表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王城からは逃げられない  作者: 野良灰
2章 兄妹からは逃げられない
30/86

憧れと目標

 この状態になって、どれくらい時間が経ったのだろう。

 シアの渾身の攻撃を俺が受け止め、今も膠着状態のままだ。

 力を抜いた方が負ける。 


「どうした? さっきから……少しも前に進んでいないぞ」 


 大鎚は俺が受け止めた位置からほとんど動いていない。

 

「そ、そ……うです……ねっ」


 今この時も自分の力の全てを大鎚に込めているのだろう。

 シアの美しく青白い肌が、紅潮していた。   


 実は俺自身もそこまで余裕があるわけではなかった。

 大鎚からの圧力に体の節々は悲鳴をあげている。

 けど、こういう時こそ苦しい事を知られては不利になるだけだ。

 だから余裕の態度は崩さない。


「そろそろ……終わりにするぞ」


 勝負を決めるために、俺の方から仕掛ける。

 手に魔力を追加で込めて、大鎚を逆にこちらから押し返す。

 均衡を保っていた先程までとは違い、少しずつ膠着状態が崩れていく。


「あぁぁ…………もう、だ…………め……で……す」


 シアの武器を握る力が緩んだ。

 一気に魔力を両腕に注ぎ、武器を弾き飛ばす。

 負荷が急にかかった事で、抗う暇無く大鎚を手放してしまう。


「勝負ありだな」


 手を高らかに掲げ、シアに向かって振り下ろす。


「きゃっ!」


 向かってくる攻撃に、反射的に目を閉じて声を上げるシア。


「おしまい、だ」


 ぽんとシアの頭に手を置く。

 それだけの動きで何の威力も無いが、限界だったシアはそのまま座り込む。

 


――――――



 力を使い果たし、座り込んだままのシアの前に座る。     

 今回はもう立ち上がる事もできないようだ。


「さて、なぜスタンの前で力を抑えていたのか教えてもらえるか?」


 頬杖をつきながらシアが話し始めるのを待つ。

 顔を紅潮させ、肩で息をしていたシアが少しずつ語りだした。


「……怖かったんです。兄様まで私から離れていってしまうんじゃないか、って」


 シアが語ったのはこうだ。

 サルビア達の特訓を受け始めてから兄妹共に周囲とは比べ物にならないくらい強くなっていった。

 でもそのせいで周囲と……特に同年代との差がはっきりとしていったらしい。


 ある時スタンがいない時に同年代の友人達と遊んでいた際に、シアは力の加減ができず、弾みで友人に大怪我を負わせてしまった。

 本人はわざとじゃなかったが、それから友人達に避けられるようになる。

 集団の中で浮いた存在がどうなるか……いつしか誰もシアに近寄らなくなり、シアも家族以外に近づこうとはしなくなった。


 彼女にとっては、祖父母と両親……そして兄のスタンが全てだった。

 その後特訓を続ける中で、彼女はさらに強くなっていった。

 いつの間にか兄のスタンを大きく引き離す程に。


「兄様はオーガで一番の戦士なるとずっと言っていました。けど、私がそれを阻んでしまったら――」


 なるほど……。まぁ実際、現時点だとシアの方が強いけれど。

 

「あまりスタンを馬鹿にしてやるな」


「え? 私は兄様を馬鹿になんて……」


 きょとんとした顔で俺の言葉に反応するシア。


「スタンはあまり何も考えずに猪突猛進して自分でピンチを招くような奴だが……妹に負けたからって、そこで腐ったりはしないさ」


 あいつは負けても、失敗しても、迷っても……きっと進んでいける奴だ。


「それに、シアだって俺からみれば……まだまだ弱い」


 人差し指でシアの額を突っつく。


「いたっ! 確かに潰せませんでしたけどぉ……」


 判断基準が潰せる、潰せないしかないのは物騒だと思うのだが。

 つっこむのはやめておこう。


「シアはオーガで一番の戦士になりたいって気持ちはないのか?」


「あんまり興味ないですね」


 スタンの目標の一つをあっさりと……。

 兄の目標だから合わせていたって事か。


「では、シアの目標はなんだ?」


「……強く、もっと強くなりたいです」


 ここは兄妹似てるんだよなぁ。

   

「お前の言う『強さ』ってのはどんなものだ?」


 だからスタンにした質問をシアにしてみたくなる。

 シアは少し考えた様子の後、俺の目を真っ直ぐ見て言った。 


「美しく見える事……ですね。力があるから必ずしも美しく見えるという訳ではないのですが……」


 表現する言葉を探すのに、唸りながら悩んでいるようだ。

  

「上手く説明できません。……私にとって、素敵だと思える方って佇まいから……何かこう……感じるんです!」


 直感で感じる部分らしい。

 

「例えば、サルビアがそう見えるわけだな」


 以前、自分にとって目標だと言っていた。

 上手く表現できなくても、目指す所は感覚でわかっているのだろう。

  

「そうです! あと……魔王様もです!」


 ん? 何故そこで俺?

 今度は俺がきょとんとした表情をしたようだ。


「今日こうして、私の全てを受け止めて頂いてはっきりとわかりました!」


「そ、そうか。まぁ目標とされるのは悪い気分ではないが」


 シアの本当の実力を見たかったのと、上には上がいる事を教えてさらなる成長を期待したのだが、上手くいったか。

 現在の状態に満足したら先に進むことはできないからな。 


「やはり私の旦那様は魔王様しかいません!」


「………………はい?」


 俺が今回意図した事が上手くいったかと喜んでいた所に予想外の言葉が飛び込んでくる。

 目標が何故旦那様とやらに変わっているのだろう?


「お会いした時から素敵だと思っていましたが、私が全力でぶつかっても潰されないだけじゃなく、正面から受け止めるお姿に……」


 俺を見る目に艶がある。

 正面から受け止めたのは力の差をわかりやすくするためなのだが……。



「よし、帰るか!」


 この空気は不味いと感じ、早々に切り上げる事にする。


「敗者の私を持ち帰られるのですね……どこへなりと魔王様のご随意にどうぞ」


 そんな取り決めをした記憶は俺には無いのだが……。     

 俺は無視して立ち上がる。

 そしてまだ立ち上がれない程消耗しているシアを右脇に抱えた。


「あの……魔王様。この抱き方はその……荷物を持つみたいでちょっと……」


 脇に抱えたシアが不満を述べてくるが、気にしない事にした。


「こういう時は前か、背中に私が抱きつく形を希望したいのですが……」


「申請は却下だ」


 どちらの体勢も俺の身が危険な気がする。

 さっさと連れ帰って終わりにしよう。


 そして俺はさっき弾き飛ばした大鎚を拾って左手に持ち、帰路についた。


「魔王様! やり直しを! 抱え方の変更を希望します!」


 シアが不満を述べて再考を要請してくるが……。


「その申請も却下します」

 

 サルビア達の所まで連れ帰る間ずっと、シアは変更を訴えてきたが……実現する事はなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ