懐かしい気配
「邪魔するぞ……すまん、ちょっと無茶させた」
サルビアとセルドの小屋に、俺はシアを連れ帰った。
シアは右脇に抱えられた状態で、脱力してぐったりしている。
これは、俺との戦いで疲れたというだけではない。
帰りの道中に、ずっと抱え方の変更を訴え続けたのだから仕方ない。
「魔王様は意地悪です……でも、諦めません……諦めませんからっ!」
シアが抱えられた状態で、手足をばたばたとさせて暴れはじめた。
しかし、すぐに動きがおとなしくなっていく。
俺の耳に僅かに寝息が聞こえてくる。戻ってきた事で気が抜けたのかもしれん。
「サルビア、悪いが寝かせてやれる場所はあるか?」
「これはまた随分疲れて帰ってきたもんだ。 奥に私のベッドがあるので、そこまで運んでもらえますか?」
サルビアの案内に従ってついて行く。
シアを起こさないように、そっとベッドに寝かせる。
あれほど暴れていたのに、幼さが残る寝顔につい口元が緩んでしまった。
「あの子があんなに疲れてる姿を見たのはいつ以来かねぇ」
「ワシらが鍛え始めて間もない頃以来じゃないか?」
サルビアとセルドが懐かしむように話している。
俺は椅子に座り、出された茶を飲みながらその光景を眺める。
懐かしんでるように見えるのは、最近は自分達の孫だけを見ていられないというのもあるのだろう。
「どれぐらい強いのか知りたくてな。つい力を使い果たさせてしまったようだ」
「如何でしたか、私達の孫は?」
サルビアが誇らしげな表情で俺に聞いてきた。
セルドも横でにこやかだ。
「スタンもシアも良く鍛えられていた。それに、見ていると昔をつい思い出してしまう程似ているよ」
目の前の二人の若かりし頃の姿とだぶって見える程だ。
「これからの成長が楽しみだな」
「孫達に時間を割き、目をかけていただきましてありがとうございます」
サルビアが頭を下げて礼をのべてきた。
「いや、お節介が過ぎたかもしれん。礼を言われる程の事ではないさ」
俺が勝手にやった事に対しての礼がなんだか気恥ずかしい。
ついつい茶を勢い良く飲んでしまった。
「良いものだな、将来の可能性を感じるというのは。経験を積み、あの二人がどう成長していくか……楽しみができたよ」
俺自身、言葉通りあの二人の成長がとても楽しみになった。
スタンが自分の信念や譲れないものをみつけた時、どう成長しているのか??
シアが憧れとする目標に向かって進んだ先に、どのくらいの成長を遂げるのか?
それは俺にもわからない。だから見守ってみたいとも思う。
その後は昔話や、サルビアとセルドに再会するまでの間にあった話等をしながら、三人で夜遅くまで語り合った。
――――――
そして数日後。俺は再び第611区画に来ていた。
目的はもちろん先に進むためだ。
道順はメモしてあったので、ガーゴイルの間を過ぎるまでは問題ないだろう。
唯一問題があるとすれば……
「で、なんでお前達がここにいるんだ?」
俺は後ろをついてくる二人に問いかけた。
「だって俺は兄貴の弟子だから。それにあの時の答えも探さないとだし!」
スタンは活き活きとして輝いてみえるような笑顔でそう答えた。
俺の記憶では弟子をとってはないはずだが……。
「私はお伝えしたはずです。諦めません!と」
シアは熱っぽい視線を俺に向けながらはっきりと言い切った。
そこは諦めてもらいたいのだが……。
「前にわかっただろう? 俺の行く先は安全な道ばかりじゃない。下手をすれば大怪我や命に関わる可能性だってあるんだ」
これから行く先にはガーゴイルの間より危険な所だってあるだろうしな。
敢えてそんな道行きについてこなくていいと思う。
「じっちゃんには『もっと経験を積んでこい』って言われたんだ。そのために兄貴についていけば、きっとためになるって!」
「私もお婆様に言われました。『大物狙いで良し!攻め手を緩めるんじゃないよ』って」
あいつら、俺にこの二人の面倒をみさせるつもりか。
しかし面倒事が目の前にあるはずなのに、俺はなぜか笑っていた。
「どうなっても、何があっても知らんぞ。自分の身は自分で守れよ!」
「「はいっ!」」
これも俺がこいつらの成長を見ていきたいと思ったせいかもしれない。
そんな事を考えながら再び俺は先へ進む事を再開する。
俺を挟むように横を歩く二つの気配に懐かしさを感じながら……。
――この日俺に二人の同行者ができた。




