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魔王城からは逃げられない  作者: 野良灰
3章 運命からは逃げられない
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査問

 俺は重い足取りで会議室へ向かって歩いていた。

 誰か代わってくれるなら代わって欲しい。


「魔王様……あの……ご武運を……」


 前を歩くヒナが振り向いて俺を励ましてくれる。

 それは同時に会議室に到着した事を意味した。


「あぁ。気は進まんが……仕方ない……」


 いつもよりも分厚く見える会議室の扉を開く。


 会議室の中には金色の長髪を後ろで束ね、他に誰がいるわけでもないのに笑みを浮かべる魔族の男がいた。


「おぉー、魔王様! お待ちしておりました!」


 俺がその姿を確認するとすぐにこちらに向けて声がとんできた。

 そして扉を開いてすぐに立ち止まった俺の所へ来て手を握ってくる。


「イオスも元気そうで何よりだ」


 若干引きつった愛想笑いをしつつ握手をする。

 イオスは満面の笑顔でそれに応える。


「おかげさまで元気にやっておりますっ。この度はお忙しい中本当に申し訳ございません!」


 本当だ。俺もお前も忙しいだろうし、今日はこれでやめにしよう。そうしよう。


 と言い出せたら楽なんだけどな。

 心の中で大きなため息をつく。

 イオスに着席を促されて、机を挟んで向かい合うように相対する。

 ヒナも俺の隣の席に座った。

 財務担当は……あいつは来れない事も多いし欠席かな。


「それじゃあ、お互い忙しい身の上だ。早速査問会とやらを始めてもらえるか?」


 さっさと始めてさっさと終わらせる。それが一番いい。


「はて、査問会?」


 目の前のイオスは何の事だかわからない、というような表情をしている。

 まて、お前がそのために俺を呼び寄せたんだろうが。


「…………あぁぁぁぁぁぁぁ! そうでした! そうでしたっ! 忘れていて申し訳ないぃ!」


 突然思い出したかのような反応をした後、机に額がくっつきそうな程大仰に頭を下げる。

 忘れていて……ねぇ。


「魔王様を査問だなんてつもりはないのです。ただ、お忙しい魔王様と久々に話をしたかったのですよ」


「ではこの場は査問ではないと言うのだな?」


「もちろんもちろん! だって魔王様が何の理由も無く、魔王城内の設備を破壊するわけないですものね!」


 あぁ……相変わらず笑顔で調子のいい言い方をするが、言葉の端々に悪意を感じさせるやつだ。


「ガーゴイルの件か……」


 確かに十体のガーゴイルを全て破壊した。それはもう修復なんてできない程に。


「はい。そもそも『お忙しい』魔王様がなぜあんな所に?」 


 顔は笑顔のままだが、纏う空気が少し冷たくなった気がする。

 

「それはだな……視察だ」


「魔王様自ら視察ですか……おかしいですね。そのような予定や申請は無かったと聞いておりますが」


 額に手をあて、予定と申請内容を思い出そうとする仕草をした。

 しかしすぐにこちらを見て否定する。芝居がかった動きだ。


「俺が事務仕事を終えた後の自由時間に行っているからな。非公式なものだからお前が知らなくても仕方ない」


 この点は特にやましい部分ではないから堂々と言い切った。


「それでは視察の目的とは?」


「魔王城内の状態確認……だ。侵入者が、いつくるかわからんからな」


 イオスの奴は「なるほど、なるほど」と笑顔で頷き、さらに質問してくる。


「状態を確認するための視察で……侵入者を撃退するための設備を破壊したと。侵入者がそのタイミングで訪れたら防衛力の低下では?」


「それは……否定できん。だが、訓練でも実戦形式で行ってこそわかる事もある」


 昨日の内に色々質問を想定して答えを考えてきた甲斐があった。


「確かに確かに。しかし……私は心配なのです。今回は魔王様がご無事でしたが、万が一魔王様の身に何かあったら……と」


 イオスが眉を寄せ、悲しそうな表情で俺の身を心配している。


「ですので……どうか! どうかっ! 危ない事はお止めください! 」


 椅子から立ち上がり、頭を深く下げ俺に魔王城探索を止めるように頼んできた。

 だが、俺の自由のために止める訳にはいかない。


「心配してくれた事嬉しく思う。だが……すまない、止める事はできない」


 右拳を悔しそうに強く握り、視線を落としながら断った。


「そんな……魔王様っ!」


「本当にすまない。だが今回視察をしてみて思ったのだ……。魔王城は弱体化しているのではないか? とな」


 オーガの戦力低下は懸念事項だし、この際使わせてもらおう。


「この数十年魔王城は平和だった。その平和な時代が俺達を油断させているのだ。しかし敵はいつ来るかわからん」


 両手を広げ、訴えかけるようにイオスに答える。

 俺も大概芝居がかった仕草をしていると思う。


「俺は、いや……俺達は魔王城に住む者達を守らなくてならないだろう! そのために防衛設備や戦力の確認をして万全の準備を整えておく事が今必要なんだ!」


「…………魔王様がそこまでお考えだったとはっ! しかしっ! それならばその役は私にお任せをっ!」


「イオス……。いや駄目だ! お前にはただでさえ多くの仕事をしてもらっている。これ以上お前の負担を増やすわけにはいかない」


 駄目だといわんばかりに首を振り否定する。

 もう事務仕事ばっかりはごめんだ。


「それに防衛設備には今回のガーゴイルのように危険な物も多い。だが……俺ならば危険はあるまい?」


「魔王様……自らを危険にさらしてまで部下の身を心配して頂けるとは……感服いたしましたっ!」


 イオスは恭しく頭を下げる。


「だから……俺に任せるがいい」

 

 そろそろ茶番も終わりにしたい。

 そしてこれでイオスも納得してくれるだろう。

 

 上手くいくと思っていた。

 

 しかし下げていた頭をあげたイオスの顔は……俺の嫌いなあの笑顔だった。

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