オーガの兄妹
「痛っ! なんだよいきなり!」
起き上がりながら少年は俺の方を睨んでくる。
「……どなたですか? いえ、何のつもりですか?」
少女の方は既にこちらに向かって大鎚を構え、俺の事を観察しているようだ。
「どこか壊される前に止めたまでだ。喧嘩なら訓練場か、もっと広い所でやれ」
壁や床の修繕となれば費用と時間がかかる。
しかもその手配から完了までの間、俺がその都度報告を受ける事になる。
これ以上仕事を増やさないで欲しい。
「おっさん、決闘の邪魔しておいて――随分偉そうに言うじゃねぇか!」
俺の事をおっさん呼ばわりして、少年がこちらに向かって突進してくる。
少年なんて大人しい呼び方は似合わないな。
「小僧は真っ直ぐだな。だが、流石に無謀過ぎるだろうっ」
突進してくる一直線小僧の横っ面めがけて蹴りをいれる。
だが俺の蹴りを受け止めて、得意気な表情を浮かべた。
「見えてんだよ! ――って重っ!?」
そのまま、壁まで蹴り飛ばした。
見えてるぐらいで油断しすぎだ。
「で、小娘は後ろからか?」
「なっ! か、片手で!?」
振り下ろされた大鎚の手応えは軽い。まだまだ未熟。
すぐに離れる判断は良いけどな。
「シア! 手加減してんじゃねぇ!」
「してません! 止められても押し潰す……つもりだったのに」
真っ赤な顔して熱くなっている兄に対して、驚きの表情を浮かべながらも冷静な妹という対照的な兄妹だ。
「力の差がわかったならとっとと家に帰れ。これからは壁とか床を壊さずに遊ぶようにな」
「どこへ行く気だ! まだ終わってねぇ!」
背を向けて先へ進もうとしたが、まだ諦めてないらしい。
「そういう所は爺さん譲りか? 若い頃のあいつにそっくりだな」
こいつらを見ていて思い出した事がある。
昔、共に戦ったオーガの戦士達に二人とも良く似ている。
持っている武器やあいつ等の面影がある身体的な特徴からして間違いない。
「じっちゃん、ばっちゃんを知ってるのか?」
「あぁ、昔一緒に戦った仲間だ。その武器はあの二人からもらったんだろ?」
二人はそれぞれ片手で使ってたけどな。この兄妹の体格じゃ両手で扱うのがやっとだろう。
「はい。お婆様からもらった、私の大事なものです」
武器を見つめるシアの眼差しはとても優しい。
「じっちゃん達の仲間……しゃぁぁぁ! 燃えてきたっ! 俺と勝負だ!」
なんでだよ!
大剣を構えて興奮した目つきの兄の方は、今にも飛び掛ってきそうだ。
「兄様、独り占めは許しません」
あぁ、兄妹共本当に良く似てるわ……。
「やめておけ、お前らじゃ相手にならん――」
「どりゃあぁぁ!」
説得しようとした所に切りかかってきた。
「オーガ一の戦士スタン、この剣でっ、お前の全てを、ぶった切るっ!」
「っと、いきなりだな」
剣を止めた俺の手に強い圧力を感じる。
俺の蹴りのように、止められてもそのまま押し切るつもりらしい。
「オーガ一の戦士シア、私の鎚が、貴方の全てを、ぶっ潰します!」
「なっ!?」
シアの予想外の攻撃方法で、俺は床に膝をつきそうになった。
俺が受け止めたスタンの剣を狙って打ち下ろしてきたのだ。
剣と鎚がぶつかった瞬間、息の合った二人分の圧力が俺を潰そうとする。
「今のはちょっとだけ驚いたぞっ」
受け止めようとはせずに、剣から手を放し距離をとる。
「兄様、ちゃんと合わせてください」
「それはこっちの台詞だ! こっから続けていくからな!」
仲がいいのか悪いのか……。
目の前の兄妹のやり取りに、昔の仲間の姿が被って少し懐かしい。
「わかったわかった。とことん遊んでやるから……泣くなよ!」
――――――
「気が済んだか?」
「はぁ……はぁ……は、はい」
「くっそぉぉぉぉぉ!」
数刻後、兄妹仲良く俺の前で倒れこんでいた。
流石にもう起き上がってはこない……か。
「それじゃあ、今度こそ俺は行くからな」
ようやく解放されたので先に進む事にする。
「ま、待ってくれ! おっさ……じゃない、兄貴!」
誰が兄貴か。
「もうやらないぞ。起き上がれるようになったらとっとと家に帰ることだな」
「待ってって! 俺を兄貴の弟子にしてくれ! もっと強くなりたいんだ!」
俺の足を掴みながら突拍子もない呼び名と願いを言ってくる。
「弟子はとらない主義だ、わかったなら足を離してくれ」
面倒事は勘弁してくれ。
「あの……お名前を教えて頂けませんか?」
シアはいつの間にか立ち上がり、俺の服の裾を掴んでいた。
「名は名乗らない主義だ、二人ともさっさと離してくれ」
「弟子にしてくれるまで離さない!」
「お名前を……」
まだまだ俺は解放されないらしい……。




