進路と退路
俺とスタン、シアの3人は再び【仕掛け通路】を歩いていた。
罠の再設置はどうやら済んでいるようだ。前回と同じ位置で罠が作動する。
しかし、きっちりと攻略メモに記入してあるので問題無い。
「スタン。そこの、周囲と僅かに色の違う部分を踏むと仕掛けが――」
「了解っ! ここだね!」
俺が言い終わる前に、スタンは思い切り俺が指差した先を踏む。
当然罠が作動し、前方から鉄の矢が音をたてずに飛んでくる。
しかし、待ってましたと言わんばかりに自分で矢を切り払うスタン。
大剣によって防がれた矢はカランと音を立てて地面に落ちる。
「楽勝楽勝。兄貴、次はどこ?」
恐らく疲れた顔をしているであろう俺の方に、眩しい笑顔を向けてくる。
こいつはさっきから罠を避けるという事をしない。
むしろ作動させて、自分が対応できるか試しているかのようだ。
まぁ、メモで罠の内容を確認できるから問題無い。多分。
「兄様ったら楽しそう。最近ずっと私との訓練ばかりでしたから、変化があって嬉しいのでしょうね」
俺の隣を歩いているシアが、前を行く兄の方を見ながら言った。
「今のところ前回来た時にわかってる罠ばかりだから危険は少ないが……。この先未知の場所で同じようにされたら困るがな」
最初は注意しようかと思ったが、先程のように楽しそうなスタンの顔を見て言えなくなった。
ここの管理人には悪いが、あいつの修行のため罠には犠牲になってもらおう。
「そういえば魔王様、ガーゴイル達を前回全滅させましたけど、もう再設置されているのでしょうか?」
もうすぐで【ガーゴイルの間】に到着する。
その事をシアもわかっていて、俺に疑問を投げかけた。
「かもしれないな。戦闘になったら今度こそ気をつけて戦うんだぞ」
今回は相手の行動パターンと気をつけるべき点がわかっている。
そこを踏まえて戦えば多分危なげなく突破できるだろう。
だが、その考えは杞憂に終わる。
俺達が【ガーゴイルの間】に到達した時に見た部屋の光景は前回と同じではなかった。
肝心のガーゴイルの像が一体も無かったのだ。
破壊したガーゴイル達は綺麗に片付けられていたが、新しいのは間に合わなかったらしい。
その事に対してあからさまにがっかりした様子のスタン。
「残念です。今回は本気で砕けるか試してみたかったんですけど」
シアも兄と同じようにがっかりしている。
ぶつける相手がいない大鎚をぶんぶんと振り回しながら頬を膨らませていた。
主役不在の部屋を俺達三人は難なく抜ける。
ここから先はまだ未踏の通路だ。
罠の位置も種類もわからないから注意するよう二人に言った。
初めは二人を危険な目にあわせない様、俺が先頭にたって進んだ。
しかし逆に二人共がその事に不満らしい。
「これじゃあ、修行になんないよ!」
勝手に罠の突破を修行として扱っているスタン。
「魔王様を危険な目にあわせるわけにはいきません!」
自分達が俺の護衛だと言わんばかりのシア。
兄妹揃って俺が先頭を進む事に反対する。
反論したが、結局俺の方が折れる事になった。
先頭をスタン、真ん中が俺、後ろがシアという隊形で進む事にした。
それから再び通路を進んでいくが、罠の種類自体は変わらなかった。
矢が飛んできたり、石が落ちてきたり、壁から槍が飛び出してくる。
スタンはそれらを剣で切り払い、シアは鎚で打ち砕く。
俺は……あまりやる事がない。
大きな危険も無いまま順調に進んでいった。
「ずっと一本道ですね。迷わなくていいですけど」
シアの声が後ろから聞こえた。
「迷路みたいな部屋に罠を仕掛けようとしたら、設置費用と維持管理が大変な事になるんだよなぁ」
そういう区画もあるが、全ての場所に大量の罠や仕掛けを設置したら設置に莫大な金額が必要になるし、普段の管理だって大変だ。
無駄を少なく効率的に……と言ったのは誰だったか。
記憶を辿って考えていると、前方から懐かしい音が聞こえてきた。
「あ! 兄貴! 前で壁が動いている!」
スタンが指差した先、俺達のいる位置からかなり先の地点で、横から出てきた壁が通路を塞ごうとしている。
それを黙って見つめるしかなかった。
「あの……あれは一体?」
シアの疑問はわかるつもりだ。
あんな先で通路を塞ぐ壁の意味は何か?
そしてこれだけの距離が有る状態で塞がれたら走って抜ける事もできない。
もう、前方の通路は完全に塞がれてしまった。
ここに来るまで分岐はなかったから別ルートがあるわけでもない。
スタンとシアの二人が答えを求めて俺の顔を覗き込んでくる。
「あれは……侵入者の退路を断つための罠だな……」
我ながら絞り出したかのような小さな声だ。
侵入者が一定の地点を越えた時に、来た道を塞ぎ後退できないようにする罠。
選択肢を奪い、戻れないと思わせる事で心理的に追い詰める事もできる。
俺達の場合は退路ではなく、進路を塞がれてしまったわけだが。
壁を破壊できないのは以前試してわかっている。
どうしたものかと悩む俺の状態を察したかのような沈黙。
そして兄妹は息ぴったりのタイミングで俺に声をかけてくる。
「斬っちゃおう!」
「砕きますか!」
うん。俺の考えを全く察してくれてなかった。




