第611区画
「ネーファの管理している部屋は、ここと後一つだったな」
俺はネーファの案内で、ドヴェルグの居住地の先にある部屋に来ていた。
構造としてはこちらも迷路のみの部屋のようだ。
手前の部屋と同じでメモを取りながら進んでいく。
「はいっ。でも、後一つはこの部屋の隣にある、私達が倉庫として使っている部屋なので……」
俺の問いかけに申し訳なさそうに答えるネーファ。
「そこは行き止まりなのか?」
「そ……そうです。歴代のドヴェルグの名工がつくった武器・防具や、貴重な鉱物とかが保管してある所になります」
凄い槍とか剣、鎚とかがありそうな部屋だな。でも俺には必要ない。
「市場で店をやるのは楽しいか?」
歩きながらネーファの近況を聞いてみる。
「はいっ。楽しい……です。この前の品評会でお話したみなさんが声かけてくれたり、色々教えてくれるんですっ」
良かった。素直だし、きっと周りに可愛がってもらえるんだろう。
市場での事を嬉しそうに話す姿に、こちらも自然と笑顔になる。
「今まで、管理人として担当の部屋をまわって、後は部屋で過ごすだけ……だったけど、おみせに出す商品を作ったり、市場でみんなとお話するの……とっても楽しいです」
迷路を先へと案内するネーファの足取りが軽やかだ。
初めて出会って、居住地まで案内してもらった時とはまた違う。
「あ、あのですね……」
俺の前を歩いていたネーファが振り返って、何か言いたそうにしている。
「お守りだけじゃなくて、他のものも練習してます。だから……あの……まおう様、また……見に来てくださいっ」
他にも作れるようになったから俺に見せたいわけか。
新しくできた事って何だか人に見せたくなるよな……よくわかる。
「わかった。ネーファならきっと……まだまだ上手く、色んな物を作れるようになるだろうな」
「がんばりますっ」
そして近況だけでなく品評会の準備の時の話をしていたら次の部屋への扉についたようだ。
「ここが次への入り口か……」
木製の古びた扉には、しばらく開かれた形跡はなかった。
本当に歩いて移動する奴はいないんだろうな。
「それじゃあ案内ありがとうな」
ここまで案内してくれたネーファに礼を言う。
迷路だけとは言え、かなり時間短縮になった。
「でも……私がわかるのはここまでです……」
「ここまでの案内がすごく助かった。それじゃあここでな……お店頑張れよ」
なんだか俺の横でもじもじとしているのが気になる。
だが今日のうちに進めるだけ進んでおきたい。
「また市場に行くから、その時新しいやつを見せてくれ。それじゃ……」
「あ……、はい!お気をつけてっ」
ネーファに別れを告げて、扉の先に進んでいく。
振り返るとこっちに向けて手を振っていたので、それに応えるように軽く手を上げて、俺はそのまま先へ進んだ。
――――――
次の部屋へ俺は足を踏み入れた。
ここからまた未知の部屋か。
今回は罠の存在に気をつけながら進んでいく。
だが俺自身のそういう探知能力は正直高くない。
なので怪しい所がないか注意深く見て、変な所を踏んだり、下手に触ったりしないように気をつけて歩くくらいの警戒だ。
「しかし……何も無いな」
罠は何も無かった。段々警戒している俺が、無駄なことしてるんじゃないかと考え始めた。
いや、こういう時こそ油断しちゃいけない。
そう言い聞かせながら先へ進んでいくと……奥の方から何かがぶつかるような音が聞こえてきた。
その音に俺は好奇心を刺激され、音のする方向に進んでいく。
近づいていくと、聞こえている音が金属同士がぶつかり合う音である事、
そして言い争っているような声も聞こえだした。
流石に内容までは聞こえてこないが。
段々声が近くなっていると感じ始めた俺の視界が急に明るくなった。
そこで俺の前にあった光景は……
「兄様……潰れてしまう前に観念した方が良いと思いますよ」
青みがかった白色の肌に二本角、青く美しい髪を後ろで一つに束ねた少女。
「ふんっ! うるさい。俺の剣がお前に負けるわけがないだろ!」
真っ赤な肌に黒の短髪、そして一本角の少年。
二人の鬼が激しく戦う光景だった。
「てぇぇぇぃ!」
少女が自分よりも大きな大鎚を横から薙ぎ払う。
しかし少年は床を蹴り、後ろへ跳んでかわす。
薙ぎ払った勢いを殺しきれず体勢を崩す少女に剣が振り下ろされた。
だが少女はしなやかに体を捻る事でかわす。
「どりゃあぁぁ!」
少年は体ごと剣をぶつけるように突進した。
少女の大鎚が軋みながら突撃を受け止める。
まともに正面から受け止めた事で後ろへ吹き飛ばされる。
すかさず追い討ちをかける少年が剣を振り下ろす。
剣が届くより先に少女が少年の足を蹴り払う。
今度は逆に少女が大鎚を倒れた少年に振り下ろした。
少年は横に転がる事で攻撃を避ける。
大鎚の衝撃はダンジョンの床に大きな音を響かせた。
二人が戦う光景から、ある報告書の内容を思い出す。
そして反射的に俺は二人に向かって飛び出していった。
「兄様覚悟――」
「お前こそ――」
睨みあい、ぶつかる前に……俺の手が、こちらに気づいていない二人を壁際まで吹き飛ばした。
「いい加減にしろ! また壊すつもりか!」




