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魔王城からは逃げられない  作者: 野良灰
1章 生まれからは逃げられない
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戦闘準備

「い、いらっしゃいませ……わん」


「店先で言い争いをしている店があるとの通報で来てみれば……何をなさってるのですか?」


 ヒナの冷ややかな眼差しが俺に突き刺さる。変装してる所を見られてる以上、言い逃れが……思いつかない。


「いや、これはだな……ちょっと手伝いを……」


「貴方が特定の店に肩入れするというのは、今回の趣旨に対して問題かと」


 それを言われると返す言葉が無いっ。


「あ、あの!ま……お様は、わるくないです。全部わたしがわるいんです……」


「えっと……どういう事かしら?」


 投げかけられる言葉にしどろもどろになっていたら、ネーファが俺をかばうように会話に入ってきた。

 ヒナも俺との間に突然少女が乱入してきたことに驚いているようだ。


「わ、わたしができない子だから……。鍛冶も、みんなの中に入っていく事も……できないし、あたまも良くないし、見た目も悪いし――」


「え?あ、あの……一体――」


「いっぱい手伝ってもらったのに、一つも売れないし……わたしなんて……わ……たしなんて……ひっく、うぇぇぇ」

  

 さっきナーヴが店先で言いたい放題だった時、俺の後ろで黙って聞いていたけど……これまでずっと周りからの同じような声に独りで耐えてきたんだろう。

 でも俺が自分のせいで責められているのが耐え切れなくなった……かな。


「あぁ~……ヒナが泣かせた」


「泣かせてませんから!」


 目の前で突然泣き出した事に明らかに動揺しながらもヒナがネーファをなだめていた。

 

「大丈夫だぞネーファ。このお姉さんは見た目も中身も怖いけど、お前を苛めたりはしないから」


「でも……わたしのせいで……ま……お様が……」


「俺が自分からやってる事なんだから、お前が気にする必要は全く無い!」


 ネーファの頭を撫でて、俺もなだめようとした。

 ヒナは何か気に入らないような感じで、俺をじと~っとした目で見ている。

 

「さて、ネーファ……顔を上げろ。今お前がいるのは、戦場だ。諦めて下を向けば……そこで終わるぞ」


「戦場……ですか?」


「そうだ。ここでの勝利条件は『売る事』だ!今までは耐える戦いだったが、俺が来たからには、ここから反撃に転じる!わかったか!」


「は……はぃ!」


 実際の戦場で鼓舞する時のような身振りと声の出し方をする。

 ネーファにも伝わったのか、背筋がぴんと伸びて、今にも敬礼しそうな程だ。


「よし、まずは情報の確認だ。母親がこの木彫りのお守りを教えてくれた時、何か言い伝えとか、どういう時に贈るとか言ってなかったか?」


「えぇっと……こどもが生まれた時に健康に育つようにとか、旅に出る人、戦場へ向かう人とかが無事にもどってくるように贈ったってと言ってました」


「ならば、接客する時には相手にどういう時に持つ、もしくは誰かに贈ると良いかを伝えるんだ」


「はぃ!」


 最初から上手くは喋れないだろうけど、そこは慣れだな。

 数をこなせば上手くなるだろうし、俺が思っている通りにいけば、多分今のままでも少しは売れるはず。

 

「後は……装備だな」


「……?」

 

 ネーファの服装はというと、普段着といった格好だった。

 これでは華がないし、何より勿体無い。


「ヒナ、ちょっと頼みたい事がある」


「……え?私にでしょうか?」


 俺とネーファのやり取りを、きょとんとした表情で見ていたヒナだった。

 まぁ事情を何も知らないのだから仕方ない。


「えっと……ここに入ってる金額の範囲内で可愛らしい服を見繕ってきてやってくれないか?」


「私には仕事があるのですが――」


「そこを何とか!こっちもあまり時間かけられないから、ヒナの閃きに頼りたいんだ!」


 俺じゃあ女性物の服の機微はわからないし、その間に準備したい事もあるしな。

 

「……わかりました。後で詳しく事情を話してくださいね」


 財布を受け取り受諾してくれた。何かしら事情がある事を察してくれた。


「ネーファ、このお姉さんと一緒に行って指示に従うんだ。時間があんまり無いから反論は認めない」


「えぇっと……わ、わかりましたっ」


「じゃあ早速行きましょう。あちらに服系統を扱っている店がありましたから」


 ヒナは早々と目的の方向へ向けて歩いていく。

 その後ろをネーファがついていくのだが、何というか……姉妹? いや、親娘という感じか……。

 そんな事を思っていると知られたらまた怒られそうだ。


 

 そして二人が離れてすぐに俺は次の準備に入る。

 

「えっと……多分持ってきてあるはず」


 俺はネーファが持ってきた荷物の中で目的の箱を探した。


「あったあった。売上を伸ばすための秘策……魔王特製お守り!」


 探していたのは俺が作ったお守りで、丁寧に別の箱に分けられていた。

 準備の最中にいくつか彫ってあったのだ。最初は捨てようと思っていたのだが、何となく捨てきれず商品とは別にして取っておいた。


 流石に「魔王が作ったものです」という訳にはいかないから、とある強大な魔族が彫った逸品、として並べる事にした。

 

 売上額はこれに稼いでもらうとしよう。価格は……ネーファの彫ったやつの十倍にしておくか。何といっても魔王お手製だからな。

 


「あ、あの、戻り……ました」


 売り場の準備をしていたら、ネーファが戻ってきたようだ。


「結構早かったな……おぉ」


 戻ってきたネーファの格好は……、シンプルデザインの紺色ドレスに、可愛らしいフリルをあしらった大きめの白いエプロン。

 子供服のようにも見えるけど、メイド……ぽい。というのが第一印象。


「可愛らしいな。よく似合ってる」


「あ、あ、あ……ありが……とうございます……」


 恥ずかしいのか、頬が赤くなっていた。

 髪や手足に所々ワンポイントでリボンがあるのがまた可愛いな。


「ヒナは? 一緒に戻ってこなかったのか?」


「おしごとにもどられるそう……です。あと、これおかえしするように……と」


 仕事に戻ったか、後でお礼言っておかないと。

 そしてヒナから預かったらしい俺の財布を返してもらった。


「よし、ネーファ! ここから頑張るぞ!」


「はいぃ!」


 ちなみに財布の中身はほとんどなくなっていた。

 女性物って……高い……とほほ……。

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