に腰掛けて、シアが来るのを一緒に待つ事にした。
好きな食べ物がどうとか、サルビアの訓練は厳しいとか、他愛の無い話をしていたらシアがやってきた。
「魔王様、兄様お待たせしました。解除方法、ちゃんと聞いてきましたよ」
シアが解除の方法をメモしたであろう紙を見せながら胸をはっている。
あの青髪が本当に尻尾だったら、「褒めて褒めて」と今頃ぶんぶん揺れているかもしれない。
「よくやったシア、それにスタン。これで先に進めるな」
「おぅ!」
「はい!」
二人とも笑顔で応える。
この二人の笑顔を見ていると暖かい気持ちになってくる。
どこかの序列二位とは大きな違いだ。
「じゃあ兄貴、早速先に進もうよ!」
スタンがすぐに出発したそうにしている。
昨日行けなかったから我慢が限界なのだろうか。
「いや、今日は相談したい事もあるし、準備も兼ねて市場に向かう」
この二日で状況が変わった。
現状の確認と、罠や障害に備えて準備をしておきたい。
「えぇ~……先に進まないの~?」
スタンは見てわかるように不満そうだ。
やはり先に進みたくて仕方ないらしい。
「兄様。魔王様がこう言われてるのですから、私達は従いましょう」
シアは反対する事もなく俺に同意してくれる。
「よし、では市場にいってまずは腹ごしらえをするとしよう」
二人を連れて俺は市場へ向かった。
俺は『進む』事を選んだ。だがこの二人にも問わないといけない。
例え危険があっても、俺についてくるのかどうかを。




